マッサ、トヨタF1チームのブラジルでの身の安全を心配
2008年11月4日

マッサは、ブラジル人サポーターが、フラストレーションをトヨタF1チームのメンバーにぶつけるのではないかと心配しているという。
トヨタのティモ・グロックは、ブラジルGPの最終ラップで減速したため、ルイス・ハミルトンに5位をプレゼントし、マッサからワールドチャンピオンを奪うことになった。
最終ラップにドラマが待っていたF1ブラジルGP
2008年11月4日

スタート5分前に突然インテルラゴスに豪雨が降りそそいだ時点でドラマを予感させたF1最終戦ブラジルGP。スタートは10分のディレイが言い渡され、各車ウェットタイヤと雨用にセッティング変更を施した。しかし、雨はすぐに上がり、空には晴れ間さえ見えだしたことで、ウェットからドライへの変更タイミングが第1の鍵となった。
アレキサンダー・ブルツ、2009年もホンダ残留
2008年11月4日

アレキサンダー・ブルツは、ウィリアムズ在籍中の2007年シーズンにレースドライバーとして引退したが、今年ホンダのテストドライバーとしてパドックに復帰した。
ブルツは、オーストリアの放送局ORFに対し、「昨年、2009年を含む契約にサインしている」と語った。
ティモ・グロック、ブラジルGPを振り返る
2008年11月4日

レース終盤の雨はあなたの戦略にどんな影響を及ぼしましたか?
最後の数周で雨になった際、我々はいくつか順位を上げるチャンスが訪れたと思った。ほぼ残り6周となった時、サーキットの数カ所で軽い雨が降り始めたが、その時は全員がドライタイヤだった。雨は激しさを増していったものの、他のクルマがウェットタイヤに交換するためピットインすれば自分達が順位を上げられると確信していたため、自分達はドライタイヤのまま走り続けることに決めた。それにウェットタイヤの方が優位になったのは最後の2周程度だけだったからね。我々はそのまま走り続け、そして私は4位に浮上したが、ただし最後の数周のあの状態で走り続けるのは簡単ではなかった。
トヨタ、KERSなしで2009年シーズンをスタート
2008年11月4日

FOTAよる会談で、2010年までKERSの導入を遅らせるという提案は否決されたが、マクラーレンのロン・デニスは「ひとつのチーム」がKERSシステムなしで来年3月のメルボルンの開幕戦を戦う予定であることを明らかにしていた。
トヨタのジョン・ハウエットは、シーズンの始めからKERSを導入する考えではないことを明らかにした。
ルイス・ハミルトン:インタビュー(ブラジルGP)
2008年11月4日

あなたは歴史を作りました。あなたが成し遂げたことを認識できますか?
まだ本当のこととは思えないんだ。人生で最も激しいレースだったし、気持ちはまだレースをしている。だた、チームが僕に与えてくれたチャンスに感謝している。僕に素晴らしいチャンスを与えてくれたマクラーレンとメルセデス・ベンツ、ボーダフォン・マクラーレン・メルセデスに関わるみんな、ここに来てくれた家族、僕を応援してくれた人、地元の人々に大きな敬意を表したい。それらがなければ、僕はこれを達成できなかった。フェリペは今日、素晴らしい仕事をしたし、彼の勝利と1年中の戦いを祝福したい。トップであることは素晴らしいことだ。
ニコール・シャージンガー
2008年11月3日

ニコール・シャージンガーは、アメリカのポップミュージックグループ“プッシー・キャット・ドールズ”のメインボーカル。ハミルトンとニコールは、昨年11月のイベントで知り合い、交際に発展したという。
ブルーノ・セナ、トロ・ロッソのテストにも参加か
2008年11月3日

現在、来季のシートが未確定なのはホンダとトロ・ロッソの2チーム。ブルーノ・セナは、その両チームと交渉を進めており、インテルラゴスでは、ホンダのテストに参加することが発表されていた。
ブルーノ・セナは、2チームのテストを受けたあとに、来季の交渉をすることになるだろうと語る。
ホンダ、ブルーノ・セナのテストを発表
2008年11月3日

ブルーノ・セナがホンダのテストに参加することが決定した。テストは、11月17日(月)から19日(水)まで行われ、ホンダは、RA108のドライブを通じ、ブルーノ・セナの実力を試し、可能性を引き出すだという。
ブルーノ・セナは、あのアイルトン・セナの甥。2005年にジュニアモータースポーツフォーミュラでフル参戦後、イギリスF3とGP2シリーズを通じ、キャリアを築いてきた。2008年のGP2シリーズでは、2回優勝し、自身としては2位で今シーズンを終えた。