F1マシン列伝:ホンダ RA106 “オールホンダとして最後に勝ったマシン”
2020年5月4日

1999年、第3期としてシャシー製造を含めたフルワークスによるF1参戦を目指していたホンダだが、テスト中に当時テクニカルディレクターを務めていたハーベイ・ポスルスウェイトがバルセロナでのテスト中に急死したこと、またホンダ社内に根強く残る慎重論などを背景に、結局ホンダはフルワークスによる参戦を断念。
「ホンダは2年以内にF1から撤退するだろう」とエディ・ジョーダン
2020年5月4日

新型コロナウイルスの世界的な大流行はモータースポーツだけでなく、自動車業界にも影響を与えている。今後数年間でレッドブルのF1エンジンサプライターであるホンダを含めたモータースポーツ界の主要な自動車メーカーに波及する可能性がある。
レッドブル・ホンダF1、動画『Dutch Road Trip』を公開
2020年5月3日

F1オランダGPは5月3日(日)にザントフォールトで35年ぶりに復活する予定だったが、新型コロナウイルスのパンデミックによって延期となっている。
ピエール・ガスリー、開幕戦で着用するヘルメットのデザインを募集
2020年5月3日

新型コロナウイルスのパンデミックによって2020年のF1世界選手権は第10戦までの延期・中止が決定しており、早くても7月までF1レースが開催されることはない。
【動画】 アイルトン・セナ、ホンダF1撤退のニュースに拭った涙
2020年5月3日

1992年7月18日、朝日新聞の一面トップの見出しには『本田技研がF1撤退へ』の文字が大きく刷られた。記者にそれとなく話した川本信彦は、ホンダのF1休止が、朝日のトップニュースとして扱われるとは思ってもみなかった。
ホンダF1とザウバーの契約白紙化が与えた影響 / F1特集
2020年5月2日

2017年のF1世界選手権のスタートは、ザウバーとホンダF1のどちらにとっても期待できるものではなかった。
ホンダF1 第2期終了を振り返る 「バルブがはじけて体力が弱ってきた」
2020年5月2日

1991年、アイルトン・セナが開幕4連勝するものの、マシンの挙動は精彩を欠き、第5戦あたりからウィリアムズ・ルノーに一歩遅れを取るようになった。この年は、苦戦を続けながらもチームを挙げての努力により、8勝を挙げ、コンストラクターズチャンピオン通算6回目、ドライバーズチャンピオン通算5回目を達成した。
アレクサンダー・アルボン、シムレース環境は400万円越えの豪華仕様
2020年5月2日

F1は新型コロナウイルスのパンデミックによる休止期間に公式ゲーム『F1 2019』を使用したバーチャルレースを開催。アレクサンダー・アルボンも第2戦から参加しており、第3戦には7名の現役F1ドライバーが集結した。
アイルトン・セナのホンダF1への忠誠心がウィリアムズ移籍を阻んだ
2020年5月2日

1992年のF1世界選手権では、ナイジェル・マンセルが当時の最強マシン『FW14B』で悲願のF1ワールドチャンピオンを獲得した。だが、マネージャーを務めていたジュリアン・ジャコビは、土壇場でのセナの心変わりがなければ、1992年にマンセルはウィリアムズをドライブしていなかったと語る。