トヨタがTF109で仕掛けた“偽フロントウイング” F1ライバルを欺いた舞台裏

この撤退は、無制限に近い予算が投入されていた「過剰な時代」の終焉を象徴する出来事でもあった。
トヨタはケルンの拠点に最新鋭の風洞を2基保有し、24時間体制で稼働させていた。空力部門のオフィスは、その2基の風洞をまたぐ橋の上に設けられ、常に新しいアイデアが実験に投入されていた。
TF109の開発過程で生まれた数多くのアイデアの中に、後にF1の空力設計史に残る“欺瞞”があった。その中心人物が、当時若手だったCFDエンジニア、サミー・ディアシノスだ。
ディアシノスはオーストラリア出身のCFDエンジニアで、トヨタF1加入時は空力分野で博士課程を修了したばかりだった。研究テーマは、フロントウイングと前輪の相互作用。従来は個別に研究されることが多かった2つの要素を、CFDと風洞試験を組み合わせて包括的に解析するという、当時としては最先端のアプローチだった。
彼が航空宇宙工学を志したきっかけは、ハーベイ・ポスルスウェイトの助言だった。ヘスケス、ティレル、フェラーリ、ホンダで活躍した名エンジニアは、専門誌で「F1を目指す学生の理想的な進路」を示しており、それをディアシノスは忠実に実行した。
「F1を見て育った普通のティーンエイジャーだった。ドライバーになりたいとは思わなかった。設計したかったんだ」とディアシノスは語る。
「レースカー・エンジニアリング誌を読み、ポスルスウェイトが書いていた進路をそのまま辿った。航空宇宙工学を学び、車両力学か空力で博士号を取る。それがF1への近道だと書かれていた」
高校時代から模型車両をいじり、ワールド・ソーラーカー・チャレンジにも参加。大学ではニューサウスウェールズ大学のソーラーカーチームを率いたが、博士課程に進む条件としてプロジェクトからは一度離れることになった。
その代わり、彼は地元のモータースポーツ界に飛び込み、フォーミュラ4000や当時のV8スーパーカー下部カテゴリーでレースエンジニアとして活動する。報酬はなく、経験を積むための完全なボランティアだった。
その学術的成果と現場経験が評価され、2007年、トヨタF1のCFDエンジニアとしてヨーロッパに渡ることになる。
2009年シーズンを前に、FIAは大幅なレギュレーション変更を導入した。フロントウイングは前輪と完全にオーバーラップする形状が認められ、これはディアシノスが博士論文で研究してきたテーマそのものだった。
「僕の博士研究は、フロントウイングと前輪がどの程度重なるか、その影響を調べることだった。完全に重ならない状態から、完全に重なる状態まで、迎角や高さを変えて解析していた」
「2009年のルールは、まさにそれを現実のマシンでやることを要求してきた。完璧なタイミングだった」
彼はフロントウイング開発チームの一員となり、新しいエンドプレートのコンセプトを提案する。ダブルディフューザーが注目を集めていた時代だが、トヨタはフロントウイングでも独自の解を持ってシーズンを迎えようとしていた。
しかし、トヨタのエンジニアたちは分かっていた。革新的なパーツは、姿を見せた瞬間からライバルに解析され、コピーされるということを。
そこで彼らが選んだのが、“偽物”だった。
TF109の発表時、マシンに装着されていたフロントウイング・エンドプレートは、実戦用ではなかった。ディアシノス自身が、過去に失敗したアイデアを寄せ集め、もっともらしく仕上げたダミー仕様だった。
「マネジメントから、ローンチ用の偽エンドプレートを作ってほしいと言われた。実際に機能しなかった案を全部組み合わせて、洗練されたように見せた」
「3Dプリンターで巨大なエンドプレートを作って、発表用のマシンに装着した」
ローンチからわずか3日後、ポルトガルのアルガルヴェで行われたシェイクダウンで、TF109はまったく異なる本物のエンドプレートを装着して走行した。
「他チームにいる友人たちから『いい仕事したな、あのエンドプレート』って言われたよ。1週間後に本物が出てくるとは知らずにね」
現在も出回っているTF109の写真の多くは、この偽物エンドプレートを装着した姿だという。

2009年のプレシーズンテストで、トヨタはダブルディフューザーだけでなく、フロントウイングも覆い隠した唯一のチームだった。それほど、このエンドプレート設計は重要だった。
この種の情報戦は、F1では珍しいことではない。ライバルの開発リソースを誤った方向に誘導し、時間と資金を浪費させるための“競争の一部”だ。
近年では実車ではなくCGレンダーが使われ、意図的に簡略化されたり、旧世代の仕様が描かれたりすることも多い。
「風洞とCFDに制限がなかった時代にF1で働けたのは、本当に幸運だった」とディアシノスは振り返る。
「トヨタでは2基の風洞が24時間動いていた。試すアイデアがなければ、風洞は回せない。だから多少突飛でも、どんどん試させてくれた」
「最初にスロット付きエンドプレートを描いたとき、マネージャーは『これは機能しない』と言った。でもクラスタに投げてみたら、実際に機能した」
2009年以降、スロットギャップはフロントウイング設計の標準的要素となり、前輪周辺の流れを制御するための重要な手段として定着していく。
その後、ディアシノスはウィリアムズに移籍。CFDと風洞の両方に精通したエンジニアとして、両者を結びつける役割を担った。
「当時はCFDと風洞が完全に分断されていた。僕はその橋渡しができた」
アンダーノーズのターニングベーンを“単なるダウンフォース部品”ではなく、フロントウイングとフロアをつなぐ調整装置として再定義し、実際にマシンに反映させた。
その後移籍したケータハムでは、別の教訓を得ることになる。空力改善を狙ってステアリングラックを下げた設計が、致命的なブレーキ冷却不足を招いたのだ。
「それは完全に僕のミスだった。風洞では良かった。でも、ブレーキ冷却への影響を理解していなかった」
その判断は2年にわたってチームを苦しめることになる。
現在、ディアシノスはマッコーリー大学で機械工学の上級講師として、次世代のエンジニアを育てている。CFDと空力に関する研究も続け、F1で得た経験を教育と研究に還元している。
F1から離れた今も、彼の情熱は変わらない。TF109の“フロントウイングの欺瞞”は、限界なき時代のF1が生んだ、知略と創造性の象徴として語り継がれている。
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