ホンダF1 特集:高地レースでの戦い方
ホンダF1のF1副テクニカルディレクターを務める本橋正充が、高地でのレースとなったF1メキシコGPの戦い方について解説した。
標高約2,300mという超高地で開催されるメキシコGP。ここにはTV中継からは分かりづらい厳しさがあった。通常、日差しが強くて気温が高かったり、大雨が降ってウエットコンディションになったりというのは、画面を見ていても分かりやすいものだが、メキシコシティでは目に見えない負担が降りかかった。
開催地であるアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスの標高は2,285mで、F1全開催地の中で最も高い場所にあるサーキット。高地では酸素が薄くなることから、ここでは階段を昇っていくだけで、頭がフラフラしてしまうこともあるほど。
本橋正充は、エンジニアたちの身体的な負荷についてこう語る。
「正直、すごくしんどいです(笑)。高地では疲れやすくなりますし、メキシコGPはアメリカGPからの連戦というタイトなスケジュールですから。でも、現場でしっかりと自分の役割を果たすためには、体調管理も万全にしておかなければいけません」
「実は、毎日トレーニングを行って体力を維持しているエンジニアもいます。F1の世界で働くには、フィジカル面も重要ですから。頭を使う仕事に思われがちですが、体力面の充実も欠かせないんです」
働く人々への影響と同様に、マシンの各所にも高地が影響を及ぼし、パワーユニットのパフォーマンスも変化する。燃料と混合して燃える酸素の濃度が、平地とは変わるため、燃焼面に影響が出る。
酸素と燃料の混合比率を「空燃比」というが、これを適正値にして燃焼させるために、PUのコンプレッサーから内燃機関(ICE)の燃焼室へ送り込む空気の量を調整している。この設定が、メキシコでは独特なものとなる。
本橋正充は「高地では酸素濃度がかなり低いので、適切な空燃比にするためにコンプレッサーをより多く稼働させる必要があります」と語る。
「きちんと燃焼させるためにICEに送りこむ酸素量には目標値を定めています。酸素濃度が低ければ、ICEへ送り込む空気を増やさなければならず、コンプレッサーの稼働を増やすために、コンプレッサーをより高速で回転させることになります」
もし、メキシコでコンプレッサーを前戦のオースティンと同じレベルで稼働させれば、明らかに出力が落ちることになる。しかし、コンプレッサーの回転が増えると、今度はまた違った影響が出てきてしまうことになる。
「コンプレッサーを高速回転させると、信頼性の面で大きな影響が出てきます。遠心力によってコンプレッサーとタービンの軸には大きな負荷がかかるからです」
「また、これはパフォーマンス面にも影響があり、コンプレッサーの負荷が大きいと、送り込まれる空気の温度も上昇します。これが、燃焼タイミングのズレ、すなわち“ノッキング”を引き起こすので、回避するために出力を下げる必要が出てきます」
大部分のレースが平地で開催されるため、メキシコの環境を念頭に置いたパワーユニット開発が行われることはほとんどない。したがって、運用面を変えて最適なパフォーマンスを引き出すしかなく、レースに向けて特別な準備が必要となる。
「ハード面は他の開催地と同じなので、メキシコの高地に合わせた特別な調整が必要になります。ダイナモ上での作業になりますが、実際と似たコンディション下で調整を進めることができるように、メキシコの環境を再現して送り込む空気の気圧を下げます」
「さらに条件を変えて、コンプレッサーとタービンの効率をあえて落とすこともあります。そうするとMGU-Hのパワーなど電力部分もチェックをして、どんな影響を受けるのかを確認しなければなりません。このように、燃焼面だけでなく、エネルギーマネジメントにおいてもテストを行うので、準備は膨大なものになります」
しかし、高地の影響はパワーユニットだけにとどらない。マシンの空力面でも、空気が薄くなることでダウンフォースがかなり減少し、ウイングを最大に立てても高速コースのイタリア・モンツァと同レベルのダウンフォースしか得られず、直線でのスピードは速くなる。また、空気の密度が低いために通常よりも車体やPUの冷却効果が低いという特徴もある。
そこで、メキシコに向けてパワーユニットの調整を行ったあとは、トロロッソと連携して、空力のパフォーマンスを損なわないようにしつつ、冷却面も含めたトータルのセットアップをしていかなければならない。
「高地では薄い空気を取り込むことになるので、当然、影響は冷却面にも大きく出ますが、空力面との兼ね合いを考慮しなければなりません。水温や油温への負荷を気にしつつ、チームと協力してボディワークのセッティングを進めていきます」
ターン1へ向かうストレートはかなり長く、ドライバーは1.2kmにわたってフルスロットルで走行するため、トップスピードも高くなる。このように全開時間が長いコースでは、高地でなくともPUのパフォーマンスが重視されるが、本橋正充はタイトでツイスティなコースであってもPUへの負荷を軽視できるわけではないと語る。
「ロングストレートでは、PUへの負荷も大きくなりますが、ここがモナコのようなコースであったとしても負荷が軽くなるわけではなく、コンプレッサーやタービンの稼働を増やす必要があると考えています」
「メキシコはカレンダーの中でも特殊ですから、気候に合わせた対策が必須です。オーストリアやブラジルも標高は高いのですが、メキシコほどの負荷にはなりません」
メキシコでのチャレンジは、最も過酷なレース環境を戦い抜くということであり、標高だけでなく、超えるべきハードルも高いのだと言えそうだ。
カテゴリー: F1 / ホンダF1
標高約2,300mという超高地で開催されるメキシコGP。ここにはTV中継からは分かりづらい厳しさがあった。通常、日差しが強くて気温が高かったり、大雨が降ってウエットコンディションになったりというのは、画面を見ていても分かりやすいものだが、メキシコシティでは目に見えない負担が降りかかった。
開催地であるアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスの標高は2,285mで、F1全開催地の中で最も高い場所にあるサーキット。高地では酸素が薄くなることから、ここでは階段を昇っていくだけで、頭がフラフラしてしまうこともあるほど。
本橋正充は、エンジニアたちの身体的な負荷についてこう語る。
「正直、すごくしんどいです(笑)。高地では疲れやすくなりますし、メキシコGPはアメリカGPからの連戦というタイトなスケジュールですから。でも、現場でしっかりと自分の役割を果たすためには、体調管理も万全にしておかなければいけません」
「実は、毎日トレーニングを行って体力を維持しているエンジニアもいます。F1の世界で働くには、フィジカル面も重要ですから。頭を使う仕事に思われがちですが、体力面の充実も欠かせないんです」
働く人々への影響と同様に、マシンの各所にも高地が影響を及ぼし、パワーユニットのパフォーマンスも変化する。燃料と混合して燃える酸素の濃度が、平地とは変わるため、燃焼面に影響が出る。
酸素と燃料の混合比率を「空燃比」というが、これを適正値にして燃焼させるために、PUのコンプレッサーから内燃機関(ICE)の燃焼室へ送り込む空気の量を調整している。この設定が、メキシコでは独特なものとなる。
本橋正充は「高地では酸素濃度がかなり低いので、適切な空燃比にするためにコンプレッサーをより多く稼働させる必要があります」と語る。
「きちんと燃焼させるためにICEに送りこむ酸素量には目標値を定めています。酸素濃度が低ければ、ICEへ送り込む空気を増やさなければならず、コンプレッサーの稼働を増やすために、コンプレッサーをより高速で回転させることになります」
もし、メキシコでコンプレッサーを前戦のオースティンと同じレベルで稼働させれば、明らかに出力が落ちることになる。しかし、コンプレッサーの回転が増えると、今度はまた違った影響が出てきてしまうことになる。
「コンプレッサーを高速回転させると、信頼性の面で大きな影響が出てきます。遠心力によってコンプレッサーとタービンの軸には大きな負荷がかかるからです」
「また、これはパフォーマンス面にも影響があり、コンプレッサーの負荷が大きいと、送り込まれる空気の温度も上昇します。これが、燃焼タイミングのズレ、すなわち“ノッキング”を引き起こすので、回避するために出力を下げる必要が出てきます」
大部分のレースが平地で開催されるため、メキシコの環境を念頭に置いたパワーユニット開発が行われることはほとんどない。したがって、運用面を変えて最適なパフォーマンスを引き出すしかなく、レースに向けて特別な準備が必要となる。
「ハード面は他の開催地と同じなので、メキシコの高地に合わせた特別な調整が必要になります。ダイナモ上での作業になりますが、実際と似たコンディション下で調整を進めることができるように、メキシコの環境を再現して送り込む空気の気圧を下げます」
「さらに条件を変えて、コンプレッサーとタービンの効率をあえて落とすこともあります。そうするとMGU-Hのパワーなど電力部分もチェックをして、どんな影響を受けるのかを確認しなければなりません。このように、燃焼面だけでなく、エネルギーマネジメントにおいてもテストを行うので、準備は膨大なものになります」
しかし、高地の影響はパワーユニットだけにとどらない。マシンの空力面でも、空気が薄くなることでダウンフォースがかなり減少し、ウイングを最大に立てても高速コースのイタリア・モンツァと同レベルのダウンフォースしか得られず、直線でのスピードは速くなる。また、空気の密度が低いために通常よりも車体やPUの冷却効果が低いという特徴もある。
そこで、メキシコに向けてパワーユニットの調整を行ったあとは、トロロッソと連携して、空力のパフォーマンスを損なわないようにしつつ、冷却面も含めたトータルのセットアップをしていかなければならない。
「高地では薄い空気を取り込むことになるので、当然、影響は冷却面にも大きく出ますが、空力面との兼ね合いを考慮しなければなりません。水温や油温への負荷を気にしつつ、チームと協力してボディワークのセッティングを進めていきます」
ターン1へ向かうストレートはかなり長く、ドライバーは1.2kmにわたってフルスロットルで走行するため、トップスピードも高くなる。このように全開時間が長いコースでは、高地でなくともPUのパフォーマンスが重視されるが、本橋正充はタイトでツイスティなコースであってもPUへの負荷を軽視できるわけではないと語る。
「ロングストレートでは、PUへの負荷も大きくなりますが、ここがモナコのようなコースであったとしても負荷が軽くなるわけではなく、コンプレッサーやタービンの稼働を増やす必要があると考えています」
「メキシコはカレンダーの中でも特殊ですから、気候に合わせた対策が必須です。オーストリアやブラジルも標高は高いのですが、メキシコほどの負荷にはなりません」
メキシコでのチャレンジは、最も過酷なレース環境を戦い抜くということであり、標高だけでなく、超えるべきハードルも高いのだと言えそうだ。
カテゴリー: F1 / ホンダF1