F1列伝:ブラウンGP 「我々が2秒速いなんて…計算を間違えたに違いない」

2021年4月10日
F1列伝:ブラウンGP 「我々が2秒速いなんて…計算を間違えたに違いない」
2009年のF1世界選手権でのブラウンGPの登場は衝撃的だった。F1プレシーズンテストの最終週にようやくマシンをコースに出したブラウンGPはトップタイムを題してテストを終え、開幕戦でポール・トゥ・ウィンを果たす。

2008年末にワークスチームとして参戦していたホンダがF1から撤退。現在F1のマネージングディレクターを務めるロス・ブラウンとニック・フライが土壇場でチームを救済した。

ブラウンGP、フェラーリのF1エンジンを搭載していた可能性

2021年4月9日
ブラウンGP、フェラーリのF1エンジンを搭載していた可能性
ブラウンGPは、フェラーリのF1エンジンを搭載する可能性があったことを現在メルセデスF1に名前を変えたチームで働くチームメンバーが明かした。

支配的なメルセデスF1チームはブラウンGPから始まった。F1から撤退したホンダF1チームをロス・ブラウンが1ポイントで買収して誕生したブラウンGPは、ジェンソン・バトンがF1ワールドチャンピオンを獲得するとともに、コンストラクターズ選手権も制した。

フェルナンド・アロンソ、2009年にブラウンGPに移籍していた可能性

2020年4月28日
フェルナンド・アロンソ、2009年にブラウンGPに移籍していた可能性 / F1見聞録
フェルナンド・アロンソのF1キャリアは、2008年の決定次第では違ったものになっていたかもしれない。

2007年にマクラーレンに移籍したフェルナンド・アロンソだが、チームメイトのルイス・ハミルトン、およびマクラーレンの上層部との関係が悪化し、残り2年の契約を破棄してチームを離脱。古巣ルノーへと復帰する。

F1マシン列伝:ブラウンGP BGP001 “幻となったホンダ RA109”

2020年4月23日
F1マシン列伝:ブラウンGP BGP001 “幻となったホンダ RA109”
ブラウンGPが2009年に圧倒的な強さでダブルタイトルを獲得したF1マシン『BGP001』は、ホンダがF1を継続していれば、『ホンダ RA109』としてグリッドに並んでいるはずのマシンだった。

大幅に空力コンセプトを変更した2007年マシン『RA107』の開発に失敗したホンダF1は、2008年にチーム代表としてロス・ブラウンを招聘して立て直しを図っていた。しかし、リーマン・ショックのあおりを受けてホンダは2008年限りでF1撤退を決断した。

マクラーレン、2009年にブラウンGPから得た機密情報を使って改善

2019年10月6日
マクラーレン、2009年にブラウンGPから得た機密情報を使って改善
元マクラーレンのボスであるロン・デニスは、2009年にチャンピオンシップリーダーだったブラウンGPにF1マシンのパフォーマンスの機密情報を求めていたことが明らかになった。

2008年にルイス・ハミルトンが最初のF1ワールドチャンピオンを獲得したマクラーレンだったが、翌2009年シーズンのスタートで躓いた。元ブラウンGPのCEOを務めるニック・フランは、ロン・デニスから要請があり、マクラーレンと情報を共有することに合意したことを彼の著書『Survive. Drive. Win.』で明かした。

ジェンソン・バトン、F1イギリスGPでブラウンGPのF1マシンでデモ走行

2019年7月10日
F1 ジェンソン・バトン
ジェンソン・バトンが、F1イギリスGPの木曜日に2009年にF1ワールドチャンピオンを獲得したブラウンGPのF1マシン『BGP0001』でデモ走行を披露することが決定した。

このデモ走行は、元ブラウンGPのオーナーで現在はF1スポーティングディレクターを務めるロス・ブラウンが主催。BGP001もロス・ブラウンが所有しているマシンとなる。また、Sky SportでのF1イギリスGP放送にむけて特別な撮影も行われる。

【動画】ルーベンス・バリチェロ、ブラウンGP BGP001で10年ぶりに走行

2019年7月7日
F1 ルーベンス・バリチェロ ブラウンGP
元F1ドライバーのルーベンス・バリチェロが、7月6日(土)にブラウンGPのF1マシン『BGP001』のステアリングを10年ぶりに握った。

ブラウンGPは、2008年末にF1から撤退したホンダF1チームが買収して誕生。ホンダが2019年に投入する予定だった『RA109』にメルセデス製エンジンを搭載した『BGP001』は、ホンダの日本人エンジニアが考案したとされるダブルディフューザーを搭載し、圧倒的な強さをみせた。

ニック・フライ 「アロンソはブラウンGPで走るチャンスを逃した」

2017年6月21日
アロンソ ブラウンGP
元ブラウンGPとメルセデスのCEOを務めたニック・フライは、フェルナンド・アロンソが2008年にホンダのオファーを断り、結果として2009年にタイトルを獲得したブラウンGPでタイトル争いをして、その後メルセデスの一員になるチャンスを逃したと述べた。

「フェルナンドは2009年にニック・ブラウンとロス・ブラウンのために走っているべきだった。そうしていれば、彼は今日、4度のワールドチャンピオンだっただろう」とニック・フライはスペインで開催されたMABSで述べた。

ジェンソン・バトンのブラウンGP F1マシンがグッドウッドで復活

2016年4月28日
ブラウンGP BGP001 ジェンソン・バトン
2009年にジェンソン・バトンがF1ワールドチャンピオンを獲得したブラウンGPのF1マシン『BGP001』が、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで久しぶりに走行することになった。

ジェンソン・バトンがタイトル獲得まで使い続けたBGP001のシャシー002は、シーズンが終了した後は一度も走っていない。
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