2011年01月のF1情報を一覧表示します。

フェルナンド・アロンソ、Wrooomの氷上レースを制す

2011年1月15日
フェルナンド・アロンソ Wrooom
フェラーリとドゥカティの恒例イベント“Wrooom”は、フェルナンド・アロンソがカートとフィアット500による両方の氷上レースを制して幕を閉じた。

氷上レースは、Wrooomを締めくくる伝統のイベント。今年はまずカートレースが行われ、フェルナンド・アロンソとフェリペ・マッサのフェラーリF1ドライバーが1-2フィニッシュ。3位にはドゥカティのニッキー・ヘイデン、4位にはフェラーリの秘蔵っ子ジュール・ビアンキ、5位にはドゥカティのバレンティーノ・ロッシが続いた。

ルカ・バドエル、フェラーリF60で氷上ラストラン

2011年1月15日
ルカ・バドエル フェラーリ
ルカ・バドエルが、WrooomでフェラーリF60による氷上走行を披露した。

この走行は、13年間フェラーリのテストドライバーを務めたルカ・バドエルへの感謝の気持ちとして実施された。

F60のエンジンカバーには、Wrooomのロゴが特別に入れられ、ルカ・バドエルは観客の前で5周のドライビングを披露。F60には、2011年からF1にタイヤを供給するピレリが特別に用意したレインタイヤに4.5mmのスタッドを埋め込んだスパイクタイヤが装着された。

ウィリアムズ、ベネズエラでF1デモ走行を実施

2011年1月15日
ウィリアムズ ベネズエラ
ウィリアムズは、ベネズエラでF1デモ走行を実施。2011年にウィリアムズでF1デビューを果たすパストール・マルドナドが、2010年マシンFW32をドライブした。

ペネズエラのカラカスにあるロス・プロセレス記念碑の特設トラックで行われたデモンストレーションイベントには、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領も参加。イベントには2万人が集まり、パストール・マルドナドは観衆の前でFW32のパワーとドーナツターンを披露した。

F1韓国GP主催団体、チャン・ユンチョCEOを解任

2011年1月15日
F1韓国GP チャン・ユンチョ
F1韓国GPのチャン・ユンチョが解任されたことが明らかになった。

聯合ニュースは、14日に開催された韓国オートヴァレー・オペレーション(KVAO)の取締役会でF1韓国GPの責任者チャン・ユンチョが、乱脈経営を非難されて解任されたと報じた。後任には、元スイス大使の朴源華(パク・ウォンファ)が就任するという。

また、他の取締役2名も解雇されたという。

メルセデスGP、MGP W02を2月1日に発表

2011年1月15日
メルセデスGP MGP W02
メルセデスGPは、2011年F1マシン「MGP W02」を2月1日のバレンシアテストで披露することを発表した。

MGP W02が、多くのチームと同じく2月1日からスタートする2011年初の合同テストから導入されることが決定した。

昨年メルセデス・ベンツは、2009年のチャンピオンチームであるブラウンGPを買収してメルセデスGPとして参戦したが、コンストラクターズ4位という結果に終わっている。

プロドライヴ、2013年までF1参戦は検討せず

2011年1月15日
プロドライブ
プロドライブのデビッド・リチャーズ会長は、2013年までF1参戦を検討することはないと述べた。

プロドライブは、2010年のF1参戦に向けてエントリーを申請したが、参戦権は得られなかった。

その後、USF1が参戦を断念したことでFIAは再度エントリーを募ったが、プロドライブは申請を見送っていた。

ナレイン・カーティケヤン、5年ぶりのF1レースに不安はなし

2011年1月15日
ナレイン・カーティケヤン
ナレイン・カーティケヤンは、F1を長く不在にしたことがヒスパニア・レーシングでの復帰シーズンの妨げになることはないと楽観的に捉えている。

インド人ドライバーのナレイン・カーティケヤンは、2005年のジョーダン以降F1でレースをしていない。2006年と2007年にはウィリアムズのテストドライバーを務めていたが、それ以降はF1を離れ、A1GP、ル・マン・シリーズ、スーパーリーグ・フォーミュラ、NASCARトラックシリーズに参戦していた。

ヒスパニア・レーシング、FOTAからの追放を否定

2011年1月15日
ヒスパニア・レーシング
ヒスパニア・レーシングのチーム代表コリン・コレスは、チームが会費を支払わなかったためにFOTAから追放されたというFOTA側の主張を否定した。

ヒスパニア・レーシングの広報は、FOTAが大規模チームを優遇しているため脱退したと述べていたが、FOTAの事務局長シモーネ・ペリロは、チームが10万ユーロ(約1,100万円)の年会費を支払わなかったと説明していた。

ヴィタリー・ペトロフ、イギリスに引越し

2011年1月14日
ヴィタリー・ペトロフ
ヴィタリー・ペトロフは、スペインからイングランドに引越したことを明らかにした。

ヴィタリー・ペトロフがルノーと2011年の契約を結ぶ前、チームオーナーのジェラルド・ロペスは、「ファクトリーに近く」「英語を話す環境」にいるためにペトロフが「イギリスへ引っ越す」必要があると主張していた。
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