デビッド・クルサード、F1引退を発表

2008年7月4日
引退を発表したデビッド・クルサード(画像)
デビッド・クルサードが今シーズン限りでF1から引退することを発表した。

1994年にアイルトン・セナの事故死の代役としてウィリアムズでF1デビューしたデビッド・クルサード。1996年からは9年間マクラーレンに在籍。2005年には新チーム、レッドブルへ移籍し、これまでのキャリアで13回の優勝を記録している。

クルサードは今後、レッドブルで新しいテストと開発の役割を担っていくという。

デビッド・クルサードの声明
本日、今シーズンをもってF1から引退する決断をしたことを発表します。今後もF1には積極的に関わり、レッドブル・レーシングのコンサルタントとしてテストやクルマの開発を中心に活動していくつもりです。将来、他のモータースポーツで再びレースを戦うかという件に関しても柔軟に考えていくつもりですので、まだ決してヘルメットを置いたわけではありません!

デビッド・クルサード、今シーズン初ポイントを振り返る

2008年6月17日
デビッド・クルサード(レッドブルF1)
カナダGPで今シーズンの初ポイントを表彰台で飾ったデビッド・クルサード。シーズン中のシート喪失まで囁かれたクルサードだが、この入賞により、レッドブルでの本来のパフォーマンスを証明したと語る。

デビッド、モントリオールまでのシーズンに基づき、多くの人があなたは既に無価値とみなしていました。先週、あなたは復習し、批判者を黙らせましたね。どんな気分でしたか?
素晴らしい気分だったよ。このスポーツに十分長くいるので、この結果ぐらい良いということはわかっている。もちろん6戦の結果はそれほど良くないようにみえるが、ペース不足や欲求不足というより、むしろ偶然だったいうことはわかっている。全く正反対だ。カナダでは、このような良いペースを発揮したし、わずかに運が味方した。ピットレーンで3台のマシンがクラッシュしなかったとしても、僕は7位だったと思う。もちろん、それは良いポジションではないけど、僕たちのチームがいる集団では力強い結果と言えるだろう。僕たちは2台のフェラーリ、2台のマクラーレン、2台のBMWが速いことはわかっているからね。通常は、トヨタやホンダ、ウィリアムズと7番手を争っている。だから、僕が達成したことは、数週間、人々を黙らせるさ!

レッドブル、デビッド・クルサードが3位表彰台

2008年6月9日
3位表彰台で今季初ポイントを獲得したデビッド・クルサード
レッドブルは、F1カナダGP決勝で、デビッド・クルサードが3位表彰台。マーク・ウェバーは12位で完走した。

ここまでノーポイントだったデビッド・クルサードだが、波乱のレースで1ストップ戦略がうまくはまり、今季初ポイントを3位表彰台で成し遂げた。クルサードにとっては62回目の表彰台となる。

一方、2ストップ戦略を選んだマーク・ウェバーは、クルサードとは対照的に戦略が機能せず、12位という結果に終わった。

デビッド・クルサード、F1シート喪失の危機

2008年5月31日
デビッド・クルサード(レッドブル)
デビッド・クルサードは、レッドブルのF1シートから追われるのではないかと噂が広まっている。

今シーズン、デビッド・クルサードはまだノーポイントに終わっている。クルサード自信も「6レースを終えて1ポイントも稼げず、さらにたくさんのアクシデントでマシンにダメージが発生したことは本当に残念だ」とモナコGP決勝後にコメントしている。

デビッド・クルサード、NASCARチームを訪問

2008年5月27日
デビッド・クルサードと婚約者のカレン・ミニエ(画像)
デビッド・クルサードは、カナダGPの前にレッドブルのNASCARチームを訪れるためにいち早く北米へと向かう。モントリオールの1週間前にアメリカ・デラウェア州ドーバーにあるモンスターマイルと呼ばれるサーキットで、NASCARが開催されるのだ。

デビッドはNASCARレッドブル・レーシング・チームのゲストとしてサーキットを訪れる。レッドブルは今年NASCAR参戦2年目を迎え、ブライアン・ヴィッカーズとAJアルメンディンガーがトヨタのカムリで戦っている。

デビッド・クルサード、5グリッド降格処分

2008年5月25日
デビッド・クルサード(レッドブル)
デビッド・クルサード(レッドブル)は、モナコGPでギアボックス交換により5グリッド降格が決定した。決勝レースは15番手からのスタートとなる。

クルサードは、24日に行われた予選Q2終了直前に、トンネル出口でコントロールを失い、大クラッシュ。それでも10番グリッドとなるタイムを記録していたが、彼のRB4は、新しいトランスミッションを含む、広範囲の修復が必要となった。

デビッド・クルサード、「後方でのレースは恐ろしい」

2008年4月28日
接触で左リアタイヤがパンクしたデビッド・クルサード(レッドブル)
レッドブルのデビッド・クルサードは、スペインGPを12位で終えた。

2度目のピットストップ後のアウトラップで、後方を走っていたティモ・グロックと接触。左リアタイヤがパンクし、再度ピットインを余儀なくされた。

クルサードは、これまで4戦中3戦で接触事故に遭っている。

デビッド・クルサードのレース週末

2008年4月12日
デビッド・クルサードと婚約者カレン・ミニエ
デビッド・クルサードは、イギリス人ドライバーの中で最も多くのグランプリ・ポイント獲得を果たしているドライバーであり、レッドブル・レーシング立ち上げ当初からチームに貢献しているドライバーでもある。デビッドはどのようにして日曜日の午後のレースまでに体調を整えているのだろうか?グランプリで彼がどうやって冷静さを保っているのかを、時差ぼけ、朝食、レースの準備などについて語った。

レッドブル:バーレーンGP初日 クルサードが7番手

2008年4月5日
レッドブル F1 バーレーンGP初日(画像)
レッドブルは、F1 バーレーンGPの初日のフリー走行を行い、両ドライバーはポジティブなコメントを残した。

デビッド・クルサードは、2回目のセッションで7番手タイムとなる1分33秒048を記録。マーク・ウェバーは13番手となる1分33秒782を記録した。

クルサード、フリー走行2回目を走行せず

2008年3月21日
フリー走行1回目で激しくマシンをクラッシュさせたデビッド・クルサード(画像)
マレーシアGPの午前中のセッションでクラッシュしたレッドブルのデビッド・クルサードは、午後に行われた2回目のフリー走行への参加を断念した。

午前中に行われた1回目のフリー走行で、クルサードの運転するRB4は縁石を乗り越えて、サスペンションを破損。マシンは激しく損傷し、フリー走行は赤旗中断となった。

レッドブルは、マシンの修理と原因の解明のためにフリー走行2回目を回避し、土曜日の3回目のフリー走行に備える決断をした。

クルサード、「信頼性は大きく前進した」

2008年3月1日
デビッド・クルサード:インタビュー
26日にトロ・ロッソのセバスチャン・ベッテルがマシンに乗っていました。なにが起きたんですか?
マシンの感触はとてもよかったけど、初日のコンディションは理想的ではなかったんだ。十分なフォームアップをしなかったので、神経痛になってしまい、物理医療士に治療してもらったんだ。それで、セバスチャン・ベッテルを私のマシンに乗せるよう提案したんだ。セバスチャン・ブエミ(レッドブルのテスト兼リザーブドライバー)はF1の経験がなく、メルボツンへも秒読み段階だったので、マシンに経験のあるドライバーを乗せた方が有益だと思ったんだ。セバスチャン・ブルデーが1台のトロ・ロッソを運転していたので、持っているリソースをうまく使ったんだ。

デビッド・クルサード:プロフィール

2008年2月1日
デビッド・クルサード
デビッド・クルサード (David Coulthard)
カーバンバー:9
所属:レッドブル・レーシング
国籍:イギリス
生年月日:1971年3月27日

「昨年は5位に終わったけど、それ以前の年に比べると大きな進歩があったと思う。さらにトップチームに近づいていくためにも、今季はマシンの信頼性をもっと上げていく必要があるだろう。僕は過去にトラクションコントロールなしでレースに出場したことがあるから、あまり問題はない。まだ多くのドライバーが幼稚園に通っていたぐらいのときにね(笑)。ただしウェット路面でレースを行う際には、危険な場合もあるかもしれない」

デビッド・クルサード ヘルメット (2008年)

2008年1月14日
デビッド・クルサード ヘルメット (画像)
デビッド・クルサードのヘルメット。スポンサーロゴ以外、2007年からの変更はありませんね。デザインのモチーフとなっているのは、クルサードの母国であるスコットランドの国旗。クルサードはこのヘルメットを意匠登録しようとして、同郷のドライバーから非難にあい取り下げた、というエピードがあります。アライ製。
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