中村仁 FIA F3初表彰台「本当にうれしい」終盤の勝負で3位獲得

2026年6月28日
中村仁 FIA F3初表彰台「本当にうれしい」終盤の勝負で3位獲得
中村仁(ハイテック)が、FIA F3第4戦オーストリア・シュピールベルクのスプリントレースで3位に入り、自身初となるFIA F3表彰台を獲得した。

レース後の記者会見では、初表彰台の喜びとともに、終盤にペドロ・クレロとの激しい攻防を振り返り、「とても幸せ」と率直な心境を語った。

FIA F3シュピールベルク:中村仁がスプリントレースで3位表彰台

2026年6月27日
FIA F3シュピールベルク:中村仁がスプリントレースで3位表彰台
エルネスト・リベラ(カンポス・レーシング)が6月27日、レッドブル・リンクで開催された2026年FIA F3第4戦オーストリア大会スプリントレースで初優勝を飾った。

レッドブル・ジュニアでもあるリベラは、リバースグリッド2番手からスタートし、ジェームズ・ウォートン(プレマ)との激しい首位争いを制してFIA F3初勝利を達成した。一方、日本勢では中村仁(ハイテック)が3位表彰台、山越陽悠(ファン・アメルスフォールト)が9位入賞を果たし、翌日のフィーチャーレースへ勢いをつけた。

山越陽悠 FIA F3史上初の日本人ポール「言葉では表現できない」

2026年6月27日
山越陽悠 FIA F3史上初の日本人ポール「言葉では表現できない」
山越陽悠(ファン・アメルスフォールト)は、2026年FIA F3第4戦オーストリア大会の予選で自身初となるポールポジションを獲得した。日本人ドライバーとしてもFIA F3史上初のポールポジションとなる歴史的快挙で、決勝を最前列から迎える。

予選後の記者会見で山越は、「言葉では表現できない」と喜びを語るとともに、前戦バルセロナから続く好調な流れや、タイム抹消から新品タイヤ投入を決断した舞台裏、そして日本人初のポールポジションへの特別な思いを明かした。

山越陽悠がFIA F3で日本人初ポール獲得 ウゴチュクウを0.015秒差で抑える

2026年6月26日
山越陽悠がFIA F3で日本人初ポール獲得 ウゴチュクウを0.015秒差で抑える
山越陽悠が26日、FIA F3選手権第4戦オーストリア大会(シュピールベルク)の予選で自身初となるポールポジションを獲得した。Van Amersfoort Racing(VAR)の山越は1分21秒730を記録し、ウゴ・ウゴチュクウを0.015秒差で抑えてトップに立った。

最終的に山越のタイムを上回るドライバーは現れずFIA F3で日本人初となるポールポジションを獲得。決勝ではポールポジションから初優勝を目指す。

ウーゴ・ウゴチュク アルピーヌとのTPCでF1初走行中にクラッシュ

2026年6月22日
ウーゴ・ウゴチュク アルピーヌとのTPCでF1初走行中にクラッシュ
FIA F3選手権をリードするウゴ・ウゴチュクが、モンツァで実施されたアルピーヌのテスト走行中にクラッシュを喫した。幸いにもドライバー本人に負傷はなく、F1マシンでの初走行を終えている。

スペインの報道によると、19歳のアメリカ人ドライバーであるウゴ・ウゴチュクは、イタリアのモンツァ・サーキットでアルピーヌA524をドライブ中にアクシデントを起こした。今回がF1マシン初走行だったが、大事には至らなかった。

山越陽悠 FIA F3モナコ戦失格「日の丸と共に君が代を流せたことはリアル」

2026年6月7日
山越陽悠 FIA F3モナコ戦失格「日の丸と共に君が代を流せたことはリアル」
山越陽悠(ファン・アメルスフォールト・レーシング)が、FIA F3モナコ戦スプリントレース失格の裁定を受け、自身のSNSを通じてコメントを発表した。

山越陽悠はモナコ市街地コースで行われたスプリントレースを制し、FIA F3初優勝を飾った。しかしレース後の車検で、14号車のフロントプッシュロッドが左右逆に装着されていたことが判明。2026年FIA F3テクニカルレギュレーション違反と判断され、失格処分となった。

山越陽悠 FIA F3モナコ戦初優勝が幻に 技術違反で失格処分

2026年6月7日
山越陽悠 FIA F3モナコ戦初優勝が幻に 技術違反で失格処分
ファン・アメルスフォールト・レーシングの山越陽悠が、FIA F3モンテカルロ戦スプリントレースの失格処分を受けた。山越陽悠はモンテカルロ市街地コースで行われたレースでトップチェッカーを受け、FIA F3初優勝を飾っていたが、レース後の技術検査でマシンの規則違反が発覚した。

スチュワードは、14号車が2026年FIA F3テクニカルレギュレーションに適合していなかったと判断。これにより山越陽悠の優勝記録は取り消され、モンテカルロでの初勝利は幻となった。

山越陽悠 F3モナコ戦スプリントレースで初優勝「モナコの勝者になれた」

2026年6月6日
山越陽悠 F3モナコ戦スプリントレースで初優勝「モナコの勝者になれた」
山越陽悠(ファン・アメルスフォールト・レーシング)が、2026年FIA F3モナコGPスプリントレースでポール・トゥ・ウインを達成し、FIA F3初優勝を飾った。

モンテカルロ市街地コースで行われたスプリントレースは、オープニングラップから多重接触による赤旗中断に見舞われる荒れた展開となったが、山越陽悠は再スタート後も冷静なレース運びを披露。最後まで首位を守り切り、モナコでの記念すべき初勝利を手にした。

山越陽悠 F3モナコGPスプリントレース優勝 日本人ドライバーがモナコ制覇

2026年6月6日
山越陽悠 F3モナコGPスプリントレース優勝 日本人ドライバーがモナコ制覇
山越陽悠(ファン・アメルスフォールト・レーシング)が2026年FIA F3モナコGPスプリントレースで圧巻の走りを見せ、シリーズ初優勝を飾った。

モンテカルロ市街地サーキットで行われた週末最初のレースは序盤から波乱の展開となったが、山越陽悠は冷静なレース運びを披露。難攻不落のモナコで主導権を握り続け、後続を寄せ付けない完勝を収めた。

F2とF3が新ロゴ発表 F1への育成ピラミッドを明確化

2026年6月1日
F2とF3が新ロゴ発表 F1への育成ピラミッドを明確化
FIA F2とFIA F3は、F1への育成カテゴリーとしての位置づけをより明確にするため、新たなチャンピオンシップロゴを発表した。

新ロゴは単色デザインに簡素化され、よりクリーンで現代的な印象を打ち出すものとなる。F2は従来のブルーを継続し、F3はこれまでのグレーとレッドに代わって、新たにオレンジを採用した。

F2とF3出身者はなぜF1で通用するのか 若手が即戦力になる理由

2026年4月16日
F2とF3出身者はなぜF1で通用するのか 若手が即戦力になる理由
FIAの下位カテゴリーであるF2とF3が、単なる登竜門ではなく、F1で通用するための実戦的な準備の場として機能していることが、近年あらためて注目されている。

インディカーからF2に転向したコルトン・ハータの挑戦も、スーパーライセンスポイントの問題だけではなく、F1に必要な環境へ適応する意味合いを持つ動きとして位置づけられる。

ペドロ・デ・ラ・ロサの甥 ブルーノ・デル・ピノがF3デビュー戦優勝

2026年3月12日
ペドロ・デ・ラ・ロサの甥 ブルーノ・デル・ピノがF3デビュー戦優勝
2026年F1オーストラリアGPのサポートレースとして開催されたFIAフォーミュラ3で、ブルーノ・デル・ピノがデビュー戦で優勝を飾った。デル・ピノはアストンマーティンのアンバサダーを務めるペドロ・デ・ラ・ロサの甥で、今回がF3初参戦だった。

19歳のデル・ピノは、ペドロ・デ・ラ・ロサ自身が共同設立したドライベックスでスペインF4を戦った経験を持つ。

ホンダF1育成の加藤大翔 F3メルボルンで表彰台デビュー「次は自力で」

2026年3月12日
ホンダF1育成の加藤大翔 F3メルボルンで表彰台デビュー「次は自力で」
ARTグランプリの加藤大翔が、2026年FIAフォーミュラ3開幕戦メルボルンで印象的なデビュー週末を飾った。スプリントレース5位、フィーチャーレース3位と2戦連続でポイントを獲得し、初参戦ながら表彰台にも上がった。

チームとしても昨年とは対照的なスタートとなった。2025年はメルボルンでポイントを獲得できず苦戦したが、2026年は開幕2レースでトップ6フィニッシュを4回記録し、明確な前進を示した。

元F1チーム代表オトマー・サフナウアー ファン・アメルスフォールトのCEO就任

2026年3月4日
元F1チーム代表オトマー・サフナウアー ファン・アメルスフォールトのCEO就任
オランダのジュニアカテゴリー名門チーム、ファン・アメルスフォールト・レーシングは、元F1チーム代表のオトマー・サフナウアーをCEO兼マネージングパートナーに任命した。サフナウアーは2026年2月1日付で正式に職務を開始している。

創設50周年を迎えたばかりの同チームにとって、今回の人事は組織の次の成長段階に向けた重要な一手と位置づけられている。

マクラーレンとアウディ フレディ・スレーターのF1育成契約を巡り争奪戦?

2026年1月19日
マクラーレンとアウディ フレディ・スレーターのF1育成契約を巡り争奪戦?
マクラーレンとアウディが、ジュニアカテゴリーで圧倒的な実績を残してきた英国の新星フレディ・スレーターを巡り、将来の囲い込みを視野に入れた駆け引きを繰り広げている。

17歳のスレーターは、高級トイレタリーブランド「Baylis & Harding」のオーナー兼マネージングディレクターであるエイドリアン・スレーターの息子で、7歳からカートレースを始めた。
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