ホンダF1 アストンマーティンと挑む“第5期”「継続的にF1で戦い続ける覚悟」
ホンダがF1の新たな時代へと歩み出す。1965年のメキシコGPで初優勝を挙げた伝説のマシン「RA272」が再びサーキットを走り、角田裕毅がそのステアリングを握った。創業者・本田宗一郎が掲げた「世界の頂点で戦う」という理念は、60年の時を経て現代に受け継がれようとしている。

2026年、ホンダはアストンマーティンとタッグを組み、“第5期”として完全ワークス体制でF1に復帰する。

三部敏宏CEOと渡辺康治HRC社長が掲げるのは「継続的にF1で戦い続ける覚悟」。過去の栄光と撤退を繰り返してきた歴史を乗り越え、ホンダは再び“挑戦するDNA”を胸に、新たな章を切り開く。

ホンダ、F1復帰へ──過去へのオマージュと未来への布石
ホンダはメキシコシティでの特別な週末を通じて、モータースポーツの原点と未来をつなぐ姿勢を鮮やかに示した。1965年のメキシコGPで初優勝を飾った伝説のマシン「RA272」が60年の時を経て再びサーキットに姿を現し、角田裕毅がそのステアリングを握ったのだ。創業者・本田宗一郎の「世界の頂点で勝負する」という精神が、2026年のアストンマーティンとのワークス復帰という新たな挑戦へと受け継がれている。

日曜の朝、Autódromo Hermanos Rodríguezに響き渡ったのは、往年のホンダV12の咆哮。ピットレーンの一角で、白地に赤い日の丸をあしらったRA272が火を吹き、フェラーリのメカニックたちまでもがスマートフォンを構えた。角田裕毅が小さなコクピットに収まると、エンジンが短く唸りを上げ、60年前と同じコースを再び走り出した。

1965年メキシコGP──ホンダ初勝利の原点
1965年の最終戦メキシコGPは、1.5リッター時代最後のレースだった。すでにタイトルはジム・クラークに決まっており、いくつかのチームはやや気の抜けた状態で臨んでいた。しかしホンダは違った。標高2200メートルを超える高地に挑むべく、早朝6時から9時まで追加の練習走行を重ね、燃料混合やインジェクションの最適化に没頭した。

その成果は圧倒的だった。リッチー・ギンサーとロニー・バックナムは予選で快走を見せ、ギンサーはクラーク、ダン・ガーニーに次ぐ3番手を獲得。決勝ではスタート直後に2人を抜き去り、終始トップを独走。ガーニーの猛追を振り切って、2.89秒差でホンダに初優勝をもたらした。

レース後、チームマネージャーの中村良夫は東京の本社に「Veni, vidi, vici(来た、見た、勝った)」という電報を送った。ニューヨーク・タイムズは「ホンダの勝因は綿密なセッティング」と報じ、「小柄で陽気なギンサーは、これで真のチャンピオン候補になった」と称えた。だがそれは彼にとって最初で最後の勝利でもあった。

ホンダ F1 本田技研工業

本田宗一郎の理念──“世界の頂点で戦う”という夢
「ホンダがまだとても小さな会社だったころ、創業者の本田宗一郎は“存在感を持つにはトップカテゴリーで戦う必要がある”と考えました」と語るのは、現ホンダCEOの三部敏宏氏だ。

ホンダは1959年にマン島TTレースで二輪の世界に挑み、翌1961年には初勝利。四輪では1962年にF1参戦を決断し、まだ市販車さえ発売していなかった時代に、モータースポーツの頂点へと歩みを始めた。「誰もが驚きました。従業員も驚きました」と三部氏は笑う。「そして翌年、ここメキシコで初勝利を挙げました」

2026年、ホンダは再び“ワークスチーム”としてF1に復帰する。ただし、そのカラーは赤ではなく“グリーン”──つまりアストンマーティンとの提携による新時代の幕開けだ。

「第5期」への決意──ホンダのDNAを未来へ
ホンダのF1参戦は波のように繰り返されてきた。マクラーレンと組んだ2015年の復帰から、レッドブルとの黄金期、そして2021年の撤退を経て、再び完全ワークス体制に戻る。

「次の参戦を“第5期”と呼んでいます」と三部氏は語る。「これまでの各期の社長は“レースは金がかかる”として撤退を決めたこともありました。しかしホンダの社員は皆、レーシングDNAを持っています。だからこそ、もう一度安定した参戦を目指すことにしました」

HRC社長の渡辺康治氏もこう続ける。「目標は“第6期をつくらない”ことです」と笑う。「つまり、撤退を繰り返さず、継続的にF1で戦い続ける覚悟です」

コストキャップ時代の挑戦──技術と持続性の両立
三部CEOは「F1は世界で最も金のかかるレースです」と語る。コストキャップ(予算上限)への対応は不可避であり、HRCはパフォーマンス部門を強化しながら、効率的なリソース管理を模索している。

「ハイテク分野であるF1では、単純に削減はできません。新しい技術開発を続けるためにはバランスが必要です。コストキャップを守りつつ競争力を維持することが新たな挑戦になります」と三部氏は言う。

ホンダ F1 HRC(ホンダ・レーシング)

2026年、アストンマーティン・アラムコ・ホンダへ
2026年、ホンダがアストンマーティンとともに投入する新パワーユニットは、持続可能燃料と100%ハイブリッド化を両立させた新世代仕様となる。アストンマーティンはすでにエイドリアン・ニューウェイを招聘し、400,000平方フィート規模の新テクノロジーキャンパスを完成させた。

F1史上屈指の空力デザイナーとホンダのエンジニアリングが融合するこの布陣は、レッドブル黄金期の再来を予感させる。これまでホンダはエンジンメーカーとして89勝、6度のドライバーズタイトル、6度のコンストラクターズタイトルを誇る。

ギンサーが初優勝を飾ったRA272が象徴する「夢への挑戦」は、2026年に“アストンマーティン・アラムコ・ホンダ”として新たな章を迎える。ホンダの物語は、まだ終わらない。

ホンダ復帰の意義とF1の新局面
ホンダの復帰は単なるブランドイメージ回復ではない。電動化・脱炭素化を推し進める企業として、F1という「技術実験場」を再定義する意味を持つ。アストンマーティンとの提携は、従来の「エンジン供給者」という枠を超え、共同開発型のテクノロジーパートナーとしての地位を築くものになる。

一方で、HRCの開発スピードとニューウェイ主導の車体設計との整合性、そして限られたコスト内での技術革新が鍵を握る。2026年のホンダは、60年前と同じように“未知”に挑む立場にある。

RA272が象徴する「創造の原点」を胸に、ホンダは再び世界の頂点を目指す。60年前に始まった夢の続きが、2026年のF1で再び現実になる。

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カテゴリー: F1 / ホンダF1 / アストンマーティンF1チーム