F1関連の2012年09月のF1情報を一覧表示します。

タイ、2014年のF1開催で基本合意

2012年9月27日
タイ F1
タイ国スポーツ局のカノックパン・チュラカセム知事は、タイが2014年F1レースを開催する契約を結んだと発表した。

先週末のF1シンガポールGPでは、カノックパン・チュラカセムとレッドブルのチャルーム・ユーウィッタヤーが、バーニー・エクレストンと会談を行った。

カノックパン・チュラカセムは26日、この会談でタイが2014年にレースを開催することで基本的に合意したと述べた。

日産デルタウイング、米国のル・マン・シリーズ最終戦に参戦

2012年9月26日
日産デルタウイング
日産デルタウイングが、10月に行われるアメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)最終戦に参戦する。この革新的なマシンは、ル・マン24時間に続いて、2度目のレースに臨む。

ドライバーは、欧州GTアカデミーの初代勝者であり、2012年のル・マン24時間LMP2クラス8位フィニッシュのルーカス・オルドネス(スペイン)。ALMSの2011年LMPC(ル・マン・プロトタイプ・チャレンジ)クラスチャンピオンであるガナー・ジーネット (米国)をチームメイトに迎える。

アレックス・ザナルディ、BMWでのDTM参戦を目指す

2012年9月18日
アレックス・ザナルディ
パラリンピックのハンドサイクルで金メダルを獲得したアレックス・ザナルディは、次のゴールとしてDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)への参戦を目指している。

2001年のCARTでの大クラッシュで両足を大事故で両脚を失ったアレックス・ザナルディは、翌年に特別仕様のマシンでレースの残り周回を完走。その後、2005年にはWTCCにBMWから参戦してレース優勝、また2006年には義足でBMWザウバーのマシンを走らせている。

F1界、シド・ワトキンスに哀悼の意

2012年9月14日
シド・ワトキンス
12日に84歳で亡くなったシド・ワトキンスにF1界から多くの哀悼の意が寄せられている。

シド・ワトキンス博士は、26年間、モータースポーツの安全性向上に尽力。2004年にフルタイムでの役目を終えた後も、FIA安全性専門諮問委員会の委員長に就任し、F1の安全性の改善に努めてきた。

シド・ワトキンス博士の貢献に対し、F1チーム代表、ドライバーが哀悼の意を示した。

“F1ドクター” シド・ワトキンス博士が死去

2012年9月13日
シド・ワトキンス
“F1ドクター”として数々のドライバーの命を救ってきたシド・ワトキンス博士が84歳で死去した。

シド・ワトキンス博士は、1978年から2004年までFIA医療部隊の代表を務め、安全性向上に尽力。またコース上でクラッシュが発生した際にはF1ドクターとして数々のドライバーの命を救ってきた。1995年にアデレードでミカ・ハッキネンが大クラッシュを喫した際もシド・ワトキンス博士が活躍した。

アレックス・ザナルディ、パラリンピックで2個目の金メダル

2012年9月8日
ザナルディ 金メダル
元F1ドライバーのアレッサンドロ・ザナルディが、ロンドン2012パラリンピックのハンドサイクル男子ロードレースで、タイムトライアルに続き、2個前の金メダルを獲得した。

アレッサンドロ・ザナルディは、ブランズハッチの一部を利用したコースでの8周のレースで他の9人の選手と競った。オープニングラップでは6位、5周目には8位に後退したザナルディだが、そこから追い上げ残り2周の段階でトップに立った。

GP3、新車「GP3/13」をお披露目

2012年9月7日
GP3 GP3/13
GP3は、新車「GP3/13」をシリーズ最終戦の舞台となるモンツァで披露した。

2世代目のマシンとなる「GP3/13」は、現行の280馬力のターボエンジンから、400馬力の自然吸気のV6エンジンに変更。開発テストでは少なくとも3秒速いことが示されている。

またノーズ、サイドポッド、エンジンカバーといったデザインも変更されている。

アレッサンドロ・ザナルディ、パラリンピックで金メダルを獲得

2012年9月6日
アレッサンドロ・ザナルディ
元F1ドライバーのアレッサンドロ・ザナルディが、ロンドン2012パラリンピックのハンドサイクル・タイムトライアルで金メダルを獲得した。

アレッサンドロ・ザナルディは、ブランズハッチの16kmのコースを24分50秒22でフィニッシュ。2位に27秒以上の差をつけての圧倒的な勝利だった。

F1で41戦に出場したアレッサンドロ・ザナルディは、CARTに参戦していた2001年のドイツ・ラウジッツリンクでの大事故で両脚を失った。
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