2010年03月のF1情報を一覧表示します。
2010年 F1エントリーリスト (2010年3月3日発表)
2010年3月4日

最新のF1エントリーリストからはUSF1が脱落し、全12チームの参戦となった。USF1がつける予定だったカーナンバーはBMWザウバーが引継ぎ、ペドロ・デ・ラ・ロサが22番、小林可夢偉が23番に変更となった。
また、カンポスのチーム名変更も認められ「HRT F1チーム(ヒスパニア・レーシングF1チーム)」として参戦することが決定した。ドライバーの一人はTBA(発表待ち)となっているが、カルン・チャンドックが就任するとみられている。
ステファンGP、2010年のF1参戦は実現せず
2010年3月4日

ステファンGPは、トヨタが2010年に向けて開発を進めていたマシンを買い取り、中嶋一貴と契約をして参戦の準備を進めていた。
しかし、FIAはUSF1の参戦撤退ともに最新のF1エントリーリストを発表。2010年に代替チームが参戦することはないことを明言した。
FIA、USF1の参戦中止を正式発表 - ステファンGPのエントリーも非承認
2010年3月4日

FIAは3日にプレスリリースを発表。USF1が参戦しないことを正式に発表した。
「USF1チームは、2010年FIA F1 世界選手権に参戦できる立場にないを示した。FIAは様々な選択肢を検討し、このような遅い段階で代替チームをチャンピオンシップに参戦させることはできないことを認める」
FIA、USF1の要請を却下へ
2010年3月4日

ドイツのAuto Motor und Sportは、現在FIAは、ただちにステファンGPに最後の参戦枠を与えられるかどうかを検討していると報じた。
F1の最高権威者であるバーニー・エクレストンは、バーレーンの最終期限が近づいているので、正式な承認プロセスを通すことは「あまり意味のないことだ」と述べた。
ロペスのマネージャー 「すべての元凶はケン・アンダーソン」
2010年3月4日

「すべての元凶はケン・アンダーソンだ」とフェリペ・マクゴーはFOX Sportsの電話インタビューで語った。
「彼らはFIA、FOTA、全F1チーム、彼らが雇った全従業員、“ペチト”ロペス、ミロス・パブロビッチ、このプロジェクトにおいて彼らが契約した他のドライバーを馬鹿にした」
中嶋一貴、ステファンGPでシート合わせ
2010年3月3日

モータージャーナリストのアダム・クーパーは、中嶋一貴がステファンGPでシート合わせをしている画像を自身のブログで公開した。
ステファンGPは、中嶋一貴と契約したことを明らかにしており、エントリーが認められれば中嶋一貴の2010年F1参戦が実現する。
ヒスパニア・レーシング、4日に体制発表会
2010年3月3日

ヒスパニア・レーシングF1チーム(Hispania Racing F1 Team)は、カンポス・メタ1の会長を務めていたホセ・ラモン・カラバンテがエイドリアン・カンポスからチーム株式を買収して誕生するチーム。
ヒスパニアとは、現在のポルトガル、スペイン、アンドラ、ジブラルタルなどを含んだイベリア半島を指していた言葉。ホセ・ラモン・カラバンテは、自らの会社を“グルーポ・ヒスパニア”と名付けており、そこからチーム名が決定したと思われる。
ミカ・ハッキネン、ルイス・ハミルトンのマネージャーに?
2010年3月3日

ルイス・ハミルトンは今週、父親のアンソニーのマネジメントを離れたことを明らかにしている。
2001年にF1を引退したミカ・ハッキネンは、モナコを拠点にするスポーツ・マネジメント会社であるアセス・マネジメント・グループに所属している。
マルク・ジェネ、スペインのテレビ局とコメンテーター契約
2010年3月3日

これまでラ・セクスタのF1解説はペドロ・デ・ラ・ロサが務めていたが、デ・ラ・ロサは今年ザウバーでのF1復帰が決定。マルク・ジェネが後任を務めることになった。
EFE通信によると、マルク・ジェネは今年の全19戦で専門評論家を務めるとしている。