故マルコ・シモンチェリの財団が設立

2011年12月23日
マルコ・シモンチェリ財団
故マルコ・シモンチェリの思い出を継続する目的で、家族と友人たちが中心となって財団を創設。1月20日にはリミニで誕生日会を開く。

故マルコ・シモンチェリの父親パオロ・シモンチェリは22日、非営利団体としてマルコ・シモンチェリ財団を設立したことを発表した。

パオロと母親のロッセーラ、妹のマルティナ、ガールフレンドのケイト、パーソナルマネージャーのカルロ・ペルナット、ジャーナリストのパオロ・ベルトタモが発起人となり、マルコ・シモンチェリの思い出を継続する目的で財団を創設。

スズキ、MotoGP参戦を休止

2011年11月20日
スズキ MotoGP
スズキは、2012年よりMotoGPへの参戦を一時休止することを発表した。

スズキは、MotoGP参戦休止の理由を「先進国市場の長引く不況、歴史的な円高、災害等により未だ厳しい環境にあるため」と説明。

だが、「2014年の再参戦を目途として競争力のあるマシン開発を行います」と2014年からのMotoGPに復帰する意向を示した。

MotoGPライダー、マルコ・シモンチェリに哀悼の意

2011年10月25日
マルコ・シモンチェリ
MotoGPライダーが、マレーシアGPの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリに、ロッシ、ロレンソ、ヘイデン、スピース、バルベラらが、友人であり、ライバルだったシモンチェリに、プレスリリースやシーシャルネットワークを通じて別れの言葉を送った。

バレンティーノ・ロッシ
「シッチは僕にとってまるで弟のようだった。トラックでは非常にストロングで、トラック外では非常にスイートな人柄だった。すごく寂しく思う」

青山博一、チームメイトの事故死に「言葉が見つからない・・・」

2011年10月25日
青山博一
青山博一が、MotoGP マレーシアGPで事故死したチームメイトのマルコ・シモンチェリについて自身のブログで心境を語った。

マルコ・シモンチェリと青山博一は、250cc時代にライバルとしてタイトルを争い、MotoGPではチームメイトとして戦ってきた。

「昨日のレース中の転倒事故でチームメートであるマルコが懸命な処置のかいなく亡くなりました。何と言ってよいのか言葉が見つかりません」と青山博一はコメント。

F1ドライバー、マルコ・シモンチェリに追悼コメント

2011年10月24日
F1ドライバー、マルコ・シモンチェリに追悼コメント
F1ドライバーが、MotoGP マレーシアGPの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリにTwitterで追悼コメントを寄せた。

マルコ・シモンチェリ(享年24歳)は、マレーシアGPの決勝レースの2周目にコントロールを失い転倒。コーリン・エドワーズとバレンティーノ・ロッシに接触して頭部、頸部、胸部を強打し、死亡した。

MotoGP、マルコ・シモンチェリの事故死の状況を説明

2011年10月24日
MotoGP マルコ・シモンチェリ
MotoGPのレースディレクションは23日、セパン・インターナショナル・サーキットのプレスカンファレンスルームで、第17戦マレーシアGPの決勝レースで事故死したマルコ・シモンチェリの状況に関して共同会見を行った。

レースディレクションの代表であるポール・バトラーは、「この記者会見の目的は、マルコ・シモンチェリの悲劇的な死亡の状況を検証することです」と説明を始めた。

ホンダ、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

2011年10月24日
マルコ・シモンチェリ
HRC社長の鈴木哲夫とHRC副社長兼HRCチーム代表中本修平が、MotoGP マレーシアGPでの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意を表した。

マルコ・シモンチェリ選手は、2008年に250ccのタイトルを獲得。2009年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となり、翌2010年に最高峰のMotoGPにステップアップした。

ブリヂストン、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意

2011年10月24日
マルコ・シモンチェリ
MotoGPにタイヤを供給するブリヂストンが、MotoGP マレーシアGPでの事故で命を落としたマルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意を表した。

マルコ・シモンチェリ選手はMotoGP第17戦マレーシアGPの決勝レースの2周目に11コーナーでフロントから転倒して他車に接触。頭部、頸部、胸部を強く打撲したシモンチェリ選手はメディカルセンターへ運ばれ心肺蘇生措置を受けたが、16時56分に残念ながら死亡が確認された。

マルコ・シモンチェリ、MotoGPのレース中に事故死

2011年10月24日
マルコ・シモンチェリ
マルコ・シモンチェリが、MotoGP マレーシアGPの決勝レースで事故死した。享年24歳。

5番グリッドからスタートしたマルコ・シモンチェリは、2周目の11コーナーで転倒、後続車と接触して頭、首、腕を強打した。

医療班が事故現場に到着した時はすでに意識不明で、救急車の中やメディカルセンターで心肺蘇生が行われたが、45分後の16時56分(日本時間17時56分)に死亡が宣告された。
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