ケーシー・ストーナー、今季限りでのMotoGP引退を発表
2012年5月18日

26歳のオーストラリア人ライダーは、2002年からフル参戦を開始すると、ドゥカティ・マールボロ・チームから参戦した最高峰クラス2年目、800ccクラスの1年目となった2007年に初タイトルを獲得すると、レプソル・ホンダから参戦した2011年に2度目のタイトルに成功。
MotoGP:2012年 暫定エントリーリストを発表
2012年1月15日

2012年のMotoGPは、レギュレーション変更により、7チーム、9人のCRTクレイミング・ルール・チームを含む14チーム、21人がエントリー。CRTチームとは、メーカーからエンジンを購入して参戦するチームを指し、エンジンの使用機数やタンク容量などに優遇策がとられる。
故マルコ・シモンチェリの財団が設立
2011年12月23日

故マルコ・シモンチェリの父親パオロ・シモンチェリは22日、非営利団体としてマルコ・シモンチェリ財団を設立したことを発表した。
パオロと母親のロッセーラ、妹のマルティナ、ガールフレンドのケイト、パーソナルマネージャーのカルロ・ペルナット、ジャーナリストのパオロ・ベルトタモが発起人となり、マルコ・シモンチェリの思い出を継続する目的で財団を創設。
スズキ、MotoGP参戦を休止
2011年11月20日

スズキは、MotoGP参戦休止の理由を「先進国市場の長引く不況、歴史的な円高、災害等により未だ厳しい環境にあるため」と説明。
だが、「2014年の再参戦を目途として競争力のあるマシン開発を行います」と2014年からのMotoGPに復帰する意向を示した。
MotoGPライダー、マルコ・シモンチェリに哀悼の意
2011年10月25日

バレンティーノ・ロッシ
「シッチは僕にとってまるで弟のようだった。トラックでは非常にストロングで、トラック外では非常にスイートな人柄だった。すごく寂しく思う」
青山博一、チームメイトの事故死に「言葉が見つからない・・・」
2011年10月25日

マルコ・シモンチェリと青山博一は、250cc時代にライバルとしてタイトルを争い、MotoGPではチームメイトとして戦ってきた。
「昨日のレース中の転倒事故でチームメートであるマルコが懸命な処置のかいなく亡くなりました。何と言ってよいのか言葉が見つかりません」と青山博一はコメント。
F1ドライバー、マルコ・シモンチェリに追悼コメント
2011年10月24日

マルコ・シモンチェリ(享年24歳)は、マレーシアGPの決勝レースの2周目にコントロールを失い転倒。コーリン・エドワーズとバレンティーノ・ロッシに接触して頭部、頸部、胸部を強打し、死亡した。
MotoGP、マルコ・シモンチェリの事故死の状況を説明
2011年10月24日

レースディレクションの代表であるポール・バトラーは、「この記者会見の目的は、マルコ・シモンチェリの悲劇的な死亡の状況を検証することです」と説明を始めた。
ホンダ、マルコ・シモンチェリ選手に哀悼の意
2011年10月24日

マルコ・シモンチェリ選手は、2008年に250ccのタイトルを獲得。2009年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となり、翌2010年に最高峰のMotoGPにステップアップした。