2025年7月29日
7月25日(金)から27日(日)にかけて、ベルギーのスパ・フランコルシャン・サーキットでFIA-F2第9戦が開催された。TGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)から参戦中の宮田莉朋は、予選で自己最高位となる2番グリッドを獲得。リバースグリッドのスプリントレース(レース1)では8位入賞を果たし、ポイントを獲得した。フィーチャーレース(レース2)では最前列からスタートし、自己最高位の2位でフィニッシュ。FIA-F2参戦2年目で初の表彰台に立った。
2025年5月28日
2025年FIA-F2選手権の第5戦が、5月22日から25日にかけてモナコ公国のモンテカルロ市街地特設サーキットで開催された。TGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)から参戦中の宮田莉朋は、スプリントレースで10位フィニッシュを果たしたものの、フィーチャーレースではスタート直後の多重クラッシュに巻き込まれ、リタイアを喫した。
2025年5月20日
2025年FIA-F2選手権の第4戦が5月16日から18日にかけて、イタリアのイモラ・サーキットで開催された。TGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)所属で、同シリーズ2年目となる宮田莉朋(ARTグランプリ)は、予選10番手を獲得。スプリントレースではリバースグリッドの恩恵を受けてポールポジションからスタートし、6位でフィニッシュ。今季初のポイントを獲得した。一方、決勝となるフィーチャーレースでは不運なセーフティカー導入が影響し、16位に終わった。
2025年5月7日
アルピーヌF1チームは、2025年仕様のリバリーを施した旧型マシンを使用し、オランダ・ザントフォールト・サーキットで極秘テストを行った。使用車両はTPC(Testing of Previous Cars)規定に則ったもので、黒いヘルメットをかぶった正体不明のドライバーによる走行が目撃されたが、このテストは瞬く間に“秘密”ではなくなった。
この動きは、シーズン序盤の不振を受け、ジャック・ドゥーハンとフランコ・コラピントの交代が迫っているとの見方が強まる中でのもの。
2025年4月22日
FIA-F2の第3戦がジェッダ・コーニッシュ・サーキットで行われ、同シリーズ2年目に挑戦中のTGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)の宮田莉朋は、予選16番手からスプリントレースで19位、フィーチャーレースで16位となり、2戦とも完走を果たすも、今季初ポイント獲得はならなかった。
4月18日(金)から20日(日)にかけて、サウジアラビア・ジェッダのジェッダ・コーニッシュ・サーキットで2025年FIA-F2の第3戦が開催された。
2025年4月14日
FIA-F2の第2戦がバーレーン・インターナショナル・サーキットで行われ、同シリーズ2年目に挑戦するTGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)の宮田莉朋は、予選で19番手と後方に沈むも、レース1では9位、レース2では14位まで追い上げてフィニッシュした。
4月11日(金)から13日(日)にかけて、バーレーン・サヒールのバーレーン・インターナショナル・サーキットで2025年FIA-F2の第2戦が開催された。
2025年3月18日
FIA-F2の今季開幕戦がオーストラリア・メルボルンのアルバートパークで行われ、TGRドライバー・チャレンジ・プログラム(TGR-DC)の支援を受けて同シリーズ2年目に挑戦する宮田莉朋は、スプリントレースで12位フィニッシュ。フィーチャーレースは降雨のためにキャンセルとなった。
3月14日(金)から16日(日)にかけて、オーストラリア・メルボルンの公園内に特設されたアルバートパーク・サーキットで2025年FIA-F2の開幕戦が開催された。
2025年2月5日
宮田莉朋は、2025年にARTグランプリと新たに契約を結び、昨年ルーキーシーズンを終え、FIAフォーミュラ2での2年目のレースシーズンに向けて準備を進めている。
宮田莉朋は、新しいマシン、選手権、大陸、そしてヨーロッパのレースチームの仕組みを学びながら、経験を積んだ。2025年にはARTグランプリへの移籍に手応えを感じており、新しいチームとともに1年分の経験の恩恵をすでに感じていると語っている。
2025年1月18日
宮田莉朋は、ハースF1チームとのプライベートテストでF1マシンでの初走行を完了。「将来のために良い経験になった」と語った。
ハースF1チームは、1月15日と16日の2日間にわたってスペインのヘレス・サーキットでプライベートテストを実施。トヨタとの提携によってチーム初のTPC(旧車テスト)が実現した。
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