F1ベルギーGPが80分遅延した本当の理由 “安全か、ショーか”で揺れた現場

当日の朝に降った激しい雨は、2021年にわずか2周のみで終了した“幻のレース”を思い起こさせた。今回は完全なやり直しとはならなかったが、名門スパでの“ウェット・クラシック”を期待していたファンにとっては、ほとんどがドライで進んだレース展開に肩透かしだった。
開始遅延をめぐってはパドック内でも意見が分かれた。カルロス・サインツは「スパのような場所では“念には念を”が正しい」とレースコントロールを支持。フェラーリのフレデリック・バスールも「結果論で批判はできるが、逆の判断をして問題が起きていたらチームは激怒していただろう」と擁護した。
一方、レッドブル側は驚きを隠さず。ヘルムート・マルコは「“正しいレースディレクター”であれば我々のセットアップは正しかった」と皮肉を交え、マックス・フェルスタッペンも「見えづらいならアクセルを緩めればいい」と不満を露わにした。
実際には複数の要因が複雑に絡んでいた
英『Autosport』によると、FIAは当初、現地15時の定刻通りにセーフティカー先導でフォーメーションラップを実施する予定だった。その中でドライバーからの無線報告を確認する手順をとったが、大半のドライバーが「視界が不十分」と判断。唯一、すぐにレースが可能と主張したのはフェルスタッペンだった。
一時は10分程度の中断ののち再開する案もあったが、FIA規定により「再開の10分前予告」が義務づけられていること、さらにその時間帯に再び雨が予想されていたことから、早期再開は断念された。
レース開始時刻と3時間ルールの“曖昧さ”
混乱は続いた。3時間レース制限の開始タイミングをめぐり、チーム間でも認識が分かれたのだ。マクラーレンはランド・ノリスに「レースはまだ始まっていない」と伝えた一方、ハースの小松礼雄代表は「始まっている」と解釈。これは規則第5.4d条が原因で、「セーフティカー先導でのフォーメーションラップ開始時、スタートシグナルが点灯したら3時間の計測開始」と定められているためだ。
FIAは後に「これは正式なレース開始後の中断時にのみ適用され、今回のようなスタート手順中は適用外」と明言。したがってパルクフェルメ(車両保管)状態は維持され、セットアップ変更も禁止された。
レッドブルはこのパルクフェルメ規定によって不利を被ったと見られたが、チーム代表のローラン・メキースは「セットアップ変更が可能だったとしても我々は変えなかっただろう」と語っている。

再出走までのプロセスと“ローリング”決定の理由
最終的に赤旗解除後、FIAは16時にメディカルカーを走行させ、アラン・ファン・デル・メルウェから「一部コーナーに依然としてスタンディングウォーターがある」との報告を受けた。これを受けてさらに10分間の排水作業が行われ、16時20分に再開アナウンス。
ただし、この時点でもレースは「再開」ではなく「正式スタート前」の段階であったため、計測はまだ始まっていなかった。
当初はセーフティカー先導で2周のみ走行予定だったが、ケメルストレート後半の水しぶきによる視界不良が解消されず、さらに1周追加。合計4周目にはスタンディングスタートかローリングスタートかの判断が焦点となった。
FIAは最終的に「グリッド上の左右のグリップ差が大きすぎる」ことを理由に、ローリングスタートを選択。片側が完全に濡れている一方でもう一方は乾いており、安全性とフェアネスの観点から判断されたという。
F1と“ウェットレース”──永遠のジレンマ
これにより、最終的なグリーンフラッグは予定より90分以上遅れた。フェルスタッペンは「これが“ウェットレース”とは思えない。クラシックなウェットレースはもう見られないだろう」と失望を隠さなかった。
Pirelliのフルウェットタイヤへの不満は多くのドライバーが抱えており、2026年に向けた改良も予定されているが、最大の問題は依然として「スプレーによる視界不良」だ。そこにスパの歴史的トラウマが加われば、FIAが慎重になるのも無理はない。
興行としては物足りなかったかもしれないが、安全性を最優先したFIAの判断は、少なくとも“2021年の再現”は避ける形で結果を残した。だが「安全」と「ショー」の両立というF1の永遠の課題は、今回もまた強く印象づけられる一幕となった。
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