マクラーレン、2009年にブラウンGPから得た機密情報を使って改善
元マクラーレンのボスであるロン・デニスは、2009年にチャンピオンシップリーダーだったブラウンGPにF1マシンのパフォーマンスの機密情報を求めていたことが明らかになった。

2008年にルイス・ハミルトンが最初のF1ワールドチャンピオンを獲得したマクラーレンだったが、翌2009年シーズンのスタートで躓いた。元ブラウンGPのCEOを務めるニック・フランは、ロン・デニスから要請があり、マクラーレンと情報を共有することに合意したことを彼の著書『Survive. Drive. Win.』で明かした。

ニック・フライは、ロン・デニスから「お願いがある」と連絡を受けたという。

ロン・デニスは「君も気づいていると思うが、マクラーレン MP4-24のシャシーは完全にパフォーマンスが劣っている。だが、私のエンジニアは我々の空力パッケージにはお金がかかっていると言う。問題は私が彼らを信じていないことだ。我々がパッケージと風洞のでのテストで見ている正確な数値がどれだけ優れているかを知りたい」と語ったという。

マクラーレンは、2007年にフェラーリの機密情報を使用した“スパイゲート”事件によってコンストラクラーズ選手権から除外され、FIAから1億ドルの罰金を科せられていたが、ニック・フライによると、ロン・デニスの要求は設計や仕様ではなく、ブラウンGPのマシンパフォーマンスに関するものだったと述べた。

ブラウンGPは2009年のサプライズだった。2008年に撤退したホンダの資産をロス・ブラウンとニック・フライがマネジメントバイアウトによって取得。ホンダが2009年の新しいレギュレーションに合わせて開発したマシンは、ダブルディフュザーを備えた競争力のあるシャシーを有し、メルセデスのF1エンジンとの組み合わせで非常に高い競争力を発揮。

ブラウンGPは開幕7戦で6勝を挙げる一方で、マクラーレンは4位がベストフィニッシュだった。

ニック・フライは「彼(ロン・デニス)は、メルセデスのエンジンを使用することに同意してくれた。マクラーレンはメインのカスタマーとして、メルセデスが他の誰かとリンクするのを止める権利を持っていたにもかかわらず、彼はそれに同意し、拒否権を放棄してくれた」と述べた。

ニック・フライは「ライバルチームに空力数値を要求することは、通常の要求ではない」と認めつつも、“F1レースの厳重に守られた王冠の宝石”と称するその情報を共有することを決断。詳細を見たロン・デニスは“唖然としていた”と語った。

2009年後半、マクラーレンはMP4-24を改善させ、2勝と4回のポールポジションを獲得。ブラウンGPはコンストラクターズ選手権を獲得し、ジェンソン・バトンがドライバーズタイトルを獲得。年末にジェンソン・バトンはマクラーレンに移り、メルセデスがブラウンGPを引き継いだ。

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カテゴリー: F1 / マクラーレン / ブラウンGP