ホンダF1 特集:トラクションとドライバビリティ
ホンダF1のパワーユニットエンジニアを務める森秀臣が、各サーキットに合わせたパワーユニットのセッティングについて解説した。
年間カレンダーにある21のレースを通じて、F1はありとあらゆる試練をマシンに課す。レースが開催される各サーキットには、それぞれにチームが取り組まなければならない特有の課題が存在する。
カナダGPは、モントリオールのセント・ローレンス川の中洲にあるジル・ヴィルヌーヴ・サーキットで行われた。ハイスピードでコース幅の狭い同サーキットでは、チームは前戦モナコGPとは異なる課題に立ち向かわなくてはならない。
分かりやすく言えば、このサーキットは、そのほとんどが長いストレートとシケインで構成されている。サーキットの後半に配されているヘアピンカーブのあとには、トラック上で最も長いストレートが待ち受けている。これらが意味するのは、ここでいいパフォーマンスを発揮するためにはダウンフォースを削らなければならないということだ。
「パワーユニットについて大事なことを挙げていくとキリがありませんが、ロングストレートが多いこのサーキットでは、トップスピードがなにより重要です」とホンダF1のパワーユニットエンジニアを務める森秀臣は、カナダGPについて聞かれると、そのように説明した。
「そしてトップスピードに到達するためには、各コーナーの出口でトラクションを発揮することが欠かせません」
「これはカナダに限っての話ではありません。多くの低速コーナーと、急加速が必要なセクションを併せ持つモナコのような市街地サーキットでも、トラクションは非常に重要な要素となります」
他の異なる特徴を持ったサーキットでもトラクションが重要な要素となるということは、パワーユニットがそれぞれのサーキットごとに大きく異なる動作をしているわけではないということを意味する。しかし、ロングストレートでの加速がトラクションによる影響を受ける場合には、話が違ってくる。
「現行レギュレーション下でのパワーユニットにはターボチャージャーが搭載されています」と森秀臣は説明する。
「ターボを搭載しているエンジンでは、加速をしようと思った際にターボの作動が遅れるターボ・ラグと言う現象が発生します。ドライバーがスロットルペダルを踏み込んでもすぐに出力が増加しないことがあるのですが、加速が始まるまでの間隔があまりに長いと、ドライバーがスロットルペダルで出力をコントロールすることが難しくなってしまうんです」
ターボチャージャーはエンジンの出力を増すため、より多くの空気を内燃機関(ICE)に送り込む形で機能する。ターボチャージャーにより圧縮された空気がインレットマニホールドに送り込まれ、一般的に圧縮空気が燃焼することにより生み出される力を“ブースト”と呼んでいる。
パワーユニットマニファクチャラーは、出力を増すためにインレットマニホールド内に送り込むのに適切な空気圧をコントロールしている。
「ーがトルクが足りないと感じた場合には、我々にはブーストを増加させるという選択肢があります。そうすることによって、ドライバーが満足するレベルまでトルクを増すことができます」
このような調整は、パワーユニットのドライバビリティ向上に貢献する。ドライバーが望むのは、滑らかで予測しやすく、そして可能な限り素早いパワー供給です。ブースト圧が高いほど、より顕著なターボ・ラグが発生するが、パワーユニットは多くのエネルギー回生システムを用いてこれを補っている。
ブレンドン・ハートレーはこれらについて「ドライバーの目線から言えば、いまのパワーユニットのパワー供給は非常に滑らかに行われていると思います」と語る。
「コックピット内にもパワー供給を操作するためのいくつかのツールがありますが、基本的にはスロットルペダルを踏み込めば、踏み込み具合に応じたパワーが得られているのです」
「マシンの走行中には、MGU-HとMGU-Kを効率よく機能させるべく、エンジニアたちが収集したデータを用いて非常に複雑なシステムを動かし、多くのプログラミング作業を行っています。しかし、ドライバーの目線からは、エネルギー供給に関してそこまで多くの作業が発生していることには気が付きません。ただ、多くのエネルギーがエンジンから供給されているのを感じるだけです。これはすばらしいことです」
コーナーから加速する際、エンジンから一貫したパワーを得られなければ、マシンがスピンしてリアタイヤを損傷してしまうだろう。しかし、例えパワーの供給がドライバーの望み通りに機能していても、最適なペダル操作を行い、最高の加速を得られるかどうかはドライバーの腕次第だ。
森秀臣はこう説明します。「昨今のFIAの規則では、ECUによる自動のトラクション・コントロールは禁止されています。フリー走行が終わったあとは、リザルトとドライバーからのフィードバックを基にブーストの調整を行います。そうすることで、各コーナーでドライバーの思い通りのブーストを得られるようにするためです。しかし、基本的にはドライバーが自らでマシンのトラクションをコントロールすることができます。トラクションに関しては、セッティングよりドライバーの腕によるところが大きいということです」
ただ、パワーをマシンに伝えると言う部分では、パワーユニットの制御以外の部分がより重要になってくる。リアタイヤにより多くの垂直荷重が掛かっていた方が、タイヤがスピンしにくくなるからだ。そこにはダウンフォースの強さも大きく関係する。
「ダウンフォースが大きいということは、マシンがより路面に張り付いているということです。カナダでは、ロングストレートでマシンにかかるダウンフォースを最小限に抑え、ストレートスピードを上げようとしています。これに関しては、シャシー側のエンジニアたちと話し合ってバランスを取る必要があります。ダウンフォースが高ければトラクションもそれだけ増しますが、同時にトップスピードも下がってしまいますから」
「これらの作業は、その大部分がシミュレーターを使って行われます。レース前からダイナモを使ってトルクコントロールをテストすることもあります。最も重要なのはドライバーからのコメントですが、分析はFP1が終わったあとだけでなく、セッション中も継続して行います。そうすることで、もしもドライバーになにかしらの不満があれば、パワーユニットやその他の設定を再調整することができます。ときには、改善のためにセッション中に異なるセッティングを提案することもありますね」
モナコではトラクションを高めることに焦点が置かれていましたが、カナダではトップスピードを増すため、逆にトラクションとの妥協点を見つけることが重要となった。また、レースでのオーバーテイクが極端に難しいとされるモナコでは予選のパフォーマンスが重要だったのに比べ、モントリオールでは異なる戦略が必要とされた。
「予選では最大限のパフォーマンスを発揮することを目的としていますが、ここカナダではレース中にオーバーテイクするチャンスが多く発生します。そのため、ロングストレートに特化したセッティングも準備しなくてはならないのです。このモードでは最も速いラップタイムを記録することはできませんが、レース中にドライバーがオーバーテイクしやすくし、またライバルに抜かれないようにするために必要不可欠です」
「そのためには、我々だけでなくライバル勢のマシンに関しても知っておく必要があります。チームには過去のデータがあるので、トラックのどこでオーバーテイクが行われやすいのか、その傾向が分かります。それを見ながら、どこでよりエネルギーが必要なのかを話し合うんです」
カテゴリー: F1 / ホンダF1
年間カレンダーにある21のレースを通じて、F1はありとあらゆる試練をマシンに課す。レースが開催される各サーキットには、それぞれにチームが取り組まなければならない特有の課題が存在する。
カナダGPは、モントリオールのセント・ローレンス川の中洲にあるジル・ヴィルヌーヴ・サーキットで行われた。ハイスピードでコース幅の狭い同サーキットでは、チームは前戦モナコGPとは異なる課題に立ち向かわなくてはならない。
分かりやすく言えば、このサーキットは、そのほとんどが長いストレートとシケインで構成されている。サーキットの後半に配されているヘアピンカーブのあとには、トラック上で最も長いストレートが待ち受けている。これらが意味するのは、ここでいいパフォーマンスを発揮するためにはダウンフォースを削らなければならないということだ。
「パワーユニットについて大事なことを挙げていくとキリがありませんが、ロングストレートが多いこのサーキットでは、トップスピードがなにより重要です」とホンダF1のパワーユニットエンジニアを務める森秀臣は、カナダGPについて聞かれると、そのように説明した。
「そしてトップスピードに到達するためには、各コーナーの出口でトラクションを発揮することが欠かせません」
「これはカナダに限っての話ではありません。多くの低速コーナーと、急加速が必要なセクションを併せ持つモナコのような市街地サーキットでも、トラクションは非常に重要な要素となります」
他の異なる特徴を持ったサーキットでもトラクションが重要な要素となるということは、パワーユニットがそれぞれのサーキットごとに大きく異なる動作をしているわけではないということを意味する。しかし、ロングストレートでの加速がトラクションによる影響を受ける場合には、話が違ってくる。
「現行レギュレーション下でのパワーユニットにはターボチャージャーが搭載されています」と森秀臣は説明する。
「ターボを搭載しているエンジンでは、加速をしようと思った際にターボの作動が遅れるターボ・ラグと言う現象が発生します。ドライバーがスロットルペダルを踏み込んでもすぐに出力が増加しないことがあるのですが、加速が始まるまでの間隔があまりに長いと、ドライバーがスロットルペダルで出力をコントロールすることが難しくなってしまうんです」
ターボチャージャーはエンジンの出力を増すため、より多くの空気を内燃機関(ICE)に送り込む形で機能する。ターボチャージャーにより圧縮された空気がインレットマニホールドに送り込まれ、一般的に圧縮空気が燃焼することにより生み出される力を“ブースト”と呼んでいる。
パワーユニットマニファクチャラーは、出力を増すためにインレットマニホールド内に送り込むのに適切な空気圧をコントロールしている。
「ーがトルクが足りないと感じた場合には、我々にはブーストを増加させるという選択肢があります。そうすることによって、ドライバーが満足するレベルまでトルクを増すことができます」
このような調整は、パワーユニットのドライバビリティ向上に貢献する。ドライバーが望むのは、滑らかで予測しやすく、そして可能な限り素早いパワー供給です。ブースト圧が高いほど、より顕著なターボ・ラグが発生するが、パワーユニットは多くのエネルギー回生システムを用いてこれを補っている。
ブレンドン・ハートレーはこれらについて「ドライバーの目線から言えば、いまのパワーユニットのパワー供給は非常に滑らかに行われていると思います」と語る。
「コックピット内にもパワー供給を操作するためのいくつかのツールがありますが、基本的にはスロットルペダルを踏み込めば、踏み込み具合に応じたパワーが得られているのです」
「マシンの走行中には、MGU-HとMGU-Kを効率よく機能させるべく、エンジニアたちが収集したデータを用いて非常に複雑なシステムを動かし、多くのプログラミング作業を行っています。しかし、ドライバーの目線からは、エネルギー供給に関してそこまで多くの作業が発生していることには気が付きません。ただ、多くのエネルギーがエンジンから供給されているのを感じるだけです。これはすばらしいことです」
コーナーから加速する際、エンジンから一貫したパワーを得られなければ、マシンがスピンしてリアタイヤを損傷してしまうだろう。しかし、例えパワーの供給がドライバーの望み通りに機能していても、最適なペダル操作を行い、最高の加速を得られるかどうかはドライバーの腕次第だ。
森秀臣はこう説明します。「昨今のFIAの規則では、ECUによる自動のトラクション・コントロールは禁止されています。フリー走行が終わったあとは、リザルトとドライバーからのフィードバックを基にブーストの調整を行います。そうすることで、各コーナーでドライバーの思い通りのブーストを得られるようにするためです。しかし、基本的にはドライバーが自らでマシンのトラクションをコントロールすることができます。トラクションに関しては、セッティングよりドライバーの腕によるところが大きいということです」
ただ、パワーをマシンに伝えると言う部分では、パワーユニットの制御以外の部分がより重要になってくる。リアタイヤにより多くの垂直荷重が掛かっていた方が、タイヤがスピンしにくくなるからだ。そこにはダウンフォースの強さも大きく関係する。
「ダウンフォースが大きいということは、マシンがより路面に張り付いているということです。カナダでは、ロングストレートでマシンにかかるダウンフォースを最小限に抑え、ストレートスピードを上げようとしています。これに関しては、シャシー側のエンジニアたちと話し合ってバランスを取る必要があります。ダウンフォースが高ければトラクションもそれだけ増しますが、同時にトップスピードも下がってしまいますから」
「これらの作業は、その大部分がシミュレーターを使って行われます。レース前からダイナモを使ってトルクコントロールをテストすることもあります。最も重要なのはドライバーからのコメントですが、分析はFP1が終わったあとだけでなく、セッション中も継続して行います。そうすることで、もしもドライバーになにかしらの不満があれば、パワーユニットやその他の設定を再調整することができます。ときには、改善のためにセッション中に異なるセッティングを提案することもありますね」
モナコではトラクションを高めることに焦点が置かれていましたが、カナダではトップスピードを増すため、逆にトラクションとの妥協点を見つけることが重要となった。また、レースでのオーバーテイクが極端に難しいとされるモナコでは予選のパフォーマンスが重要だったのに比べ、モントリオールでは異なる戦略が必要とされた。
「予選では最大限のパフォーマンスを発揮することを目的としていますが、ここカナダではレース中にオーバーテイクするチャンスが多く発生します。そのため、ロングストレートに特化したセッティングも準備しなくてはならないのです。このモードでは最も速いラップタイムを記録することはできませんが、レース中にドライバーがオーバーテイクしやすくし、またライバルに抜かれないようにするために必要不可欠です」
「そのためには、我々だけでなくライバル勢のマシンに関しても知っておく必要があります。チームには過去のデータがあるので、トラックのどこでオーバーテイクが行われやすいのか、その傾向が分かります。それを見ながら、どこでよりエネルギーが必要なのかを話し合うんです」
カテゴリー: F1 / ホンダF1