レッドブル・ホンダF1 特集:過密日程を支えるロジスティクスの秘密
F1チームがどのようにして各サーキット間を移動しているのか知りたいと思ったことがあるだろうか? レッドブル・ホンダF1が、タイトな開催スケジュールの舞台裏を支えるロジスティクスの実態を解説する。
F1の開催スケジュールがいつ頃から現在のような形になったのか特定するのは困難だが、話を進めるために仮定するなら、2003シーズンか2004シーズンだったはずだ。
2003シーズンは全16戦が開催され、3月9日にメルボルンで開幕して10月12日に鈴鹿で閉幕した。タイトなレースカレンダーに対処すべく、同シーズンはヨーロッパGPとフランスGPが連続開催されたが、その他のレースについては適切なインターバルでスケジュールが組まれていた。同シーズンの10戦はヨーロッパで開催(各サーキットへトラックで移動できた)され、残る6戦の “フライアウェイ” レースも連続開催は無理だった。
翌2004シーズンは全18戦が開催され、フライアウェイのモントリオールとインディアナポリスを含めた3回の連続開催が設定されていた。現代の過密スケジュールの端緒が存在すると仮定するなら、それは2004シーズンのレースカレンダー発表日だった。
それから16年後、2020シーズンは本来ならフライアウェイ13戦+ヨーロッパラウンド9戦の全22戦が開催されるはずだった。重要なのは、直近のレースから2週間以上のインターバルが設けられていたレースは8戦だけで、残りはすべて連続開催が予定されていた点だ。最長移動距離はメルボルン〜バーレーン間の12,000kmになるはずだったが、バクー〜モントリオール間は8つのタイムゾーンを跨いでいた。F1は短時間の長距離移動を非常に効率良く繰り返せるようになっていた。
しかし、このような長距離移動の連続は負担を強いる。
意外に思うかも知れないが、F1のパドックが最も慌しくなるのはチェッカーフラッグが振られる前ではなく、その直後だ。移動のために分解・解体されるマシン群やガレージ、ピットスタンド、ガントリーなど、パドックには梱包すべき資材が大量にある。
通常のフライアウェイレースでは、1チームあたりの資材の総量は航空貨物約35t、大型海運コンテナ(12mタイプ)3個分になる。ヨーロッパ開催のレースでも総量は同じだが、トラック5台に分けて運ばれる。さらにバン数台とホンダ用トラックも存在する(他にもF1 Holzhaus運搬用トラック6台、エナジーステーション運搬用バージ船なども存在するが、これらについては割愛する)。
サーキットを最初に出発するのは、即座にファクトリーへ送らなければならないパーツを満載したバン1台だ。そのあとは、レースデイの深夜12時までにすべてのトラックを送り出すことを目指して作業が続けられていく。
レース終了直後のF1パドックは、おそらく最も危険な状態になる。フォークリフトが所狭しと走り回り、スタート / フィニッシュストレートにあるパドック正面にはトラックが進入し、多くの人がタイヤートロリーからコーヒーマシンまでのありとあらゆる備品の片付けに奔走しているため、全員が蛍光色の安全ベストを着用している。輸送先が次のレース開催地であろうとファクトリーであろうと、スピードが命なのだ。
入念な準備
アストンマーティン・レッドブル・レーシングのレースチーム・ロジスティクスマネージャーは10年以上に渡りガレージの設営・撤収を担当している。良い仕事をするためには整理整頓が重要だとしている彼は次のように切り出す。
「設営を終えた瞬間から撤収作業は始まっています! ひとたびガレージの設営作業が完了した瞬間、すべてを解体する作業について考え始めます」
「個別のアイテム用ボックスや梱包に必要なコンテナ類など、どこに何があるのかを確実に把握しておかなければなりません。年齢を重ねるにつれ、より効率的に作業できるようになっていますが、資材も増えているので、結局のところ、作業時間は伸びていますね」
撤収作業はレース終了前から始まる
撤収作業は、レース終了前から始まるケースがほとんどだ。どのチームにもマシンのオペレーションとは直接関係がないスタッフが数人配置されており、レースが始まると彼らは舞台裏での作業を静かに開始し、ボックス類を配置したり、ガレージ裏へ通じる通路を確保したりする。レース終了直後(願わくは表彰台から戻ってきた直後)からクルーたちが撤収作業へ移れるようにすることが目的だ。
メカニックたちがガレージテック(ガレージ設営・撤収担当者)たちの仕事を手伝えるのでレース終了直後の時間帯は作業が捗る。しかし、車検委員によってマシンがパルクフェルメから返却されると(通常はレース終了1時間後)、メカニックたちは撤収作業からマシン作業へ戻る。メカニックたちはマシンを分解し、オイル類を抜き取り、シャシーをトランスポーターに戻し、貨物用コンテナに梱包したあとガレージの撤収作業に復帰する。
「ヨーロッパ開催のレースでは、ガレージ前のピットレーンにトラックを停めたいと思っています。ピットボックスのブーム(編注:ホイールガン用の圧搾空気管などが内蔵された柱)の解体が早く済むだけ停めるスペースが早く確保できるので助かります。この解体はマシンが戻ってくる前にメカニックたちが手伝ってくれる作業のひとつです」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーは語る。
撤収作業中のすべてのチームが嫌うのが、ログジャムと呼ばれる作業の渋滞だ。多くの人が作業に携わろうとするあまり、人手が余ってしまうのだ。このような時はトラック、コンテナ、フライトケース、ボックス類をガレージ前に並べておくことが役立つ。レースチーム・ロジスティクスマネージャーが説明を続ける。
「収納するコンテナ類を定位置に並べ、トラックも搬入扉を開けていつでも積み込めるように整列させておきます」
「フライアウェイでも同じです。レース終了後、できるだけ早く空輸コンテナの移動を開始します。現在は16個の空輸コンテナを使用していますが、フォークリフトで所定の位置へ移動させるには約2時間かかります。空輸コンテナの保管場所がガレージから離れていたり、ガレージまでのアクセスが入り組んでいたりする場合はさらに時間がかかりますね」
「同じく、海運コンテナに収まる金属製大型ケージもあります。全部のコンテナを配置する作業は、積込作業より時間がかかりますが、収納先がないのにガレージから運び出しても意味がありませんからね」
積込作業
撤収作業では、レースウィークエンドと同じグループ分けが維持される。マックスの担当クルーがひとつの撤収作業を担当し、アレックス担当のクルーがまた別の撤収作業を担当する。ボディワークやエンジニアリング担当のクルーたちにもそれぞれグループごとに撤収作業を担う。
撤収作業はそれぞれの職務別ではなくコンテナ別に振り分けられている。必ずしもピットウォールに座るクルーがピットスタンドの解体を担うわけではなく、内容を問わず、振り分けられたコンテナへの積み込みを担うことになる。尚、コンテナのスペースを最大限活用するため、作業エリア専用のコンテナが用意されているわけでもない。
レースチーム・ロジスティクスマネージャーが引き続き説明する。
「フライアウェイでは特にですが、グループごとに担当コンテナが決まっています。マシン担当クルーを例に取ると、マシンをコンテナに積み込んだあとは、自分たちのリストに載っている次のコンテナへ移ります。マックスのクルーはコンテナ2個を担当しています。アレックスのクルーもコンテナ2個です。また、スペア担当やボディワーク担当のクルーは自分たちの資材がどこに積み込まれるかを理解しています。すべてはガレージテックが監督しています。作業は極めてスムーズで、まさにチーム一丸の努力です」
もうひとつの特筆すべき努力は、トラックサイドITスペシャリストたちによるものだ。彼らはレースウィークエンドを通じて全コンピューターの円滑な機能を維持する重責を担うと同時に、チームにとって最もデリケート貨物となるデータセンターの梱包の責任も負っている。
コンパクトながらパワフルなHPE(Hewlett Packard Enterprise)Simplivityラックは各地のサーキットを転戦するチームにとって究極かつ最先端のリソースで、ハリケーンにも耐えうると言われる密封式筐体に収められている。極めて慌ただしい撤収作業でトラブルに巻き込まれないように、このコンピュータラックは空輸用コンテナに収納される。
作業しやすいサーキット / 作業しにくいサーキット
毎レース、クルーは基本的に同じ構造のガレージを組み立てている。作業場があるガレージの奥(TVでは映らない)はガレージスペースの割り当てによって形状が変わるが、ピットレーンに面したガレージは、サーキットごとに幅が多少変わるだけで、毎回同じ方法で設営されている。
これには外観を維持する目的もあるが、運営上の必要という理由の方が大きい。F1では状況が瞬時に変化するため「あのツールキットは今週どこに置いた?」と確認する時間は誰にもないのだ。
しかし、ガレージが毎週同じ構造になっているからといって、クルーたちの撤収作業が毎週同じになるとは限らない。あるサーキットでスムーズに作業できても、別のサーキットではそうはいかない。
「中国は素晴らしいですね」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーは語り、さらに続ける。
「パドックが広大ですから、収納用コンテナを配置するスペースもかなり取れます。その正反対がモナコです。あそこはガレージが3階建てですし、別のトラックのためにトラックを移動させる必要もあります。モナコでの撤収作業を助けてもらうために、ファクトリーから増援を呼んでいますが、彼らの助けがあっても月曜朝まで作業は終わりません」
「スパ・フランコルシャンはかなり作業しやすいサーキットです。以前は最悪でしたが、ガレージの建物が新しくなってからスペースが増えました。スペースが確保されているサーキットなら、どこでもありがたいですね!」
2020シーズンの現状
今年のオーストラリアGPが中止になった時点でロジスティクスと移動を担当する部署が用意した周到なプランはすべて白紙となり、同時に残りの開催スケジュールも中止・延期になることが明らかになった。
本記事を執筆している時点では、今シーズンのF1は、5戦(ロジスティクス上ではオーストラリアを含む)が予定通りの日程で、4戦が延期され、1戦が繰り上がり、8戦が新たに追加されている。
ヨーロッパ開催レースの日程・開催地変更が与えた影響はやや小さいが、フライアウェイレースの変更・追加(今年のトルコGPはフライアウェイ)が与えた影響はやや大きい。海上輸送のリードタイムや船積日はヨーロッパ開催レースほど融通が利かないからだ。
しかし、逆にチームはトリプルヘッダーの過密スケジュールを若干管理しやすくなっている。シルバーストンからバルセロナへ向かって大急ぎで陸路を移動する代わりに、例年なら北米大へ発送していた貨物をイベリア半島へ送るだけで済んだのだ。スペインGPはフライアウェイと呼べるレースではないが、わずかながら時間の節約になった。
また、2020年夏の連戦スケジュールもやや管理しやすくなっている。スパからモンツァまでの連戦スケジュールは例年通りで、スパを出発したトラックは月曜日の午後にはモンツァ公園に到着する(これらのトラックの運転を委託されるドライバーは “トラッキー” と呼ばれ、各チームを陰で支える存在だ。彼らは撤収作業に長時間を費やしたあと、アルプス越え800kmをドライブする)が、モンツァからムジェロへの移動はさらにシンプルになっている。
もちろん、ヨーロッパ圏内の移動もチームにとっては大きな負担になる。
2018シーズンにトリプルヘッダーをテストした結果、マシンとクルーにとってこれが過度な負担となることが判明したため、トリプルヘッダーは棚上げされていた。しかし、2020シーズンは必要に応じる形でトリプルヘッダーが復活している。また、24週17戦という過酷なレースカレンダーが関係者の心身に疲労を蓄積させる可能性についても各チームは懸念している。
しかし、あるものがこの疲労を軽減してくれる。
「優勝ですよ!」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーが語る。
「シルバーストンでの素晴らしい優勝のあとの撤収作業は今シーズン最高でした。優勝はみんなを興奮させます。それ以外の時も全員が懸命に働いています。自宅から遠く離れていますし、疲れます。ですが、私たちはこれで報酬をもらっています。仕事なんです。また、多くの場合、ただの仕事ではありません。チームは気心の知れた仲間ですし、雰囲気も最高だからです。ですので、今シーズンの過密日程も問題なく乗り切れるでしょう」
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1
F1の開催スケジュールがいつ頃から現在のような形になったのか特定するのは困難だが、話を進めるために仮定するなら、2003シーズンか2004シーズンだったはずだ。
2003シーズンは全16戦が開催され、3月9日にメルボルンで開幕して10月12日に鈴鹿で閉幕した。タイトなレースカレンダーに対処すべく、同シーズンはヨーロッパGPとフランスGPが連続開催されたが、その他のレースについては適切なインターバルでスケジュールが組まれていた。同シーズンの10戦はヨーロッパで開催(各サーキットへトラックで移動できた)され、残る6戦の “フライアウェイ” レースも連続開催は無理だった。
翌2004シーズンは全18戦が開催され、フライアウェイのモントリオールとインディアナポリスを含めた3回の連続開催が設定されていた。現代の過密スケジュールの端緒が存在すると仮定するなら、それは2004シーズンのレースカレンダー発表日だった。
それから16年後、2020シーズンは本来ならフライアウェイ13戦+ヨーロッパラウンド9戦の全22戦が開催されるはずだった。重要なのは、直近のレースから2週間以上のインターバルが設けられていたレースは8戦だけで、残りはすべて連続開催が予定されていた点だ。最長移動距離はメルボルン〜バーレーン間の12,000kmになるはずだったが、バクー〜モントリオール間は8つのタイムゾーンを跨いでいた。F1は短時間の長距離移動を非常に効率良く繰り返せるようになっていた。
しかし、このような長距離移動の連続は負担を強いる。
意外に思うかも知れないが、F1のパドックが最も慌しくなるのはチェッカーフラッグが振られる前ではなく、その直後だ。移動のために分解・解体されるマシン群やガレージ、ピットスタンド、ガントリーなど、パドックには梱包すべき資材が大量にある。
通常のフライアウェイレースでは、1チームあたりの資材の総量は航空貨物約35t、大型海運コンテナ(12mタイプ)3個分になる。ヨーロッパ開催のレースでも総量は同じだが、トラック5台に分けて運ばれる。さらにバン数台とホンダ用トラックも存在する(他にもF1 Holzhaus運搬用トラック6台、エナジーステーション運搬用バージ船なども存在するが、これらについては割愛する)。
サーキットを最初に出発するのは、即座にファクトリーへ送らなければならないパーツを満載したバン1台だ。そのあとは、レースデイの深夜12時までにすべてのトラックを送り出すことを目指して作業が続けられていく。
レース終了直後のF1パドックは、おそらく最も危険な状態になる。フォークリフトが所狭しと走り回り、スタート / フィニッシュストレートにあるパドック正面にはトラックが進入し、多くの人がタイヤートロリーからコーヒーマシンまでのありとあらゆる備品の片付けに奔走しているため、全員が蛍光色の安全ベストを着用している。輸送先が次のレース開催地であろうとファクトリーであろうと、スピードが命なのだ。
入念な準備
アストンマーティン・レッドブル・レーシングのレースチーム・ロジスティクスマネージャーは10年以上に渡りガレージの設営・撤収を担当している。良い仕事をするためには整理整頓が重要だとしている彼は次のように切り出す。
「設営を終えた瞬間から撤収作業は始まっています! ひとたびガレージの設営作業が完了した瞬間、すべてを解体する作業について考え始めます」
「個別のアイテム用ボックスや梱包に必要なコンテナ類など、どこに何があるのかを確実に把握しておかなければなりません。年齢を重ねるにつれ、より効率的に作業できるようになっていますが、資材も増えているので、結局のところ、作業時間は伸びていますね」
撤収作業はレース終了前から始まる
撤収作業は、レース終了前から始まるケースがほとんどだ。どのチームにもマシンのオペレーションとは直接関係がないスタッフが数人配置されており、レースが始まると彼らは舞台裏での作業を静かに開始し、ボックス類を配置したり、ガレージ裏へ通じる通路を確保したりする。レース終了直後(願わくは表彰台から戻ってきた直後)からクルーたちが撤収作業へ移れるようにすることが目的だ。
メカニックたちがガレージテック(ガレージ設営・撤収担当者)たちの仕事を手伝えるのでレース終了直後の時間帯は作業が捗る。しかし、車検委員によってマシンがパルクフェルメから返却されると(通常はレース終了1時間後)、メカニックたちは撤収作業からマシン作業へ戻る。メカニックたちはマシンを分解し、オイル類を抜き取り、シャシーをトランスポーターに戻し、貨物用コンテナに梱包したあとガレージの撤収作業に復帰する。
「ヨーロッパ開催のレースでは、ガレージ前のピットレーンにトラックを停めたいと思っています。ピットボックスのブーム(編注:ホイールガン用の圧搾空気管などが内蔵された柱)の解体が早く済むだけ停めるスペースが早く確保できるので助かります。この解体はマシンが戻ってくる前にメカニックたちが手伝ってくれる作業のひとつです」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーは語る。
撤収作業中のすべてのチームが嫌うのが、ログジャムと呼ばれる作業の渋滞だ。多くの人が作業に携わろうとするあまり、人手が余ってしまうのだ。このような時はトラック、コンテナ、フライトケース、ボックス類をガレージ前に並べておくことが役立つ。レースチーム・ロジスティクスマネージャーが説明を続ける。
「収納するコンテナ類を定位置に並べ、トラックも搬入扉を開けていつでも積み込めるように整列させておきます」
「フライアウェイでも同じです。レース終了後、できるだけ早く空輸コンテナの移動を開始します。現在は16個の空輸コンテナを使用していますが、フォークリフトで所定の位置へ移動させるには約2時間かかります。空輸コンテナの保管場所がガレージから離れていたり、ガレージまでのアクセスが入り組んでいたりする場合はさらに時間がかかりますね」
「同じく、海運コンテナに収まる金属製大型ケージもあります。全部のコンテナを配置する作業は、積込作業より時間がかかりますが、収納先がないのにガレージから運び出しても意味がありませんからね」
積込作業
撤収作業では、レースウィークエンドと同じグループ分けが維持される。マックスの担当クルーがひとつの撤収作業を担当し、アレックス担当のクルーがまた別の撤収作業を担当する。ボディワークやエンジニアリング担当のクルーたちにもそれぞれグループごとに撤収作業を担う。
撤収作業はそれぞれの職務別ではなくコンテナ別に振り分けられている。必ずしもピットウォールに座るクルーがピットスタンドの解体を担うわけではなく、内容を問わず、振り分けられたコンテナへの積み込みを担うことになる。尚、コンテナのスペースを最大限活用するため、作業エリア専用のコンテナが用意されているわけでもない。
レースチーム・ロジスティクスマネージャーが引き続き説明する。
「フライアウェイでは特にですが、グループごとに担当コンテナが決まっています。マシン担当クルーを例に取ると、マシンをコンテナに積み込んだあとは、自分たちのリストに載っている次のコンテナへ移ります。マックスのクルーはコンテナ2個を担当しています。アレックスのクルーもコンテナ2個です。また、スペア担当やボディワーク担当のクルーは自分たちの資材がどこに積み込まれるかを理解しています。すべてはガレージテックが監督しています。作業は極めてスムーズで、まさにチーム一丸の努力です」
もうひとつの特筆すべき努力は、トラックサイドITスペシャリストたちによるものだ。彼らはレースウィークエンドを通じて全コンピューターの円滑な機能を維持する重責を担うと同時に、チームにとって最もデリケート貨物となるデータセンターの梱包の責任も負っている。
コンパクトながらパワフルなHPE(Hewlett Packard Enterprise)Simplivityラックは各地のサーキットを転戦するチームにとって究極かつ最先端のリソースで、ハリケーンにも耐えうると言われる密封式筐体に収められている。極めて慌ただしい撤収作業でトラブルに巻き込まれないように、このコンピュータラックは空輸用コンテナに収納される。
作業しやすいサーキット / 作業しにくいサーキット
毎レース、クルーは基本的に同じ構造のガレージを組み立てている。作業場があるガレージの奥(TVでは映らない)はガレージスペースの割り当てによって形状が変わるが、ピットレーンに面したガレージは、サーキットごとに幅が多少変わるだけで、毎回同じ方法で設営されている。
これには外観を維持する目的もあるが、運営上の必要という理由の方が大きい。F1では状況が瞬時に変化するため「あのツールキットは今週どこに置いた?」と確認する時間は誰にもないのだ。
しかし、ガレージが毎週同じ構造になっているからといって、クルーたちの撤収作業が毎週同じになるとは限らない。あるサーキットでスムーズに作業できても、別のサーキットではそうはいかない。
「中国は素晴らしいですね」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーは語り、さらに続ける。
「パドックが広大ですから、収納用コンテナを配置するスペースもかなり取れます。その正反対がモナコです。あそこはガレージが3階建てですし、別のトラックのためにトラックを移動させる必要もあります。モナコでの撤収作業を助けてもらうために、ファクトリーから増援を呼んでいますが、彼らの助けがあっても月曜朝まで作業は終わりません」
「スパ・フランコルシャンはかなり作業しやすいサーキットです。以前は最悪でしたが、ガレージの建物が新しくなってからスペースが増えました。スペースが確保されているサーキットなら、どこでもありがたいですね!」
2020シーズンの現状
今年のオーストラリアGPが中止になった時点でロジスティクスと移動を担当する部署が用意した周到なプランはすべて白紙となり、同時に残りの開催スケジュールも中止・延期になることが明らかになった。
本記事を執筆している時点では、今シーズンのF1は、5戦(ロジスティクス上ではオーストラリアを含む)が予定通りの日程で、4戦が延期され、1戦が繰り上がり、8戦が新たに追加されている。
ヨーロッパ開催レースの日程・開催地変更が与えた影響はやや小さいが、フライアウェイレースの変更・追加(今年のトルコGPはフライアウェイ)が与えた影響はやや大きい。海上輸送のリードタイムや船積日はヨーロッパ開催レースほど融通が利かないからだ。
しかし、逆にチームはトリプルヘッダーの過密スケジュールを若干管理しやすくなっている。シルバーストンからバルセロナへ向かって大急ぎで陸路を移動する代わりに、例年なら北米大へ発送していた貨物をイベリア半島へ送るだけで済んだのだ。スペインGPはフライアウェイと呼べるレースではないが、わずかながら時間の節約になった。
また、2020年夏の連戦スケジュールもやや管理しやすくなっている。スパからモンツァまでの連戦スケジュールは例年通りで、スパを出発したトラックは月曜日の午後にはモンツァ公園に到着する(これらのトラックの運転を委託されるドライバーは “トラッキー” と呼ばれ、各チームを陰で支える存在だ。彼らは撤収作業に長時間を費やしたあと、アルプス越え800kmをドライブする)が、モンツァからムジェロへの移動はさらにシンプルになっている。
もちろん、ヨーロッパ圏内の移動もチームにとっては大きな負担になる。
2018シーズンにトリプルヘッダーをテストした結果、マシンとクルーにとってこれが過度な負担となることが判明したため、トリプルヘッダーは棚上げされていた。しかし、2020シーズンは必要に応じる形でトリプルヘッダーが復活している。また、24週17戦という過酷なレースカレンダーが関係者の心身に疲労を蓄積させる可能性についても各チームは懸念している。
しかし、あるものがこの疲労を軽減してくれる。
「優勝ですよ!」とレースチーム・ロジスティクスマネージャーが語る。
「シルバーストンでの素晴らしい優勝のあとの撤収作業は今シーズン最高でした。優勝はみんなを興奮させます。それ以外の時も全員が懸命に働いています。自宅から遠く離れていますし、疲れます。ですが、私たちはこれで報酬をもらっています。仕事なんです。また、多くの場合、ただの仕事ではありません。チームは気心の知れた仲間ですし、雰囲気も最高だからです。ですので、今シーズンの過密日程も問題なく乗り切れるでしょう」
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1