ホンダF1 山本雅史MD 「ホンダとしては最後のモナコ、勝ちに行きました」
ホンダF1のマネージングディレクターを務める山本雅史が、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンとともにRホンダとして29年ぶりに勝利を収めた2021年のF1モナコGPを振り返った。

伝統のモナコGPで、レッドブル・レーシング・ホンダのマックス・フェルスタッペンが、終始リードを保って盤石の勝利を挙げた。モナコでのホンダF1エンジン/パワーユニットの優勝は、1992年のアイルトン・セナ選手以来となる。

「ホンダF1にとって、そしてホンダという会社の歴史にとっても、間違いなく特別な瞬間になりました」と山本雅史は公式サイトで語りはじめた。

「歴史を作る!」と意気込んで戦うラストイヤー
まず何より、日ごろからのご声援、本当にありがとうございます。ホンダF1のラストイヤーということで、応援して下さる皆さんの中にも、複雑な想いを抱きながらレースを見ていらっしゃる方がいるかもしれません。そういった皆さんに対しては本当に申し訳ないという一言ですし、私を含めプロジェクトに携わるメンバーも、全員が悔しく、残念な想いをもっています。

ただ、同時に「ラストイヤーに絶対に歴史を作ってやるんだ」という強い覚悟と意地をもって、一つ一つのレースに臨んでいます。一つでも多く素晴らしいレースをお見せして、皆さんと一緒に喜びを共有したいという想いは、これまでにも増して一層強くなっています。

そして、モナコGP。フェルスタッペン選手の勝利から数日たった今でも、チェッカーフラッグを切った瞬間の余韻が、私の中に残っています。ついにやったという感慨と、どこか信じられないという想いが重なり、2019年のF1復帰後初勝利や、昨年のイタリアGPのガスリー選手の勝利、佐藤琢磨選手のインディ500制覇などとならび、忘れられない瞬間になりました。

なんとしても勝ちたかった伝統のモナコGP
モナコGPは、インディ500、ルマン24時間と並び、世界の三大レースとして知られ、1929年から開催されている、世界で最も権威と伝統のあるレースの一つです。

狭く滑りやすい公道で、壁際スレスレを走り抜けるストリートサーキットですので、ドライバーの腕と度胸が試される上に、ここを勝っているチームやドライバーが、シーズンを通してF1のタイトル争いを演じることが多いということもあります。伝統や格式という部分を除いても、ドライバーとチームにとって大きな意味を持つ場所ですので、F1に携わる人であれば、みんなが特別視するレースです。

今回は2015年のF1復帰以降、ホンダとして6回目のモナコGPでした。上記の理由もあり、私はここに来るたびにどこかほかのレースとは異なる緊張感をいつも感じていましたが、2015年から2017年のマクラーレン時代は我々にとって学ぶべきことが多かった一方で、現実的に勝つチャンスはなかなかありませんでした。そして、2018年のトロロッソとのパートナーシップ開始を経て迎えた、2019年。レッドブル・レーシングとの1年目とは言え、競争力のあるチームですので、本当に勝ちたいと思って臨んだレースでした。

ホンダとしてはモナコGPで1987年から92年まで6連覇を飾っており、そのうち5勝は数々のドラマを一緒に演じてきたアイルトン・セナ選手が挙げたものです。ホンダの黄金時代である第二期の象徴のような場所でもあるので、その頃の栄光に少しでも近づきたいとう想いも、非常に強かったです。

その2019年は、予選3番手のフェルスタッペン選手が、レースでも1-2体制を築くメルセデスに対して、ピット戦略で2位にポジションを上げ、チェッカーフラッグまでハミルトン選手に追いすがるという展開でした。念願の勝利がすぐ目の前まで見えているのに、手が届かないというレースだったのをよく覚えています。ハミルトン選手とメルセデスの、うまさ、強さを改めて感じましたし、その後のシーズンでも、彼らは高い壁になって我々に立ちはだかりました。 (最終的にフェルスタッペンは2位でフィニッシュも5秒加算ペナルティにより結果は4位)

ホンダとしては最後のモナコ、勝ちに行きました
昨年はコロナ禍の影響により、1955年にF1レースとして始まって以来66年ぶりにモナコGPの開催がなく、撤退を決めた私たちにとっては、今年が本当に最後のチャンスでした。ホンダの歴史として「モナコで勝った」という事実を刻みたいという思いがより一層強い形で現場に来ましたし、ここまでのメルセデスとの拮抗したシーズンを見ていると、「今年は行けるのでは?」という想いもありました。

私たちが宿泊するホテルからサーキットまでは徒歩15分ほどの道のりで、例年は、そこがファンで埋め尽くされています。夜のパーティーも含めて非常に華やかなお祭り騒ぎのレースですが、今年はコロナ禍の影響でそういったものはなく、ファンの熱気を感じられなかった寂しさはありました。今回はホスピタリティスペースの規模も小さく例年と設備が異なっていたため、Red Bullのモナコ勝利後恒例のプールへのジャンプができなかったことも心残りでしたね笑

それでも、モナコの優雅な街並みや湾内に居並ぶ数多のクルーザーと狭い壁に囲まれたサーキットを見ると、私たちを強く奮い立たせるものがありました。いつ来てもF1を戦うものにとっては心が躍る、モナコはそんな場所だと改めて感じました。

コース幅が狭いモンテカルロ市街地コースは、オーバーテイクが非常に難しいサーキットとしても知られていますので、勝ちたいのであればポールポジションや2番グリッドという場所からスタートを切ることが非常に大事になります。そして迎えた今年の予選。そこまでフェルスタッペン選手は悪くない手ごたえで来ていたので、ポールポジションを取れるチャンスはかなり大きいと思っていました。

予選では”幻のポール”となるも、レースでは完勝
予選では、勝負の時を見据え、チームが毎回完璧な出走タイミングとともにフェルスタッペン選手を送り出していました。フェルスタッペン選手もそれに応えるように、パーフェクトにタイヤに熱を入れ、マシンのバランスも含めて完璧と言える状態で予選Q3の最後のアタックに臨みました。

その前にフェラーリのルクレール選手がトップタイムを出しており、暫定2番手で臨んでいましたが、フェルスタッペン選手の2番手タイムを刻んだラップは、あくまでも3週目の最後のアタックを想定して、タイヤをマネージメントしたラップタイムだったので、最後にトップタイムを出せると考えていました。

そして、そのアタックでは、実際にセクター1を最速タイムで駆け抜けていきました。それだけに、セクター2走行中に前を走るルクレール選手がクラッシュし、その時点で赤旗が出たまま予選終了。2番手スタートが確定した際は本当にがっかりしていました。

自分たちがベストと思えることをすべて完ぺきにできた予選でしたので、私たちの中では、あれは「幻のポール」だったと思っています。一方で、狭いモナコですので予選中の赤旗のリスクはチームも十分に頭に入っていたはずですし、そのリスクも背負った上での戦略、予選でしたので、「これもまたレースの厳しさだ」と感じた部分もありました。

翌日のレースでは、スタート直前にポールポジションのルクレール選手がトラブルにより出走せずということになり、最前列にはフェルスタッペン選手一人という形になりました。私もガレージからスクリーンでルクレール選手がスタートできるかどうかを見守っていましたが、その間にも日本を含めて、社内外、いろいろな人たちからメッセージが届いたりしており、みんな同じようにハラハラとした思いでレースを観ているんだなと感じました。

実際のレースでは、フェルスタッペン選手がきっちりと1コーナーで後ろから迫る相手を抑え、その後も終始2番手との差をコントロールしながら勝つという、非常に安定した展開になりました。フェルスタッペン選手のパフォーマンスは、今回改めて言うまでもなく特別なものがあります。予選では「ここでまとめきらなくてはいけない」というときに確実に最高のパフォーマンスを出しますし、レースでもとてもクレバーに、攻めるときと抑えるときをコントロールしながら23歳とは思えない非常に成熟した走りを見せています。

セナ選手とフェルスタッペン選手が重なり…
奇しくも今回、ホンダとして第二期のセナ選手以来のモナコでの勝利を挙げることができたのですが、私にはいつもフェルスタッペン選手とアイルトン・セナの存在が重なって見えています。走りもセナ選手に似たすごさを感じますし、ホンダにとっては非常に特別なドライバーです。

もう少し長いこと一緒に戦えたらという想いもありますが、それでも、今回彼にとってのモナコでの初勝利・初表彰台という特別な瞬間をサポートできたことは、本当に嬉しく思っています。まだ23歳と若いので、セナが残しているモナコでの6勝という記録に並び、追い越す可能性を十分に持っていますし、今回その一歩を踏み出す礎となれたことにも喜びを感じています。

もちろん、フェルスタッペン選手の走りの裏では、サーキットやファクトリーにいるRed Bullとホンダのエンジニアたちが、それぞれの瞬間ごとに最適な判断を下しながらフェルスタッペン選手を支えているという事実が存在しています。「ただ走っている」ようにみえても小さな課題やトラブルというのはどんな時でもつきものですので、彼らにとって「簡単なレース」などというものは一つもないはずです。そんな中でも、今回完璧にフェルスタッペン選手をサポートできたという意味で、フェルスタッペン選手はもちろん、チームの全員が素晴らしい仕事をしたと感じています。

モナコで勝つことの意義
特にこの難しいモナコで勝つためには、ドライバーのスキル、チームのレース戦略、ピット作業の速さ、それにパワーユニットのパワーとドライバビリティー(即応性)といった総合力が求められます。

したがって、ここで勝てたことはレッドブル・レーシング・ホンダとして本当に大きな自信につながりますし、この後のアゼルバイジャンをはじめとして、この先の長く難しいシーズンでチャンピオンシップ争いをしていく上で、さらにチーム全体の士気を高めてくれるものになりました。本当に、全員にとって格別の勝利になりました。

ホンダで言えば、今年はHRD-SakuraとHRD-UKが本当に素晴らしい新型パワーユニットを開発し、非常に高い競争力を見せてきました。今回の勝利も含め、ここまでのメルセデスといい勝負ができていますし、改めて最終年に強い思いで臨み、短期間で集大成とも言えるパワーユニットを投入してくれたエンジニア・メカニックたちの努力に対し、本当に頭が下がる思いです。今回のモナコでの29年ぶりの勝利は、彼らの努力の賜物でもあると感じています。

30年ぶりのポイントリーダー
もう一つ、モナコでの勝利とは別で今回特別だったことは、ドライバーおよびコンストラクターズのチャンピオンシップでフェルスタッペン選手とレッドブル・レーシング・ホンダがトップに立ったことです。こちらもホンダF1としては1991年以来30年ぶりの快挙です。

F1復帰以降、苦節7年目にしてようやく本当にチャンピオンシップ争いをできるチームとなり、実際にトップに立てたことに対する感慨はとても大きいです。今回のレースでも、フェルスタッペン選手の優勝のほかにチームメイトのペレス選手が4位、Scuderia Alphatauriのガスリー選手が6位で、トップ6にホンダ勢の3名が入っています。2つのチームと一緒に前進を続け、本当に強くなることができましたし、我々のエンジニア・メカニックたちが成し遂げてきたことの大きさを誇りに感じています。

シーズンはまだまだこれから。最後まで走り切ります
レッドブル・レーシング・ホンダとしては、シリーズランキングでトップに立ったとは言え、ライバルに対してかなりの僅差です。なにより長いシーズンはまだわずか5戦を終えたのみですし、最後にこの場所に立っていなければ何も意味がありません。開幕時にアップされた我々の動画にもありましたが、ホンダメンバーの全員がラストイヤーを「最後まで走り切る。さあ、見てろよ。」という覚悟で戦っています。ここで歴史を残してこそ、ホンダの「The Power of Dreams」をみなさんに見せられるはずだと思っています。

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カテゴリー: F1 / ホンダF1 / レッドブル・レーシング / F1モナコGP