ディーン・ストーンマン、精巣癌により2011年は治療に専念
2011年1月22日

2010年のF2チャンピオンであり、昨年11月にはアブダビ若手ドライバーテストにウィリアムズから参加したディーン・ストーンマンは、今年ルノー・ワールドシリーズにステップアップする予定だった。
ニキ・ラウダ、2011年はダークブルーのキャップを着用
2011年1月21日

元F1ワールドチャンピオン、ビジネスマン、ドイツのテレビ解説者であるニキ・ラウダは、1976年の大クラッシュで頭部と顔面に傷を負って依頼、赤いキャップを着用しており、その前面のスペースをスポンサーに販売してきた。
ロータス・タイプ125、ヴァレルンガでトラックデビュー
2011年1月21日

ロータス125の初テストは、元F1ドライバーでアンバサダーを務めるジャン・アレジとロータスのファクトリードライバーであるジェームズ・ロシターによって行われ、2日間のテストで200kmを走破した。
パット・シモンズ、F1の表舞台への復帰を望む
2011年1月17日

元ルノーのエンジニアリング・チーフを務めていたパット・シモンズは、2008年のシンガポールGPで起きた“クラッシュゲート騒動”の首謀者のひとりとなり、F1から離れた。
FIAとの協定により、パット・シモンズは2013年までF1にフルタイムに復帰することはできないが、彼の会社であるニュートリノ・ダイナミクス社を通してコンサルタントとしてチームと作業することは許されている。
プロドライヴ、2013年までF1参戦は検討せず
2011年1月15日

プロドライブは、2010年のF1参戦に向けてエントリーを申請したが、参戦権は得られなかった。
その後、USF1が参戦を断念したことでFIAは再度エントリーを募ったが、プロドライブは申請を見送っていた。
ジャン・アレジ、ロータス・モータースポーツとアンバサダー契約
2011年1月13日

ロータス125は、F1マシンからインスパイアされたサーキット専用マシンで、640bhpを発生するコスワース製3.5リッターV8エンジンと6速セミオートマチックトランスミッションが搭載される。F1マシンとは異なり、エンジンの始動にメカニックは不要。スタートボタンを押すだけで走ることができる。
F1、2011年からフルハイビジョン化
2011年1月13日

スカイ・ドイチュラントは、2011年からドイツ、オーストリア、スイスの契約者にフルHD(高解像度)でF1を放送することを発表していた。
2011年からコース脇に設置されるテレビカメラは、すべてフルHD化される。
デレック・ガードナー(元ティレルのデザイナー)が逝去
2011年1月11日

デレック・ガードナーは、1969年にマトラで4輪駆動システムを開発するハリー・ファーガソンに協力することでF1との関わりを持った。
1970年にティレルに加入したデレック・ガードナーは、彼のガレージでティレル001を設計。ティレル001は、デビューレースとなったカナダGPでジャッキー・スチュワートがポールポジションを獲得した。
F1株式売却を担当した銀行家、42億円不正受領で逮捕
2011年1月4日

F1の商業面は、数年前にCVCキャピタル・パートナーズに売却されるまでバイエルン州立銀行が管理していた。F1に参戦する自動車メーカーがF1の分裂シリーズを立ち上げると脅していた時期、同銀行の役員ゲルハルト・グリボウスキーは、F1パドックでよく知られた存在だった。