佐藤琢磨、複数のF1チームと交渉
2008年7月9日

佐藤琢磨は、スーパーアグリでチームメイトだったアンソニー・デビッドソンと同じく、先週シルバーストンのパドックに姿を見せた。
ジョーダン、BAR、スーパーアグリで100戦近いグランプリに出走した琢磨は、F1キャリアを復活させようとしていると述べた。
エイドリアン・カンポス、スーパーアグリの資産に興味
2008年7月9日

先週末、マシンやトランスポーターを含むスーパーアグリの資産が7月31日(木)に競売にかけられることが明らかになった。
これまでのカンポスと、スペイン人実業家のアレハンドロ・アガグが、スペインにF1チームの設立を希望していることが噂されており、スーパーアグリのF1撤退前にも買収が報じられていた。
スーパーアグリの資産が競売へ
2008年7月6日

スーパーアグリは5月にF1から撤退を発表。残ったチームの資産は管財人の手に渡っていた。
スーパーアグリの資産は7月31日、英国の競売会社SHM Smith Hodgkinsonによりオンラインでオークションにかけられる。競売にはマシンやトランスポーター、オートクレーブなどが含まれる。
アンソニー・デビッドソン、「マシンの違いを実感した」
2008年6月14日

アンソニー・デビッドソンは、今週末ルマンに参戦しているホンダのサードドライバー、アレキサンダー・ブルツの代役として、ホンダのバルセロナテストに参加。スーパーアグリの撤退以来、久しぶりにF1のトラックに復帰した。
デビッドソンは、「再びドライブしていることは、素晴らしいことだね」とテストの完走を述べた。
スーパーアグリ、オフィシャルHPは存続
2008年6月8日

スーパーアグリのオフィシャルサイトには、鈴木亜久里のコメントが掲載され、ファンへの感謝を込めて、オフィシャルサイトの存続することが発表された。
スーパーアグリのオフィシャルサイトには、SAF1公式コミニュティであるSNS“アグリ場”などがあり、現在でも多くのファンがコミニュケーションを行っている。
スーパーアグリ 歴代F1マシン
2008年5月30日

参戦1年目は、4年落ちのアロウズA23を改良したSA05に始まり、第12戦ドイツGPでSA06Aを投入。
さらに第14戦トルコGPではマイナーチェンジ版のSA06Bを投入し、最終戦で10位に食い込むなど、大きな進化を遂げた。
2年目は事実上のホンダの2006年型マシンRA106をベースとしたSA07で、スペインGPで初ポイント、カナダGPで6位3ポイントを獲得するなど、印象的な戦いを見せた。
スーパーアグリの軌跡
2008年5月19日

残念ながら、2008年シーズンを最後まで戦うことなく、スーパーアグリのF1での戦いは終わった。スーパーアグリの旗揚げから撤退まで、スーパーアグリの軌跡を辿ってみよう。
ニック・フライ、スーパーアグリF1撤退の真相を語る
2008年5月10日

ニック・フライは、“autosport.com”にスーパーアグリF1撤退の真相を語った。
あなたは、スーパーアグリに関するホンダ役員会の決定を先週末より前に知っていたようですね。本当ですか?
我々のチーム内では、どう進行しているかを完全にわかっていた。そして救済しようとしていた。残念ながら、マグマ・グループとDIC(ドバイ・インターナショナル・キャピタル)が手を引いたとき、状況はますます難しくなった。我々はそれでも心を開いていた。しかし、事情はすべて知らされており、交渉の進展が困難であることもわかっていた。
ロス・ブロウン、「ニックはスーパーアグリ救済のために頑張った」
2008年5月10日

ホンダ・レーシングF1チームのチーム・プリンシパルであるロス・ブロウンは、インスンブールのカンファレンスで「F1がチームを失うことは非常に残念なことだ」と切り出した。
スーパーアグリF1撤退とカスタマーマシン問題
2008年5月9日

スーパーアグリがエントリーした翌年の2006年、F1は2008年のエントリーを行った。募集は1枠。その1枠という狭き門に22ものチームがエントリーした。
なぜそんなにも多くのチームがエントリーしたのか?
当時、新しいコンコルド協定では、他のチームからのシャシー購入、いわゆるカスタマーマシンの使用が許され、FOMからの賞金の分配などの条件も良くなることになっていた。他チームのマシンを購入することができれば、チーム運営のコストは大幅に抑えることができる。


