「人生には決断が必要だ」マリオ・イゾラ 330戦支えたF1に涙の別れ

2011年からF1の単独タイヤサプライヤーを務めてきたピレリ。その顔としてパドックで存在感を放ってきたイゾラにとって、マイアミでの最終戦は感情的な週末となった。
イゾラ「第二の家族を残していくのはつらい」
「とてもうれしい。パドックの多くの人が私のところに来て、私がF1のために多くの良いことをしてきた、そして寂しくなると言ってくれた」とイゾラはスカイ・ドイツに語った。
「私には新しい挑戦があり、それを楽しみにしている」
「だが、ここに第二の家族を残していく。それは私にとって難しいことだ。人生では時に決断を下さなければならない」
イゾラは2011年以降、ピレリがF1の単独タイヤサプライヤーとして歩んできた時代を見届けてきた。その間には大きなレギュレーション変更、タイヤをめぐる議論、そして数々の記憶に残るレースがあった。
330戦以上の記憶と、忘れられない瞬間
「330戦、あるいはそれ以上あった。その中からひとつを選ぶのは本当に難しい」
「2011年のメルボルンでの最初のレース。レース後、我々は全員が感情で泣いていた」
「それからジュール・ビアンキの事故があったレース。あれはとても悲劇的だった」
「そして最近の数戦、イタリア人ドライバーが表彰台に上がり、国歌が流れたことも、とても特別だった」
イゾラは、F1で過ごした時間の中で叶わなかった思いにも触れた。
「フェラーリのワールドチャンピオン獲得を経験できなかったのは残念だ」とイゾラは語った。
「私の在任中にそれが起こることを願っていた」
「願わくば、それが将来実現してほしい」
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