F1特集:ザウバー 歴代F1マシン Part 1
ペーター・ザウバーが撤退したBMWからチームを買い戻し、2010年から再びプライベートチームとして再出発することになったザウバー。ドライバーは小林可夢偉とペドロ・デ・ラ・ロサが務める。
2010年マシンは『C29』になるとされ、再びCシリーズの名称が復活する。ちなみにCはペーター・ザウバーの妻であるクリスティーヌ(Christine)のイニシャルに由来する。
そこで、BMWに買収されるまでのCのネーミングが採用されたザウバーF1マシンを画像で振り返ってみる。
ワークス計画を中止したメルセデス・ベンツのF1プロジェクトを引き継ぐ形でF1参戦を果たしたザウバーの初代F1マシン。イルモア製のエンジンをザウバーエンジンとして搭載。エンジンカウルには「Concept by Mercedes-Benz」の文字が入れられている。設計はレオ・ロスが担当。ドライバーはカール・ヴェンドリンガーとJ.J.レートが務めた。
メルセデス・ベンツがエンジン供給によるF1参戦を発表。前年のイルモア製エンジンの改良し、メルセデス・ベンツとして搭載。スイスの時計メーカーであるスウォッチがティソのブランドでメインスポンサーを務めた。
メルセデス・ベンツがマクラーレンとのエンジン契約を結んだだめ、フォード・コスワースのV8エンジンであるZETEC-Rを搭載。レッドブルがスポンサーとなり濃紺のカラーリングに変更。ハインツ・ハラルド・フレンツェンが3位表彰台を獲得した。
レッドブルがメインスポンサーを務め、新たにペトロナスが加わり、チーム名は「「レッドブル・ザウバー・ペトロナス」となる。ブルーとペトロナスグリーンのカラーリングが開始。フォード・コスワース初のV10エンジンを搭載。ドライバーは、ジョニー・ハーバートとハインツ・ハラルド・フレンツェン。
スチュワート・レーシングがフォードとの独占エンジン契約を結んだことで再びワークスエンジンを失い、フェラーリの1年落ちエンジンであるティーポ046/1にペトロナスのバッジをつけ「ペトロナスエンジン」として使用。エンジンは後藤治らが開発を担当。
ベネトンからジャン・アレジが加入。ジョニー・ハーバートとのコンビで戦う。特徴的なツインタワーウィングを装着するがのちに禁止となる。
新たにフェラーリ・ティーポ047をベースにしたペトロナスSPE03Aエンジンを投入。第3戦サンマリノGPでF1参戦100戦目を迎える。ドライバーは、ジャン・アレジとペドロ・ディニス。
ザウバーに復帰したウィリー・ランプのもと、セルジオ・リンランドが設計を行ったC19。7速ギアボックスを搭載するも信頼性に悩まされる。ドライバーは、ペドロ・ディニスとミカ・サロ。
ハの字型のウイングステーが特徴的なC20。発表直前に設計を担当したセルジオ・リンランドがチームを離脱。デビュー2年目のニック・ハイドフェルドとルーキーのキミ・ライコネンのコンビで参戦。ライコネンは4輪レース歴わずか23戦での大抜擢。そのため、経験不足として4戦限定の仮スーパーライセンスで出走したライコネンだが、デビュー戦オーストラリアGPで6位入賞。ハイドフェルドも活躍をみせ、コンストラクターズ4位でシーズンを終える。
ウィリー・ランプがデザインを担当。基本的にはC20の進化型。マクラーレンへ移籍したライコネンの後任としてユーロF3王者のフェリペ・マッサを起用。ニック・ハイドフェルドとコンビを組む。
これまでの流れとは異なり、エンジンを供給するフェラーリ風のデザインコンセプトに変更されたC22。ドライバーは、ニック・ハイドフェルドとハインツ・ハラルド・フレンツェン。ハイドフェルドはシーズン終了後にジョーダンへ移籍した。
2003年のフェラーリ・ティーポ053とフェラーリ製ギアボックスを搭載。設計はウィリー・ランプが担当するが、マシン全体がフェラーリの「F2003-GA」に酷似しており“青いフェラーリ”と揶揄された。ドライバーは、フェラーリのテストドライバーを務めるフェリペ・マッサが復帰。ジャンカルロ・フィジケラとコンビを組んだ。新たな風洞施設を建造。
ザウバー製ギアボックスを搭載し、ミシュランタイヤを採用するなど、ザウバー色が強まったC24。レッドブルが自チームを設立したことでスポンサーを離脱。資金な状況は厳しくなり、第9戦アメリアGPでBMWへの買収を発表。ドライバーはジャック・ヴィルヌーヴとフェリペ・マッサ。
関連:BMWザウバー 歴代F1マシン
カテゴリー: F1 / ザウバーF1チーム / F1マシン
2010年マシンは『C29』になるとされ、再びCシリーズの名称が復活する。ちなみにCはペーター・ザウバーの妻であるクリスティーヌ(Christine)のイニシャルに由来する。
そこで、BMWに買収されるまでのCのネーミングが採用されたザウバーF1マシンを画像で振り返ってみる。
ザウバー C12 (1993年)
ワークス計画を中止したメルセデス・ベンツのF1プロジェクトを引き継ぐ形でF1参戦を果たしたザウバーの初代F1マシン。イルモア製のエンジンをザウバーエンジンとして搭載。エンジンカウルには「Concept by Mercedes-Benz」の文字が入れられている。設計はレオ・ロスが担当。ドライバーはカール・ヴェンドリンガーとJ.J.レートが務めた。
ザウバー C13 (1994年)
メルセデス・ベンツがエンジン供給によるF1参戦を発表。前年のイルモア製エンジンの改良し、メルセデス・ベンツとして搭載。スイスの時計メーカーであるスウォッチがティソのブランドでメインスポンサーを務めた。
ザウバー C14 (1995年)
メルセデス・ベンツがマクラーレンとのエンジン契約を結んだだめ、フォード・コスワースのV8エンジンであるZETEC-Rを搭載。レッドブルがスポンサーとなり濃紺のカラーリングに変更。ハインツ・ハラルド・フレンツェンが3位表彰台を獲得した。
ザウバー C15 (1996年)
レッドブルがメインスポンサーを務め、新たにペトロナスが加わり、チーム名は「「レッドブル・ザウバー・ペトロナス」となる。ブルーとペトロナスグリーンのカラーリングが開始。フォード・コスワース初のV10エンジンを搭載。ドライバーは、ジョニー・ハーバートとハインツ・ハラルド・フレンツェン。
ザウバー C16 (1997年)
スチュワート・レーシングがフォードとの独占エンジン契約を結んだことで再びワークスエンジンを失い、フェラーリの1年落ちエンジンであるティーポ046/1にペトロナスのバッジをつけ「ペトロナスエンジン」として使用。エンジンは後藤治らが開発を担当。
ザウバー C17 (1998年)
ベネトンからジャン・アレジが加入。ジョニー・ハーバートとのコンビで戦う。特徴的なツインタワーウィングを装着するがのちに禁止となる。
ザウバー C18 (1999年)
新たにフェラーリ・ティーポ047をベースにしたペトロナスSPE03Aエンジンを投入。第3戦サンマリノGPでF1参戦100戦目を迎える。ドライバーは、ジャン・アレジとペドロ・ディニス。
ザウバー C19 (2000年)
ザウバーに復帰したウィリー・ランプのもと、セルジオ・リンランドが設計を行ったC19。7速ギアボックスを搭載するも信頼性に悩まされる。ドライバーは、ペドロ・ディニスとミカ・サロ。
ザウバー C20 (2001年)
ハの字型のウイングステーが特徴的なC20。発表直前に設計を担当したセルジオ・リンランドがチームを離脱。デビュー2年目のニック・ハイドフェルドとルーキーのキミ・ライコネンのコンビで参戦。ライコネンは4輪レース歴わずか23戦での大抜擢。そのため、経験不足として4戦限定の仮スーパーライセンスで出走したライコネンだが、デビュー戦オーストラリアGPで6位入賞。ハイドフェルドも活躍をみせ、コンストラクターズ4位でシーズンを終える。
ザウバー C21 (2002年)
ウィリー・ランプがデザインを担当。基本的にはC20の進化型。マクラーレンへ移籍したライコネンの後任としてユーロF3王者のフェリペ・マッサを起用。ニック・ハイドフェルドとコンビを組む。
ザウバー C22 (2003年)
これまでの流れとは異なり、エンジンを供給するフェラーリ風のデザインコンセプトに変更されたC22。ドライバーは、ニック・ハイドフェルドとハインツ・ハラルド・フレンツェン。ハイドフェルドはシーズン終了後にジョーダンへ移籍した。
ザウバー C23 (2004年)
2003年のフェラーリ・ティーポ053とフェラーリ製ギアボックスを搭載。設計はウィリー・ランプが担当するが、マシン全体がフェラーリの「F2003-GA」に酷似しており“青いフェラーリ”と揶揄された。ドライバーは、フェラーリのテストドライバーを務めるフェリペ・マッサが復帰。ジャンカルロ・フィジケラとコンビを組んだ。新たな風洞施設を建造。
ザウバー C24 (2005年)
ザウバー製ギアボックスを搭載し、ミシュランタイヤを採用するなど、ザウバー色が強まったC24。レッドブルが自チームを設立したことでスポンサーを離脱。資金な状況は厳しくなり、第9戦アメリアGPでBMWへの買収を発表。ドライバーはジャック・ヴィルヌーヴとフェリペ・マッサ。
関連:BMWザウバー 歴代F1マシン
カテゴリー: F1 / ザウバーF1チーム / F1マシン