ホンダF1
ホンダF1が、拠点とする日本とイギリスの2つのファクトリーの役割について解説した。

日々、その一挙手一投足に世界中の注目が集まるF1チーム。だがそんなチームにも、テレビカメラやメディアが滅多に入ることができない場所がある。それがファクトリーだ。

ホンダに関して言えば、“ファクトリーズ”と複数形で話した方がより適切かもしれない。

ヨーロッパラウンドを中心に、世界中でレースが開催されるF1。そのカレンダーに対応するために、ホンダはホームである日本、そしてF1にとっての心臓部とも言えるイギリスと、2つの開発拠点を構えている。

今シーズンを戦う全10チームのうち、8チームが、ホンダ F1のヨーロッパ拠点であるミルトンキーンズから70マイル以内の場所に、それぞれの拠点を置いている。一方、そこから15,000km以上離れた地球の反対側に、HRDさくらがある。

他チームと比べ、これがかなり特殊なアプローチであることは言うまでもない。チームとエンジンサプライヤーがそれぞれ別々に拠点を構えることは特に珍しくないが、パワーユニットサプライヤー(もしくはチーム)が単体で、二つの拠点を持つことは非常に稀だからだ。その例外となるのが、2018年からホンダの新たなパートナーとなる予定のトロ・ロッソで、イタリアのファエンツァと、イギリスのビスターに拠点を持っている。

そこで疑問なのは、別々の場所に構えられたそれぞれのファクトリーにはどんな役割があるのか。そしてこのアプローチによる利点はなんなのか。

毎レース、多くの時間をサーキットで費やしている、ホンダ F1プロジェクトの総責任者、長谷川祐介は「HRDさくらの最も重要なミッションは、パワーユニットの開発です」とコメント。

「もう少し正確に言うと、将来の技術開発を行うプロジェクトでも、F1のパワーユニットのチームと、その他のレースエンジンに関する開発チームに分かれています」

「しかし、業務はそれだけではありません。必要な部品の準備や購買、コストや部品、品質のコントロールなど、業務は多岐にわたります。それらすべてが、ここ、HRDさくらで行われているのです」

ホンダは2015年のF1復帰に際して、パワーユニット開発・製造を非常に重要なミッションと考え、F1のパワーユニットに関するスペシャリストだけを集めた新たな施設を作ることを決定した。その結果、東京から140kmほど北上した場所に、ホンダレーシングのプロジェクトのみを行うHRDさくらが完成した。

「以前は、宇都宮にある量産車の開発施設の中に、我々のレーシング部門がありました」と長谷川祐介。

「しかし、F1への復帰が決まり、組織を拡大する必要がありました。そのために場所を移し、栃木県さくら市に新しい拠点を構えることになったのです」

HRDさくらでは、80%以上の従業員がF1プロジェクトに携わっています。そして残りの20%が、SUPER GTやWTCC、スーパーフォーミュラなどを担当。しかし、HRDさくらが2014年より正式に始動する前から、イギリスにある第2の拠点では、F1プロジェクトがすでに始められていた。

「ミルトンキーンズは元々、F1プロジェクトの中でも、実際にレースに携わるエンジニアの拠点としてスタートしました。私やチーフエンジニアの中村聡さんにとっては、イギリスに住んでいた方がヨーロッパで行われるレースでの仕事がしやすいからです。また、現地のエンジニアをリクルートするのもイギリスの方が効率的でした」

「レースの運営部門として動き始めたミルトンキーンズには、バッテリーパックの開発、そしてそれに使用される部品の品質コントロールというミッションもありました。近年は、リチウムイオン電池の輸送が国際規則によって厳しく規制されていて、電池の試作品を空輸するのが非常に困難なのです。そんな事情もあり、ヨーロッパに第2の拠点を置くことで、部品の輸送が楽になるという利点もありました」

長谷川祐介はチーフエンジニアであり、HRDミルトンキーンズでは中村聡がオペレーションのトップを務める。規模はHRDさくらよりも小さめだが、ホンダのデザイン哲学を共有しているミルトンキーンズでの総責任者だ。

「ミルトンキーンズには、パワーユニット部門、ダイナモ(エンジン動力計測)部門、ESS(運動エネルギー回生システム)部門、人事、経理、そして広報を担当する部署があります」中村聡は説明。

「様々な業務を担当していますが、最大のミッションはパワーユニットのメンテナンスを行うことです。我々はパワーユニットに使用される部品をレース後にファクトリーに持ち帰り、整備をします。ミルトンキーンズにはダイナモも設備されているので、様々な部品をテストすることもできます。HRDさくらでのテストが新技術の開発をメインとすることに対して、ミルトンキーンズのダイナモでは、開発というよりパワーユニットの信頼性を検証する意味合いが強いですね」

通信技術の発達により、2つの拠点は常にコミュニケーションを取り続けることができる。それに加え、それぞれが離れた場所にあるので、24時間、作業ができる。日本とイギリス、2つの拠点で効率的に作業ができるのも、F1では大きな強みになる。

2つの拠点がどのように作業を行うかについて、中村聡は「まず、HRDさくらが行ったテストの結果が、ミルトンキーンズに送られます。そしてイギリスの朝にはすでに日本からの計測データが届いているので、ミルトンキーンズのエンジニアたちは出社したら、すぐにデータの解析に取りかかることができ、非常に効率的なのです」と説明する。

「しかし、私たちのようなマネージメント職の人間からすれば、常にメールや電話が鳴りやまないのは悩みの種です。ノートPCは肌身離さず持っていなければなりません! 朝、起きたらすでにやることが山積みになっていることもしょっちゅうです(笑)」

「朝に届いたデータの解析を、ミルトンキーンズのエンジニアたちが夕方に終えるころには、HRDさくらではもう朝を迎え、次の作業に取りかかっています。このように、時差があるため、2つの拠点がほぼノンストップで作業を進められるのです」

中村聡の元で働く、パワーユニット・パフォーマンスエンジニアの森秀臣も、ミルトンキーンズを拠点とするエンジニアの一人だ。

「ミルトンキーンズは非常に重要な施設です」と語る森秀臣は、2015年にHRDさくらからミルトンキーンズに拠点を移した。

「マクラーレンの本社とも近いので、彼らと直接、顔を見て打ち合わせをすることができます。お互いを理解するのにこんなに効率的な方法はないですし、生産性のある議論になります」

「2つの拠点を持っていることには、さまざまな利点があります。多くのレースがヨーロッパやアメリカ大陸で開催されていることから、ミルトンキーンズに拠点を置くことは物流面で利点があります。HRDさくらとミルトンキーンズが交代制で24時間作業を続けられることも、我々にとっての大きなアドバンテージです」

「個人的には、ヨーロッパで開催されるレースに出向くのが楽なのがうれしいですね。毎回、レースのたびにヨーロッパと日本を往復するのは身体的にかなりきついですから」

HRDさくらでシステムエンジニアを務める庄司圭輔は「現地にいる森秀臣さんが毎レース後、データをHRDさくらに送ってくれます」と語る。

「そのデータによって、さくらのエンジニアがしなければならない仕事も変わってきます。また、私も実際にサーキットへ出向いて、レースから学んだことをレポートにして彼らに送ります。そうすることで、HRDさくらで働くエンジニアたちは、2つの視点からフィードバックを得ることができるからです」

「レースがある週末は、必ず何かしらの仕事をすることになります。実際にサーキットに実際に出向く仕事は、私がシーズンの半分を担当し、もう1人の同僚が残りを担当する形です。サーキットにいないレースは、HRDさくらのミッションコントロールセンターで作業をしていることが多いです。海外でのレースは、時差により日本では真夜中になることが多いので、かなり疲れます(笑)」

レースウイークを通して、チームはHRDさくらとミルトンキーンズ、2つのファクトリーからサポートを得ることができる。その中で、ミッションコントロールセンターが担う最大の任務は、HRDさくらからのフィードバックを、ダイレクトにサーキットにいるチームへ伝えることだ。

「ミッションコントロールセンターを仕切るのは、私とERS部門のメンバーです」と庄司圭輔は語る。

「様々な部門のリーダーが来て、データの解析をしたり、アドバイスをしてくれることもあります。多いときには15~20人ほどが同じ部屋にいることもあります」

「ミッションコントロールセンターを持っていることの強みは、必要であれば違う部署の人間ともすぐにコミュニケーションが取れることです。これにより、組織すべてが、チームと密なコミュニケーションを取ることが可能になります」

レースが異なる大陸の様々な国で開催される中で、ホンダの2つのファクトリーがすべてをしっかりとカバーしている。F1プロジェクトに参加しているすべてのメンバーは、レースウイークエンドに得た情報に触れることができる。HRDさくらとミルトンキーンズ、2つのファクトリーはそれぞれの任務を持っているが、一丸となって今シーズンも全力で進められているF1マシンの開発をサポートしている。

2018からの新たなパートナーシップにおいても、2つのファクトリーが掲げるゴールは1つ。それは、ホンダを再びF1のトップをかけた戦いに立たせることだ。

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カテゴリー: F1 / ホンダF1