F1チーム列伝:レッドブル・レーシングの歩み
レッドブル・レーシングは2004年末に誕生して以来、大きな発展を遂げてきた。その輝かしい足跡を振り返る。
スポンサーとしてF1に関与していたレッドブルは、2004年末にフォードからシャガー・レーシングを1ドルで購入。F1未経験のクリスチャン・ホーナーをチームプリンシパルに据えてレッドブル・レーシングが始動した。
2005年シーズンからF1に参戦したレッドブル・レーシングは、その後4年をかけて成功の基盤を築いていった。彼らは“空力の奇才”エイドリアン・ニューウェイをはじめとする有能なスタッフを次々と雇用しながら、強豪チームに肩を並べられるレベルまで規模を拡大していった。
そのスタッフの多くはチャンピオン経験者だったが、当時成長中だったこのチームは外部からの人材獲得だけに注力していたわけではなく、チーム内の昇格も積極的に行なっていた。レッドブル・レーシングはあらゆる点でまだ若いチームだった。
チーム発足後しばらく、ドライバーラインアップは若手とベテランの組み合わせが続いた。経験豊富なデビッド・クルサードのチームメイトは、クリスチャン・クリエンやヴィタントニオ・リウッツィ、ロバート・ドーンボスなどの若手が務めた。
2006年シーズンのモナコGP、クルサードが3位を獲得し、チーム初の表彰台フィニッシュを記録。2007年シーズンからマーク・ウェバーがクルサードの僚友としてチームに加入すると、同シーズンのレッドブル・レーシングはコンストラクターズ5位を獲得した。2008年シーズンもクルサードがカナダGPで表彰台を獲得したが、コンストラクターズランキングは7位に後退した。
しかし、2009年シーズンにすべてが変わることになる。
2009年シーズンは、2008年シーズン限りで引退したクルサードの後釜としてセバスチャン・ベッテルが加入した。
レッドブル・ジュニアチーム出身のこの若きドイツ人ドライバーは、姉妹チームのスクーデリア・トロ・ロッソのマシンですでに初優勝を記録していた。
ベッテルがレッドブル・レーシングに昇格したこのシーズンは、奇しくもF1が空力レギュレーションの大幅な改訂を実施したシーズンだった。新レギュレーションの施行はチーム間の戦力格差をなくし、エイドリアン・ニューウェイ率いるレッドブル・レーシングのテクニカルチームに飛躍のチャンスをもたらした。そして、ウイニングマシンRB5が開発された。
そして、中国GPでベッテルがチームメイトのウェバーを従えて1-2フィニッシュを達成。レッドブル・レーシングに初優勝をもたらした。
続く2010年シーズン、レッドブル・レーシングは5年前に立てた目標をついに達成する。
RB6をドライブしていたウェバーとベッテルは抜群の速さを見せ、シーズン序盤からタイトル争いに加わるとシーズンを通して表彰台フィニッシュを重ね、最終戦前に初のコンストラクターズチャンピオンをチームにもたらした。
ドライバーズタイトルも、最終戦アブダビを迎えた段階でベッテルとウェバーの両方にチャンスが残っていた。そして最後はベッテルが勝利を手にし、F1史上最年少ワールドチャンピオンになった。
しかし、この素晴らしいシーズンはその後4シーズン続くレッドブル・レーシング圧勝時代の幕開けに過ぎなかった。
名門チームや強豪ドライバーが反撃し、何度か激しいタイトル争いを挑んだが、ベッテルとレッドブル・レーシングは一切寄せ付けず、2010年シーズンから2013年シーズンまでドライバーズ&コンストラクターズの両選手権を4連覇した。
しかし、2014年シーズンは、厳しい現実を味わう1年となった。このシーズンから導入されたハイブリッド・パワーユニットが従来の戦力図に変化をもたらしたのだ。馬力面で相当なハンデを負ったRB10に過去4年のようなアドバンテージはなかった。
しかし、前年限りで引退したウェバーに代わってチームに加入したダニエル・リカルドがこのマシンでシーズン3勝を記録。リカルドは4度のワールドチャンピオンを誇る僚友ベッテルをポイントと予選平均順位で上回って総合3位でシーズンを終えた。
レッドブル・レーシングにとって2014年シーズンは現実を見つめ直す1年となったが、新加入ドライバー飛躍の1年でもあった。
ベッテルが2014年シーズンを最後にチームを去ると、2015年シーズンは同じくレッドブル・ジュニアチーム出身のダニール・クビアトが加入した。クビアトもリカルドやベッテルと同様、昇格前年までスクーデリア・トロ・ロッソでスキルを磨いていた。
結局、2015年シーズンのレッドブル・レーシングはリザルトが終始安定せず、コンストラクターズ4位でシーズンを終えたが、2016年シーズンは巻き返してコンストラクターズ2位を獲得。同シーズンはリカルドが再び総合3位でシーズンを終えたが、世間の注目はマックス・フェルスタッペンに集まった。
この若きオランダ人ドライバーは、2015年シーズン第5戦からクビアトに代わってスクーデリア・トロ・ロッソから昇格すると、レッドブル・レーシングデビューレースのスペインGPでいきなり優勝し、考えうる最高の形でトップチームデビューを果たした。
リカルドもマレーシアGPで優勝したが、初ポールポジションを獲得したモナコGPでは惜しくも優勝を逃した。
さらに新たなレギュレーションが導入された2017年シーズンと2018年シーズンは、リカルドとフェルスタッペンが何度も素晴らしいドライビングを見せたが、ライバル勢にパワーで劣っていたことからチームは好不調の波を経験した。
2018年シーズン末にダニエル・リカルドがチームを離れ、2019年シーズンからはスクーデリア・トロ・ロッソからピエール・ガスリーが昇格。エンジンはルノーに代えてホンダを搭載。第13戦ハンガリーGPからは期待した成績を収められなかったガスリーに代わって、アレクサンダー・アルボンがトロロッソから昇格。レッドブル・レーシングはまた大きな変化を迎えた。
序盤こそ新しいフロントウイング規則の最適化に苦労したレッドブル・レーシングだが、ホンダF1がスペック3を導入した第10戦フランスGPから風向きが変わった。そして、第11戦オーストリアGPでマックス・フェルスタッペンがシーズン初勝利。これはホンダのF1にとって13年ぶりの勝利だった。さらに第13戦ハンガリーGPではフェルスタッペンがポールポジションを獲得。これもホンダのF1エンジンにとっては13年ぶり。最終的に3勝を挙げたレッドブル・ホンダはコンストラクターズ選手権3位で終了。2020年のタイトル奪還にむけて礎を築いた。
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング
スポンサーとしてF1に関与していたレッドブルは、2004年末にフォードからシャガー・レーシングを1ドルで購入。F1未経験のクリスチャン・ホーナーをチームプリンシパルに据えてレッドブル・レーシングが始動した。
2005年シーズンからF1に参戦したレッドブル・レーシングは、その後4年をかけて成功の基盤を築いていった。彼らは“空力の奇才”エイドリアン・ニューウェイをはじめとする有能なスタッフを次々と雇用しながら、強豪チームに肩を並べられるレベルまで規模を拡大していった。
そのスタッフの多くはチャンピオン経験者だったが、当時成長中だったこのチームは外部からの人材獲得だけに注力していたわけではなく、チーム内の昇格も積極的に行なっていた。レッドブル・レーシングはあらゆる点でまだ若いチームだった。
チーム発足後しばらく、ドライバーラインアップは若手とベテランの組み合わせが続いた。経験豊富なデビッド・クルサードのチームメイトは、クリスチャン・クリエンやヴィタントニオ・リウッツィ、ロバート・ドーンボスなどの若手が務めた。
2006年シーズンのモナコGP、クルサードが3位を獲得し、チーム初の表彰台フィニッシュを記録。2007年シーズンからマーク・ウェバーがクルサードの僚友としてチームに加入すると、同シーズンのレッドブル・レーシングはコンストラクターズ5位を獲得した。2008年シーズンもクルサードがカナダGPで表彰台を獲得したが、コンストラクターズランキングは7位に後退した。
しかし、2009年シーズンにすべてが変わることになる。
2009年シーズンは、2008年シーズン限りで引退したクルサードの後釜としてセバスチャン・ベッテルが加入した。
レッドブル・ジュニアチーム出身のこの若きドイツ人ドライバーは、姉妹チームのスクーデリア・トロ・ロッソのマシンですでに初優勝を記録していた。
ベッテルがレッドブル・レーシングに昇格したこのシーズンは、奇しくもF1が空力レギュレーションの大幅な改訂を実施したシーズンだった。新レギュレーションの施行はチーム間の戦力格差をなくし、エイドリアン・ニューウェイ率いるレッドブル・レーシングのテクニカルチームに飛躍のチャンスをもたらした。そして、ウイニングマシンRB5が開発された。
そして、中国GPでベッテルがチームメイトのウェバーを従えて1-2フィニッシュを達成。レッドブル・レーシングに初優勝をもたらした。
続く2010年シーズン、レッドブル・レーシングは5年前に立てた目標をついに達成する。
RB6をドライブしていたウェバーとベッテルは抜群の速さを見せ、シーズン序盤からタイトル争いに加わるとシーズンを通して表彰台フィニッシュを重ね、最終戦前に初のコンストラクターズチャンピオンをチームにもたらした。
ドライバーズタイトルも、最終戦アブダビを迎えた段階でベッテルとウェバーの両方にチャンスが残っていた。そして最後はベッテルが勝利を手にし、F1史上最年少ワールドチャンピオンになった。
しかし、この素晴らしいシーズンはその後4シーズン続くレッドブル・レーシング圧勝時代の幕開けに過ぎなかった。
名門チームや強豪ドライバーが反撃し、何度か激しいタイトル争いを挑んだが、ベッテルとレッドブル・レーシングは一切寄せ付けず、2010年シーズンから2013年シーズンまでドライバーズ&コンストラクターズの両選手権を4連覇した。
しかし、2014年シーズンは、厳しい現実を味わう1年となった。このシーズンから導入されたハイブリッド・パワーユニットが従来の戦力図に変化をもたらしたのだ。馬力面で相当なハンデを負ったRB10に過去4年のようなアドバンテージはなかった。
しかし、前年限りで引退したウェバーに代わってチームに加入したダニエル・リカルドがこのマシンでシーズン3勝を記録。リカルドは4度のワールドチャンピオンを誇る僚友ベッテルをポイントと予選平均順位で上回って総合3位でシーズンを終えた。
レッドブル・レーシングにとって2014年シーズンは現実を見つめ直す1年となったが、新加入ドライバー飛躍の1年でもあった。
ベッテルが2014年シーズンを最後にチームを去ると、2015年シーズンは同じくレッドブル・ジュニアチーム出身のダニール・クビアトが加入した。クビアトもリカルドやベッテルと同様、昇格前年までスクーデリア・トロ・ロッソでスキルを磨いていた。
結局、2015年シーズンのレッドブル・レーシングはリザルトが終始安定せず、コンストラクターズ4位でシーズンを終えたが、2016年シーズンは巻き返してコンストラクターズ2位を獲得。同シーズンはリカルドが再び総合3位でシーズンを終えたが、世間の注目はマックス・フェルスタッペンに集まった。
この若きオランダ人ドライバーは、2015年シーズン第5戦からクビアトに代わってスクーデリア・トロ・ロッソから昇格すると、レッドブル・レーシングデビューレースのスペインGPでいきなり優勝し、考えうる最高の形でトップチームデビューを果たした。
リカルドもマレーシアGPで優勝したが、初ポールポジションを獲得したモナコGPでは惜しくも優勝を逃した。
さらに新たなレギュレーションが導入された2017年シーズンと2018年シーズンは、リカルドとフェルスタッペンが何度も素晴らしいドライビングを見せたが、ライバル勢にパワーで劣っていたことからチームは好不調の波を経験した。
2018年シーズン末にダニエル・リカルドがチームを離れ、2019年シーズンからはスクーデリア・トロ・ロッソからピエール・ガスリーが昇格。エンジンはルノーに代えてホンダを搭載。第13戦ハンガリーGPからは期待した成績を収められなかったガスリーに代わって、アレクサンダー・アルボンがトロロッソから昇格。レッドブル・レーシングはまた大きな変化を迎えた。
序盤こそ新しいフロントウイング規則の最適化に苦労したレッドブル・レーシングだが、ホンダF1がスペック3を導入した第10戦フランスGPから風向きが変わった。そして、第11戦オーストリアGPでマックス・フェルスタッペンがシーズン初勝利。これはホンダのF1にとって13年ぶりの勝利だった。さらに第13戦ハンガリーGPではフェルスタッペンがポールポジションを獲得。これもホンダのF1エンジンにとっては13年ぶり。最終的に3勝を挙げたレッドブル・ホンダはコンストラクターズ選手権3位で終了。2020年のタイトル奪還にむけて礎を築いた。
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング