ホンダF1 特集:本橋正充が語るアルファタウリとの50戦目の節目
アルファタウリ・ホンダでパワーユニット(PU)のチーフエンジニアを務めるホンダF1の本橋正充が、トロロッソ時代から数えてチームと迎える50戦目について語った。

本橋正充は、ホンダF1の現場監督である田辺(豊治)の下で、アルファタウリ側のPUオペレーションの管理・統括している。

ファクトリーにいるホンダF1の開発陣が懸命に作ったPUのパフォーマンスをサーキットで最大限発揮するため、信頼性とパフォーマンスのバランスを取りながらサーキットやレース状況に合わせて適切に稼働させることが、トラックサイド(サーキット現場)にいる現場にいるメンバーの役割となる。

2018年、新パートナーシップに合わせて現場復帰
記念すべき50戦目を迎える前に、これまでのアルファタウリとの歩みを自分なりに少し振り返ってみようと思っています。

ご存じの方も多いかもしれませんが、彼らとのパートナーシップを開始したのは2018年のこと。もう3年目かということを思うとあっという間な気もしますが、濃密な2年半でもありました。2015年のF1復帰から2017年までの3年間、非常に苦しい状況にあったホンダとしては、2018年は新たなパートナーシップとともに再起をかけた一年でした。また、2017年までHRD-Sakuraでエンジンベンチを回して開発側にいた私にとっては、田辺テクニカルでディレクターとともに第三期(2008年)以来のサーキット現場での仕事となりました。

復帰当初からホンダ F1の一員ではあったものの、開発とトラックサイドの仕事ではその進め方やスピード感が大きく異なるため、ホンダとして苦境にある状況下での久々のトラックサイド復帰は、私にとってはプレッシャーでもありました。

”仲間”として迎え入れたくれたトロロッソ
実際に仕事を始めてみると、第三期とは働き方が異なる部分もありました。しかし、そんな中でもトロロッソ(現アルファタウリ)のメンバーたちは、初めから自分のことを信頼して、仲間として迎え入れてくれました。それ以降もそうなのですが、彼らのそういったオープンでポジティブな姿勢には本当に助けられましたし、感謝をしています。この空気は、イタリアのチームならではの気さくで前向きな気質や、フランツ(・トスト代表)のトップとしての度量の大きさが大きく影響しているように考えています。

2018年初走行となったフィルミングデーにて
田辺さんや山本さん(マネージングディレクター) をはじめとして、ほぼすべてのホンダのメンバーが同じことを言いますが、あの時、トロロッソが苦境にあったホンダを信頼し、パートナーとして受け入れてくれたこと、そしてその後もアップダウンを共に経験しながら前進したことなくしては、現在に至るホンダ F1の進化はあり得なかったと思っています。今思うと、このパートナーシップ締結は、本当に我々が必要としているときに、最も理想とする人たちが仲間になってくれたという感じもしており、その絶妙な相性とタイミングを思うと、どこか不思議な縁さえも感じます。

そのころは少しうつむきがちだった私たちに「大丈夫。お前らならできる!」と、いつも背中を押してくれるような関係で、彼らとでなければ、私たちはここまで前進できていなかったかもしれません。

うれしさも悔しさも分かち合える関係
2018年のこととしてまず思い出すのは、第2戦、バーレーンGPでガスリー選手が4位を獲得したときのレースでしょうか。それまでの3年間、ホンダとしての最高位は5位、それも2回だけだったことを考えると、いきなり2戦目で表彰台まであと一歩となる4位入賞は、私たちにとって大きな驚きと喜びを伴うものでした。

その時にも強く感じたのですが、彼らとは企業同士というよりは、喜怒哀楽を一緒に過ごすことができる家族のような存在であるような気がしています。マネジメント、エンジニア、メカニック、広報など、役割の違いや役職の高低を問わず、ホンダとアルファタウリのメンバーは非常に強い信頼で結びついていて、うれしさも悔しさもみんなで一緒に共有する関係です。

あのとき、バーレーンの4位で感じた「みんなで一緒に喜ぶ」という感覚は、それなりのレース経験がある自分にとってもどこか新鮮で、本当にいい仲間たちと仕事ができていると実感した瞬間でした。第三期でもそのような雰囲気はありましたが、それよりもさらにもっと親近感があって、本当に家族のような関係性だと思っています。こういうオープンな雰囲気がホンダの気質にとても合っていますし、いいチーム、いいパートナーだなと感じています。

苦戦が続いても一緒に前を向いて
2018年はその後しばらく苦しい成績が続いたのですが、そんな時でもどちらかが「俺たちのせいではない」というような言い方をすることは絶対になく、双方がいつも「一緒に乗り越えて行こう」という姿勢でした。 私自身もチームメンバーから”We win together, We lose together”(勝つときも負けるときも、一緒だ)とよく言われていたことを覚えています。成績が出ないときも常に前を向いていましたし、そういったところでも本当に助けられました。

2018年でもう一つよく覚えていることは、日本GPを前にロシアGPで投入した”スペック3”の導入に至るまでの経緯です。当時、シーズンを通して進化を遂げていたとはいえ、まだ私たちのPUのパフォーマンスはライバルに大きく水をあけられている状況でした。それに対して、”スペック3”はそれなりに大きな性能の進化を図るとともに、燃焼コンセプト面でも現在まで使用しているPUの礎になったものだったので、その投入には大きな意味がありました

ある意味勝負のPUだったのですが、一方で投入に向けて技術面や時間的な制約が非常に厳しい状況でした。そんな中でもトロロッソのメンバーはSpec 3導入のために、我々を懸命にサポートしてくれました。サプライヤーとして私たちが持ち込んだというよりは、導入のために彼らも全力で汗水たらして一緒に作業を続けてくれたという感じです。タイトな時間の中でのオペレーションは、F1では常ですが、あのときはことさら難しい状況かつ大切なタイミングでしたので、そんなときでも私たちの話を真摯に聞きながらそれを受け入れてくれたことはうれしく思いました。

2チーム供給体制でもより強固な信頼関係に
続く2019年、ホンダの新たな仲間としてRed Bull Racingが加わり、ホンダにとってはF1復帰後初の2チーム供給という、新たなチャレンジの年でした。私は引き続きトロロッソとともに仕事を続けますが、それまでとの大きな違いは、テクニカルディレクターである田辺さんがトロロッソのみでなくRed Bullも管轄する形となったことでした。田辺さんはこれまでのようにトロロッソにかかり切りという状況ではなくなったため、自然と私が決断しなければならない事項が増えました。そんなときでも、トロロッソ側のパートナーであるエンジニアのジョナサン(・エドルズ/チーフエンジニア)やジョディ(・エジントン/テクニカルディレクター)は私の決定を信頼してくれていましたし、懸念や相談があるときはきちんと話を聞き、一緒に適切な回答を導き出してくれました。

2019年はシーズン前半こそ苦しかったものの、結果的に2度の表彰台を獲得することができました。雨で荒れたレースの中、クビアト選手の走りとチームの作戦が奏功して3位表彰台を得た第11戦のドイツGPは、荒れるレースを想定していたもののまさか表彰台とは思わず、嬉しさと驚きが混ざったものになりました。

一方で、徐々にマシンのポテンシャルを引き出せてきていた状況下、降雨で非常に荒れたレース展開でもエンジニア・メカニックの全員が的確な判断を下したうえで勝ち取った表彰台だったことも間違いありません。チーム全体がきちんと機能していた状況を見て「このチーム、すごいな。まだまだポテンシャルがある」と強く感じたことを覚えています。

ブラジルでの1-2フィニッシュは、一生忘れられない
そして、第20戦ブラジルGP。優勝したRed Bullのフェルスタッペン選手とともに、ガスリー選手が2位に入り、ホンダのPUが1-2フィニッシュを果たした忘れられないレースです。

ホンダとして非常に成長を感じたことはもちろんでしたが、なによりトロロッソが2位ということが本当にうれしくて、感慨もひとしおでした。最終周のストレートでガスリー選手がメルセデスのハミルトン選手を振り切ったシーンはF1の歴史に残るものになると思いますし、ファンのみなさんはもちろん、ホンダのメンバーとしても一生忘れられない瞬間になりそうです。

チームとしても、ホンダとしても「やればできるんだ」と感じられたレースでした。

2020年、新生アルファタウリとともに
そしてトロロッソあらためアルファタウリとして迎えた2020年。鮮やかなブルーとシルバーのマシンやチーム名がなくなることに少し寂しい気持ちもありましたが、新たにデビューした白と紺ベースのマシンやガレージはまた別の意味でとてもカッコよく、いまはとても気に入っています。

オフシーズンはかつてなく順調に進んだ一方で、オーストラリアでの開幕戦が新型コロナウィルス感染拡大の影響でキャンセルとなるなど、難しい時間も続きました。そんな中でもチームとは常に連携を取っていましたし、いつ再開しても大丈夫というように準備を進めていました。

最初の3連戦くらいは従来の中団が少しばらけ始めた印象で、その中でアルファタウリは少し苦戦していたところもありました。ただ、ここ数戦はマシンのポテンシャルをうまく引き出せている印象で、激戦となっている中団で浮上していくチャンスはあると感じています。クビアト選手、ガスリー選手ともに速さを見せられているので、あとはこれを確実にポイントに繋げていくことが大切になります。

特にガスリー選手がここ数戦非常に調子がいい様子ですが、彼とは一緒に3年仕事をしてきて、彼自身も成長しているように思っています。時間を経るごとにきちんと自分の意見を主張するようになってきていますし、PUについての要求も以前に比べてより細かく、高いレベルのものを求めるようになったと感じています。

我々としてもその要望にきちんと応えられるようにしなくてはいけませんし、チーム・ドライバーとともに一緒に成長を遂げられればと思っています。

さて、これからいよいよ50戦目を迎えます。どのような結果になるにせよ、節目のレースで悔いが残らないよう、全力で臨みたいと思います。

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カテゴリー: F1 / ホンダF1 / トロロッソ / F1イタリアGP / スクーデリア・アルファタウリ