F1 ホンダF1 本田技研工業 アゼルバイジャンGP
ホンダF1で副テクニカルディレクターを務める本橋正充が、マシンがウォールに激突したとき、F1パワーユニットに何が起こるかを解説した。

ストリートサーキットには、普段のサーキットとは異なる特徴がある。比較的最近建設されたサーキットは、滑らかな路面と広いランオフエリアを持つ一方で、市街地コースの場合は公道を限界ギリギリまで壁に近づいて駆け抜けるため、マシンの性能以上にドライバーの腕が求められることになる。

全てがうまく行くときは、ドライバーは狭いコースで完璧なコントロールを披露し、この上ない喜びを感じられるだろう。しかし、ひとたびミスを犯せば、その代償は高くつく。

市街地サーキットでのクラッシュは、劇的な見え方になりがちだ。ただ、一旦ドライバーの無事が確認できれば、ガレージではマシンを修復すべく、非常に忙しい時間を過ごさなくてはならなくなる。コース上にカーボンファイバーの破片やマシンのパーツが散らばる様を見れば、そのダメージが深刻であるのは一目瞭然だが、ボディワークの下では、パワーユニットも大きなダメージを負っていることがある。

クラッシュ後にチームが行う作業はどんなものなのか、ホンダF1で副テクニカルディレクターを務める本橋正充が解説した。

「重要なのはデータの解析です。マシンが止まったときには、特に細かくデータチェックを行います。エンジン内部の温度や、大きな負荷がかかっていないかなど、マシン内部のセンサーで検知される項目を確認します」

「マシンがクラッシュした際には、一度エンジンを切らなければなりませんが、そうすると電気系統を落とすことになるので、そのあとのデータは得られなくなります。ガレージに戻したら、全体を細かく検査し、サブユニットの電源を入れ、可能であれば、シャシーの電源も入れます。その上でセンサーからの情報を吟味し、修復可能かそうでないかを判別します」

クラッシュが起こると、例えほかの部分が衝撃のほとんどを受け止めていたとしても、パワーユニットのコンポーネントを交換しなくてはならないことがある。クラッシュの瞬間にはマシン全体をとてつもない量のエネルギーが駆け巡るため、パワーユニットとシャシーの結合部など、荷重のかかる部位に影響を与えることがあるからだ。

「最も壊れやすいのは、シャシーとエンジンの結合部分です。これは、クラッシュの衝撃が、シャシーからパワーユニットに伝わってしまうためです。ここにはシリンダーヘッドやシリンダーブロックなど、パワーユニットにとって非常に重要な部品も含まれています」

「さらに、マウント部以外の結合部分もあります。例えば、インタークーラーとラジエーターの間を通るパイプですが、クラッシュの際には、ここを経由してシリンダーヘッドやオイルポンプ、吸気チャンバーにダメージが伝わってしまうこともあるんです。ダメージの有無を調べるため、目視のほか、超音波を使った検査をすることもあります」

「ですから、まず明らかにしなくてはいけないのは、シャシーからの衝撃がどのように広がったかです。ガレージに戻ったら、まずは、パワーユニットを含めマシン全体を検査して衝撃の強さと流れを確認し、その後クラッシュによる負荷の大きさがどの程度だったのかなどのデータを、シャシーチームと一緒に解析します」

「そのあとで、日本にいるHRD Sakuraの開発チームと状況を共有します。基本的には、その後日本のファクトリーにパワーユニットを戻し、さらなる検査やメンテナンスを行っていきます」

「レギュレーションにより、一度使用したパワーユニットをダイナモでテストすることはできません。ただし、液漏れのチェックや負荷チェックなどは、手動ポンプなどの方法で確認することができます。そこで、何らかの漏れや、ねじれがないかを把握しなければなりません。さらには、油圧システムのアクチュエーターもチェックします。こうすることで、すべてのコンポーネントが正常に作動しているかを確かめることができます」

当然のことながら、パワーユニットはクラッシュを想定して設計されているわけではありません。さらに、ストリートサーキットに点在する縁石やバンプは、普段のレースとは異なる負荷を与える場合があり、さまざまなコンポーネントに影響が出ることもある。

「基本的に、パワーユニットの構造は、パフォーマンスに特化して設計しています。シーズン前にはシャシーチームととともに、ねじれや振動のチェックなどを行い、マシン全体をテストしますが、その主な目的はシャシーの性能を把握することです。エンジンは非常に大きく、重量もあるので、アクシデントの対策も盛り込んでしまうとさらに重くなってしまうんです。だから、パフォーマンスを発揮するためだけのことを考えて設計されています」

「しかし、エネルギー回生(ERS)システムは、非常にデリケートな構造になっている上、フロアのすぐ近くに配置され衝撃の影響を受けやすい部分です。マシンが縁石に乗り上げて衝撃を受けることもあるので、詳細な検査が必要になります。車載のセンサーがあるので、ドライバーの走行が終わると、そこからデータを回収してシステムが正常に作動しているかを確認します」

「例えば、縁石でフロアを打ち付けてしまうと、パワーユニットはその衝撃と振動を受けます。パワーユニットとシャシー双方に加速度計が設置されているので、それを見比べることで、振動がパワーユニットに負荷を与えていないかを確認できるのです」

パワーユニットの交換には数時間を要するので、チームにとっては、クラッシュによって交換が必要となるレベルのダメージがあるのか否かを一刻も早く見極めることが必要不可欠となる。

「素早い判断が必要とされる場合には、まずテレメトリーデータを見てパワーユニットの状態をチェックします。チェックの結果がOKであれば、マシンをガレージに戻したあとで実際にコンポーネントをチェックし、パワーユニットを交換するかを決めます。もちろん、念の為にバックアップ用のスペアPUはいつも用意してあります」

「パワーユニットを交換せずに済めば、その次のセッションでは走行前の確認を行います。これは、レースウイークで最初の走行の前に必ず起こっているインスタレーションラップとほぼ同じ内容のものです」

「クラッシュ後のチェックを経て戻ってきたPUは、大丈夫なように見えたらインスタレーションラップで動作を確認します。さらにマシンがピットに帰ってきてから、カバーを外してさらに細かい検査を終えて、初めてパワーユニットを実戦で使用します」

アクシデントが起きると、ギアボックスを交換することがあり、それによるグリッド降格を目にすることも多くありますが、このギアボックスも、パワーユニットに大きな影響を与えてしまうコンポーネントの一つだ。

「ギアボックスはパワーユニットとつながっているため、ここが損傷するとクランクシャフトを圧迫して、スラストベアリング(軸受)を傷つけてしまうことがあります。なので、そのエリアを目視で確認するための窓が取り付けられています。これは大変な作業です。こうした問題は発見するのが非常に難しいのですが、安全性の観点からも必ず確認しなければなりません」

F1での経験が長い本橋正充は、これまで数多くのエンジンを扱ってきた。現在、採用されているV6エンジンは、非常に精密で、また高度なテクノロジーを使用している。しかもレギュレーションにより、シーズン中に使えるコンポーネントの数は厳しく制限されているため、耐久性も必要だ。

「V8エンジンとV6エンジンにおける設計の違いは、パワーユニットの使用制限と大きく関係しています。過去には交換の制限が現在のように厳しくありませんでしたから、第三期の終盤には一つのエンジンを2大会、およそ1600kmの走行距離で使用していました」

「使用距離がかなり短かったので、パフォーマンスを向上させるために軽量化することができました。しかし、軽ければ、それだけクラッシュの際にダメージを受けやすくなります」

本橋正充がこれまでに目撃した中で最も激しく損傷したパワーユニットは、2016年の開幕戦オーストラリアGPで、フェルナンド・アロンソ選手がクラッシュを起こしたあとのものでした。高速走行中にハースのエステバン・グティエレス選手が駆るマシンのリアに乗り上げ、大クラッシュとなった。

「これまで、あんなに損傷してしまったパワーユニットは見たことがありません。さくらで実物を見ましたが、いくつかのシリンダーヘッドは抜け落ちてしまっていたんです」

「現在のレギュレーションでは、シリンダーヘッドはFIAによる封印の対象であるため単体での交換や修理はできず、我々はパワーユニットの交換を行うしかありませんでした。ある場面では、いくつかのパーツを交換していいか、FIAと交渉することもありますが、このときはパワーユニットの交換以外、選択肢がないという状況でした」

「でも、そんな大きなアクシデントであっても、またレース戻らなければならないんです」

ストリートサーキットでは、ウォールに激突すればタイムをロスするだけでは済まない。でもだからこそ、ドライバーがそこでミスのない走りを見せたとき、それは特別な瞬間だと言えるのだ。

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カテゴリー: F1 / ホンダF1