F1マシンの2020年04月のF1情報を一覧表示します。
幻のF1マシン:ホンダ RA099 “レースで披露できなかったポテンシャル”
2020年4月30日

1998年、当時のホンダの社長だった川本信彦は“シャシー製造を含めたフルワークスによるF1参戦”を掲げ、イギリスにホンダ・レーシング・ディベロップメント (HRD) を設立し参戦準備を進めた。
ロス・ブラウンが設計に関わった名車5選 / F1特集
2020年4月30日

F1最高権力者の座に長年に渡り君臨してきたバーニー・エクレストンの勇退、そして新設された三頭体制マネージメントの一角を担うモータースポーツ担当マネージングディレクターにロス・ブラウンが就任するというニュースは世界中に驚きをもって迎えられた。
F1史に名を残すトップデザイナー Part 2
2020年4月29日

これまでF1史において偉大な成功を収めてきたF1ドライバーたちの栄光の陰には、必ず優れたマシンが存在する。そのマシンを生み出すデザイナーは、チームにとって最も重要な成功への鍵を握る存在と言えるだろう。
F1マシン列伝:レッドブル RB3 ニューウェイが描いた“青いマクラーレン”
2020年4月29日

スポンサーとしてF1に関与していたレッドブルは、2004年末にフォードからシャガー・レーシングを1ドルで購入してレッドブル・レーシングを設立。チーム代表には当時31歳の若さでクリスチャン・ホーナーが就任し、2005年からF1参戦を開始した。
幻のF1マシン:トヨタ TF110 “優勝を狙えるポテンシャルがあった”
2020年4月29日

トヨタF1チームは、2010年マシン『TF110』を完成させていたが、トヨタは2009年末にF1から撤退することを決定した。当時チーム代表を務める山科忠は「可夢偉をこのまま終わらせたくない」と涙を流しながら悔しさをにじませた。
F1マシンを彩ったタバコスポンサー Part 3
2020年4月29日

1968年にインペリアル・タバコのゴールドリーフがロータスのF1マシンを赤・白・金に塗装するまで、F1マシンは、ナショナル・レーシングカラーだった。その後はスポンサーカラーへの移行が進むことになり、何十年もの間、タバコ産業はスポーツへのスポンサーにおいて主役を演じていた。
F1マシン列伝:フェラーリ F2002 全レース表彰台“最強の跳ね馬”
2020年4月28日

1996年にミハエル・シューマッハが加入し、翌1997年にベネトンからロス・ブラウン(テクニカルディレクター)とロリー・バーン(チーフデザイナー)が加入して技術部門を再編したフェラーリは、2000年にはシューマッハの移籍後初、そして、チームとしては1979年以来となるドライバーズチャンピオンシップを獲得する。
F1史に名を残すトップデザイナー Part 1
2020年4月27日

かのロータスの創始者で、自らもF1史における数々の革新的なデザインを生み出したコーリン・チャップマンはこんな言葉を残している。
「レーシングカーの存在意義はただひとつ。レースに勝つことだけだ。そのマシンがレースに勝てないなら、それはすなわち時間と金、労力の浪費に他ならない」
F1マシン列伝:スーパーアグリ SA07 “世界を沸かせた純日本チーム”
2020年4月27日

スーパーアグリF1チームは、元F1ドライバーの鈴木亜久里が発足。ホンダから技術面・資金面のバックアップを受け、2006年シーズン開幕戦よりF1参戦を開始した。