マクラーレン・ホンダ F1
ホンダが、F1パワーユニットの開発について語った。

2014年にV6エンジンとハイブリッドシステムを組み合わせたパワーユニットが導入されて以来、F1界では“アップグレード”という言葉が一番のトレンドワードとなった。

新技術が組み込まれた2014年からの新型ハイブリッドエンジン、いわゆる「パワーユニット」には開発の余地が多くあり、エンジニアはその限界を押し上げるべく日々の進化に挑んでいる。

ホンダは、2015年から再び参戦を開始したため、実際のレースでのパワーユニットの使用が他メーカーよりも1年後れを取った形になった。しかし、F1プロジェクト総責任者の長谷川祐介は、2017年が“リセット”の年になると考えている。

「今季、我々は新しいパワーユニットのコンセプトを取り入れました。これは“2度目の1年目”と呼べるほどの変更です。でも、目的はこのコンセプトを進化させて2018年にも通用させること、それが2019年でも使えればなお良いですね。だから、パワーユニットの重量、重心位置、燃焼方法など、すべて他の3メーカーと同じような方向性のものになっています」

「ライバルに追いつくためにスペックを変更しましたが、この決断は、間違っていなかったと思います。昨年のコンセプトは今年とは全く異なるものでしたが、それを継続してもライバルと同じだけのパフォーマンスを出すことは出来ないと分析していました。だからこそ、エンジンコンセプトを刷新する必要があったのです」

ダイナモで何度もテストを行ったが、結果的に2017シーズンは序盤から信頼性の問題に悩まされることになった。シーズンオフの期間に新コンセプトのパワーユニットを導入するには、膨大な量の作業が必要であり、日本の拠点であるさくらのチームはプレシーズンテストまで時間との戦いを強いられた。

「ざっくり言うと、新型パワーユニットを設計するのにはほぼ1年かかります。だから、2017年向けの開発を昨年の5月に始めました」

「そして、今季型のパワーユニットが完成したのが昨年末です。並行して、単気筒でのテストや他のエンジンでの実験的な取り組みも行っていました。しかし、完成したパワーユニットを最初に回したときには、期待通りの耐久性やパフォーマンスを得られませんでした。それだけでなく、たくさんのマイナートラブルも見つかってしまったため、細かい部分を改良していく必要がありました」

「それらの改良を行い、今年の初めにフルコンセプトのテストを始めました。この最初の個体を“スペック0”と呼んでいますが、バルセロナで行われた1回目のウインターテストの前に、研究所のダイナモという設備を使用してテストを行いました。ただ、それでも目標としていた出力には届きませんでした。さらに、実際のマシンを使用して行ったウインターテストでは、オイルタンクやシャシーへの組み付けなど、さらなる問題が見つかりました。パワーユニットそのものの問題とはいえないものの、これらもシーズンオフの開発に影響を及ぼします」

ファンが一番知りたいのは“なぜそうした問題を事前に見つけられないのか?”ということ。ホンダは、その答えは、ダイナモテストと実車を使用したテストの違いにあると考えている。

「ダイナモ上ではテストできるパーツは多くないので、実際のマシンを使って確かめる必要があります。オイルタンクは重要なパーツの一つなので、専用のテスト機を用意していましたが、実車のGフォースや環境までは再現できませんでした。もちろん、理論値に基づいて実車の環境を考慮しながらデザインはしますが、それが正しいとは限りません。こうした事情で、最初のテストでタンクに問題が出てしまいました」

「その次に出たのは振動の問題です。ダイナモでは、PUは剛性が高く重い状態なので、共振は起こりませんでした。しかし、実車でギアボックスとタイヤが組み合わさった状態では、イナーシャ(慣性モーメント)のレベルがかなり低くなりました。イナーシャが低くても必ず振動が起こるというわけではありませんが、ダイナモでの状態と違っていたので、実車で共振が発生してしまいました」

エンジニアが問題解決に奔走する一方で、ライバルに追いつくためにはシーズン中の開発も進め、彼らよりも大きく進歩しなければならない。しかし、長谷川祐介が言うように、それは一朝一夕に果たせるものではない。

「どの部分を開発するかにもよりますが、例えば燃焼システムなどはテストと検証に時間がかかります。したがって、たとえば2週間後の導入を目標として開発することはできず、アップグレードには半年近くかかってしまいます。しかし、信頼性問題の解決だけでなく、こういった開発も重要で、その成果の一つとして、オーストリアで実戦投入されたスペック3のパワーユニットがあると思います。今回は3カ月以上前の今年の3月にスペック3の開発を始めました」

今季導入されたICE(パワーユニットの中で、ガソリンの燃焼によりパワーを発生させる箇所。いわゆる通常の「ガソリンエンジン」部分)の仕様は、プレシーズンテストで使用したスペック0、開幕戦オーストラリアGPのものがスペック1、第5戦スペインGPでフェルナンド・アロンソがQ3進出を果たしたものがスペック2となる。そして、第8戦のアゼルバイジャンのフリー走行で使用され、その次のオーストリアで実戦投入、翌週のシルバーストンではストフェル・バンドーンがQ3に進出したものがスペック3だ。

それぞれのスペックで、上位陣との差を少しずつ縮められており、矢継ぎ早にアップグレードが投入されている。

「スペック2はバルセロナで投入しましたが、その時には既にスペック3の開発の真っ最中でした。その時点で良い感触を得ていた部品もあったのですが、スペック2の投入時には間に合わなかったため、それらを投入するためにさらに数ヶ月待たなければなりませんでした」

昨年までは“トークンシステム”によって開発には制限がかけられていた。各メーカーには一定数の“トークン”数が割り振られており、アップデートをする箇所に応じてトークンを消費することになっていたため、トークンが許す以上の開発は認められなかった。2017年からこのシステムが廃止されたことにより、さくらでの開発もさらに進めやすくなった。

「もしトークンシステムが残っていれば、今季使用するパワーユニットのコンセプトを刷新することはなかったですし、現時点でスペック2、3を導入もできていなかったと思います。トークン数を計算していないので細かな数字は出ませんが、昨年のシステムではトークンが足りずに今のスペック3を導入できていなかったのではないかと思います」

トークンシステムは廃止されたものの、パワーユニットの交換数制限は定められている。ICE、ターボチャージャー、MGU-K、MGU-H、電子制御装置、エナジーストア(バッテリー)といった部品は“PUコンポーネント”と呼ばれ、交換数がFIAによって厳格に管理されている。各コンポーネントが年間の使用上限である4基を超えるとグリッドペナルティーが科さるシステム。

大きなアップグレードばかりが話題になりがちだが、このような制限がある中で、ホンダはライバルとの差を埋めるためにどんな頻度で開発をしているのだろうか?

「ペナルティーの対象にならない部分はほとんど毎戦です。軽量化についてもあらゆる部分で取り組んでいます。ただ、耐久性や信頼性の対策をするだけのときもあるので、毎回をアップグレードとは呼んでいません」

「たとえば、昨年は吸気システムをアルミ製からカーボン製に変更しました。こうした変更は比較的短期間でできますが、パフォーマンスは大きく変わりません。こうした素材の変更などは、アップグレードとはまた違ったものだと思っています」

こうした改善は、軽量化や強度向上などの効果を生み出し、わずかながらも上位陣との差を縮めることにつながりる。

「ポイント獲得の期待値は上がりますから、アップグレードを導入するときには気持ちが高ぶります。ただ、メルセデスやフェラーリのレベルに追いつくためにはさらなる進化が必要です」

「上位陣との差は縮まっていると分析していて、その点では我々の開発スピードは悪くないと思います。ただ、我々は追いかける立場ですし、目標値は既にライバルが達成済みで我々にも実現可能なものであるべきなので、この状況は当然だとも思っています」

スペック4の準備と同時に、2018年型の開発も進んでいる。長谷川祐介は、現在のパワーユニットコンセプトの継続により来期はより競争力を発揮できると考えています。

「我々は開発の手を止めませんし、常にアップデートしていかなければなりません。もちろん、いいパフォーマンスの発揮とレースの結果が最も重要ですが、同時に、今後に向けた学習の場であることも事実です。我々は昨年から今年にかけてはエンジンのコンセプトを変更しましたが、来期は今のものを継続していきます」

「コンセプトを継続すれば、今季の開発が来期にも直結するので、アドバンテージがあると思っています。だからこそ、現在の開発を絶え間なく継続せねばならず、その意味では来季のパワーユニットのデザインはすでに始まっているとも言えるでしょう」

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カテゴリー: F1 / ホンダF1