ケータハムF1チーム復活報道を機に振り返るF1参戦夢物語5選

2025年8月23日
ケータハムF1チーム復活報道を機に振り返るF1参戦夢物語5選
ケータハムの名前がグリッドに復帰するというあり得ないニュースが流れる中、これまでに夢物語に終わったF1プロジェクトを5つ振り返る。

よく言われる陳腐な表現だが、だからといって真実でないわけではない──「モーターレーシングで小さな財産を築く一番速い方法は、大きな財産を持って始めることだ」。

ケータハム 2027年のF1復帰を計画 クウェートの若手起業家が支援

2025年8月22日
ケータハム 2027年のF1復帰を計画 クウェートの若手起業家が支援
元F1チームのケータハムが、2027年のグリッド復帰を目指している。支援するのは24歳のクウェート人起業家サード・カシス=モハメドと、彼の投資会社SKMキャピタルだ。

ケータハムは2012年から2014年までF1に参戦し、ロータス・レーシングのエントリーを引き継いだ。しかし常に後方に沈み、選手権ポイントを獲得することなく撤退した。野心的な計画はあったが結果は伴わず、資金難により消滅した後もブランド名だけが記憶に残った。

小林可夢偉、トヨタF1撤退後のF1キャリアを振り返る

2021年4月8日
小林可夢偉、トヨタF1撤退後のF1キャリアを振り返る
小林可夢偉が、トヨタがF1から撤退して以降のF1キャリアについて振り返った。

トヨタF1のリザーブドライバーを務めていた小林可夢偉は、負傷したティモ・グロックに代わって2009年のF1ブラジルGPでF1デビュー。日本人として18人目のF1ドライバーとなった。

F1マシン列伝:ケータハム CT05 “醜悪なアリクイノーズと財政難”

2020年4月30日
F1マシン列伝:ケータハム CT05 “醜悪なアリクイノーズと財政難”
ケータハムの2014年F1マシン『CT05』は、1ポイントも獲得できなかったが、その醜悪な“アリクイノーズ”でF1に歴史を刻むことになった。

2010年にロータス・レーシングとして参戦したチームは、2011年にチーム・ロータスを名乗ったが、グループ・ロータスとの関係が悪化し、訴訟沙汰に巻き込まれ。その結果、2012年からはトニー・フェルナンデスが買収した自動車会社「ケータハム」の名称を使用し、「ケータハムF1チーム」として参戦する。

元ケータハムF1チームのオーナーにスポンサーに関連した贈収賄疑惑

2020年2月6日
元ケータハムF1チームのオーナーにスポンサーに関連した贈収賄疑惑
かつて小林可夢偉も所属したケータハムF1チームのオーナーだったトニー・フェルナンデスに、ヨーロッパの航空機メーカーであるエアバスに関連した贈収賄疑惑がかけられている。

トニー・フェルナンデスは、アジアの航空会社エアアジアの創設者兼会長を務めている。エアアジアは、エアバスから航空機を購入する見返りに賄賂を受け取ったとして、捜査対象となっている。

F1 | ケータハムが使用していたリーフィールドのファクトリーが廃墟化

2020年1月12日
F1
ケータハムF1チームが使用していたリーフィールドのF1ファクトリーの荒れ果てた姿が公開された。

ケーハタムF1チームは、以前アロウズとスーパーアグリが拠点としていたリーフィールドのファクトリーに2012年に移転。しかし、チームは2014年10月に破産。ファクトリーは管財人の管理下に入り、2014年の最終戦を最後にチームは消滅。その後、資産は売却された。

ケータハムF1チーム、200名以上の元従業員に未払い給与を支払い

2019年1月27日
ケータハム F1
ケータハムF1チームは、長期におよぶ法的および財政論争の末、ようやく200名以上の元従業員に未払いだった給与を支払った。

財政難に陥ったケータハムF1チームは、2014年に消滅。チームは管財人の管理下に置かれ、従業員は給与を受け取ることができずにいた。

元ケータハムF1のオーナー 「F1は私にとって災害だった」

2017年11月4日
ケータハム F1 小林可夢偉
ロータス・レーシングとケータハムF1チームのオーナーとしてF1に3年間参戦したマレーシアの実業家トニー・フェルナンデスは、約束された予算削減が実行されなかったことで、プロジェクトは崩壊したと述べた。

トニー・フェルナンデスは「F1は私にとって大催事だた。我々はあまりうまくやることができなかった」と BBC Radio にコメント。

トニー・フェルナンデス、将来のF1復帰を除外せず

2016年10月21日
トニー・フェルナンデス F1
トニー・フェルナンデスは、F1への扉を永遠に閉ざしているわけではないと語る。

マレーシアのビジネスマンであるトニー・フェルナンデスは、2014年後半までケータハムを率いていた。

「全てを管理するのは非常に難しかった」とトニー・フェルナンデスは Vedomosti にコメント。
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