ファン・マヌエル・ファンジオ
5度のF1ワールドチャンピオンに輝いたファン・マヌエル・ファンジオの息子だと主張する2人の男性が起こした訴えを解決すべく、ファンジオの遺体が7日(金)に掘り起こされた。

ブエノスアイレスの判事が下した命令を受け、ファン・マヌエル・ファンジオの遺体からDNAサンプルを採取するため、ファンジオの故郷バルカルセに埋葬されていたファンジオの遺体の掘り起こし作業が実行に移された。

1995年7月17日にこの世を去ったファン・マヌエル・ファンジオは一度も結婚しておらず、子供もいないと見られていたが、20年に渡りパートナーだったアンドレア・ベッレートさんの息子オスカー・エスピノザ(77歳)が2013年にファンジオの息子であると主張していた。

オスカー・エスピノーサは、ファン・マヌエル・ファンジオが父親である証拠としてアンドレア・ベッレートに息子の世話を依頼するファンジオの手紙の束を証拠として提出したとされる。

さらにルーベン・バスケスと名乗る73歳の男性もファン・マヌエル・ファンジオの息子だと主張している。だが、ルーベン・バスケスは、ファン・マヌエル・ファンジオの遺産には少しの関心もなく、単に自らの出生をはっきりさせたいだけだと報道陣に話している。

「親子鑑定の要請はかなり前から始めており、多くの妨害や障壁を乗り越えなければならなかった」とルーベン・バスケスは述べた。

「私の要請には経済的関心はない... ファンジオの苗字を認められたいだけだ」

ルーカス・バルケスは、2012年に103歳で亡くなった母親が、公証人の立会いの下、ファン・マヌエル・ファンジオが息子の父親であるとする書類にサインしていたと主張している。

「ファンジオの家族とは接触がないが、もちろん知り合いになりたい」

1951年、1954年、1955年、1957年にF1タイトルを獲得したファン・マヌエル・ファンジオはミハエル・シューマッハに次いでF1史上2番目に成功を収めたドライバーだ。通算52レースに出走して24勝を成し遂げている。

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カテゴリー: F1 / F1関連