悲劇と混乱に満ちた1994年シーズン 「神々がF1を見放した年」

2020年5月3日
悲劇と混乱に満ちた1994年シーズン 「神々がF1を見放した年」
アイルトン・セナ没後22年目を迎えた今、「神々がF1を見放した年」として今も人々の記憶に刻まれている1994年シーズンンを振り返る。

1994年にF1で起こった一連の出来事は、その後のF1のあり方を永遠に変えてしまった。この1994年シーズンンは後世に語り継がれる熾烈なタイトル争いが繰り広げられた一方、政治的な混乱と対立がこのスポーツに暗い影を落とした。そして、F1に携わる人々が長らく忘れ去っていた悲劇が再び眼前に突きつけられた1年でもあった。

アイルトン・セナのホンダF1への忠誠心がウィリアムズ移籍を阻んだ

2020年5月2日
アイルトン・セナのホンダF1への忠誠心がウィリアムズ移籍を阻んだ / F1回顧録
アイルトン・セナは1992年にウィリアムズと契約を結ぶ準備ができていたが、ホンダに対する忠誠心のためにマクラーレンにとどまった。

1992年のF1世界選手権では、ナイジェル・マンセルが当時の最強マシン『FW14B』で悲願のF1ワールドチャンピオンを獲得した。だが、マネージャーを務めていたジュリアン・ジャコビは、土壇場でのセナの心変わりがなければ、1992年にマンセルはウィリアムズをドライブしていなかったと語る。

アイルトン・セナ、F1初勝利から35年 (1985年F1ポルトガルGP)

2020年4月21日
アイルトン・セナ、F1初勝利から35年 (1985年F1ポルトガルGP)
アイルトン・セナは、今から35年前となる1985年4月21日に開催されたポルトガルGPでF1初勝利。F1史上64人目のウィナーとなった。

1984年にトールマンからF1デビューを果たしたアイルトン・セナは、第2戦南アフリカGPで6位に入り初入賞。大雨でハーフレースとなった第6戦モナコGPでは予選13位から追い上げ2位でフィニッシュし、自身とトールマンに初の表彰台をもたらした。

F1回顧録:ルーベンス・バリチェロ 「セナの棺を担いだ記憶がない」

2020年4月20日
F1回顧録:ルーベンス・バリチェロ 「セナの棺を担いだ記憶がない」
元F1ドライバーのルーベンス・バリチェロは、1994年のアイルトン・セナの葬式で棺を担いだ記憶がないと語る。

1994年、ルーベンス・バリチェロはジョーダンで2年目のF1シーズンを迎えていた。開幕戦で4位フィニッシュを果たし、岡山国際サーキットで開催された第2戦パシフィックGPでF1初表彰台を獲得するなど、頭角を現していた。

F1見聞録:アイルトン・セナはシューマッハが脅威になると理解していた

2020年4月14日
F1見聞録:アイルトン・セナはシューマッハが脅威になると理解していた
元F1チーム代表のフラビオ・ブリアトーレは、アイルトン・セナは早くからミハエル・シューマッハが特別なものを持っていることに気づき、心理戦を仕掛けていたと明かす。

1991年にメルセデスが用意した持参金でジョーダンから第11戦ベルギーGPでF1デビューを果たしたミハエル・シューマッハは予選7番手に入り、決勝では0周リタイアに終わったものの、F1関係者に強い印象を与えた。

F1:アイルトン・セナが1993年のドニントンを走ったタイヤがブレスレットに

2020年4月13日
F1:アイルトン・セナが1993年のドニントンを走ったタイヤがブレスレットに
アイルトン・セナが、1993年にドニントンで開催されたF1ヨーロッパGPで象徴的なパフォーマンスを披露した際に履いていたタイヤで作られた特別なブレスレットが161個限定で発売された。

1993年のF1ヨーロッパGPで、アイルトン・セナは大雨の中オープニングラップで4台抜きを見せてトップに立ち、2位のデイモン・ヒルに80秒差をつけて勝利。

F1見聞録:アイルトン・セナは信じられないくらい利己的だった

2020年4月8日
F1見聞録:アイルトン・セナは信じられないくらい利己的だった
元F1ドライバーのマーク・ブランデルは、アイルトン・セナに敬意を表しているが、同時に3回のF1ワールドチャンピオンを“非常に利己的”なドライバーと評した。

アイルトン・セナはまさに“天才と狂気は紙一重”なドライバーだった。マーク・ブランデルはセナを「彼は信じられないくらい利己的でもあった。彼は常に成功するために必要なものを確実に手に入れようとしていた」と Beyond the Grid で語った。

F1:フェラーリ元会長 「セナとシューマッハは共存できなかっただろう」

2020年4月6日
F1:フェラーリ元会長 「セナとシューマッハは共存できなかっただろう」
フェラーリの元会長ルカ・ディ・モンテゼーモロは、アイルトン・セナとミハエル・シューマッハと組ませていれば人気のある決断になっていただろうが、チャンピオンシップには役立たなかったと考えている。

アイルトン・セナは、F1キャリアをフェラーリで終えることを考えていたとされ、ルカ・ディ・モンテゼーモロは、1994年のサンマリノGPでセナが命を落とす前に実際に実現に近づいていたことを明らかにしている。

アイルトン・セナ:象徴的なF1ヘルメットのデザインの誕生秘話

2020年3月22日
アイルトン・セナ:象徴的なF1ヘルメットのデザインの誕生秘話
アイルトン・セナの60歳の誕生日に、彼の象徴的なヘルメットの秘密をデザイナーの息子が明かした。

3回のF1ワールドチャンピオンであるアイルトン・セナのヘルメットをデザインしたシッド・モスカは2011年に亡くなったが、息子のアランがその象徴的なヘルメットのデザインの理由を明らかにした。
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