ホンダF1特集:アルファタウリ担当チーフエンジニアが語る“最終年”
ホンダF1でアルファタウリ・ホンダF1のチーフエンジニアを務める本橋正充が、ホンダF1最終年の開幕戦にむけての思いを語った。
エンジニアにとっての開幕戦の迎え方
私が最初にF1に関わり始めたのは2001年ですので、F1エンジニアとしてこれまで幾度となくシーズン開幕を迎えてきました。毎回楽しみな気持ちはありますが、正直に言えばそれ以上に『大丈夫だろうか、ちゃんと走れるだろうか』という気持ちが先に来るのが常です。これは私だけでなく、レースに携わるエンジニアなら、多かれ少なかれみんな同じなのではないかと思っています。
どれだけ準備を重ね、テストできちんと走りきれたとしても、実際のレースでは、サーキットの環境やレース状況、ドライバーのドライビングスタイルの変化などにより、これまで起こったことのない事象が急にパワーユニット(PU)に発生し、マシンを止めてしまうこともあります。そういった可能性を考えていくと『やってもやっても終わりがない』というのが実際のところで、レース担当エンジニアとしては心配が尽きません。
関わる人の想い、そしてホンダの看板を背負って
開幕戦に限らず、レースに向かう際はいつもそのようなプレッシャーとの戦いになるのですが、私たちの仕事はあらゆる状況や可能性を考えながら、パフォーマンス向上や信頼性確保のためにPUのセッティングや運用方法を最適化することなので、こういう不安との戦いは職業柄といったところなのかもしれません。たった2台のマシンを走らせるためにチームやホンダ合わせて1000人近いスタッフが関わっていますし、自分たちのPUが壊れることでマシンが止まり、チームやドライバーに迷惑をかけることは絶対に避けなくてはいけません。加えて、『私たちのPUが壊れる=世界中でホンダの看板に傷がつく』ということでもあるので、自分たちが背負っているものの大きさを考えて吐き気を催すようなプレッシャーに襲われたことは、一度や二度ではありません。
もちろん、『信頼性の問題を未然に防ぐ』といったネガティブなことだけでなく、自分たちの設定一つでパフォーマンスを向上させ、ドライバーを大きくサポートすることも可能です。なので、いい結果を出せたときには大きなやりがいも感じられる仕事です。数えきれないほどのレース状況やパターンを想定し、自分たちのPUの特性や可能な対応を考え抜いた上で、状況ごとに最適なPUのセッティングを組み上げていくのが私たちの役割になります。F1エンジニアというと知識や経験が重視されると思われがちですが、それと同じくらいに想像力と創造力が求められる仕事だと思っています。
ラストイヤーへの情熱が詰まった”新骨格”のPU
今年は特にオフシーズンの期間が短く、サーキットでのテストは3日間と、自分の経験の中では最も短いものでした。加えて、コロナ禍の影響により昨年日本のHRD-Sakuraでの開発スケジュールにもイレギュラーが発生したりと、難しい環境下で新シーズンへの準備を進めてきました。
そのような中で、ホンダとしては今シーズンに向けて新たな骨格を採用するなど、多くの部分を刷新したPUを準備してきました。新しいPUは、これまでのPUと比較するとパワーが向上し、かつコンパクトな設計になっています。パワーはもちろんですが、PUのサイズや重心はマシンの空力面などでパフォーマンスに大きく影響するので、このPUについてはチーム側からもとてもポジティブな声が聞こえてきます。私自身も『最終年にしてSakuraの開発陣が本当にいいものを作ってきてくれた』ということを感じています。
『コンパクトで攻めたレイアウトながらも、信頼性を確保しつつ、パワーを上げる』というのは言葉にすると簡単ですが、エンジンの技術としては相反していることを実現しており、技術的な難易度は非常に高いです。とはいえ、決して何か無謀なチャレンジをしてきたわけではありません。ここまで私たちが蓄積してきた技術と経験に基づいて検討を重ね、多くの知見に裏打ちされたPUになっていると思っています。チームやサーキットサイドからのフィードバックが多く入っていることもあり、個人的にはこのPUには『ホンダの最終年にかける情熱が詰まっている』といっても過言ではないと感じています。
もちろん、ライバルとの過酷な開発競争ありきのF1ですので、対他競争力の部分はライバルの進化度合いを見てみないとわかりません。また、ここから実際にレースを走ってみて見えてくる事象や不具合などについては、サーキットにいる私たちも一緒になって改善していく必要があると思っています。それでも、自分たちのプロジェクトの集大成を飾るにふさわしいPUだと、私自身は感じています。
終わりを迎える悔しさを、この一年にぶつける
ここまで『最終年』と言ってきていますので、その部分にも少し触れさせてください。
私は第三期のプロジェクトにもほぼ最初から最後まで携わっており、このような形での終了は初めてではありませんが、それが2度目であっても、エンジニアとして『チャレンジをやめなくてはいけない』という非常に大きな悔しさに、違いはありません。
自動車業界にとって大きな転換期を迎える中、ホンダがこの先進んでいくべき将来を見据え、苦渋の思いで会社が下した決断のはずなので、会社の決断にはリスペクトを持っています。それでも、ここまでともに苦楽を味わいながら、一緒に前進を続けてきたSakuraやミルトンキーンズ(HRD-UK)のメンバー、それにアルファタウリやレッドブルの仲間たちのことを思うと、今年で終わってしまう寂しさを改めて感じているのも正直なところです。
一方で、第三期との違いで言えば、プロジェクト終了の発表後すぐに撤退ではなく、『あと1年チャレンジできる時間をもらえた』のも事実です。先に触れた新しいPUもそうですが、この1年があることにより、エンジニア陣が長年実現したいと思っていたことをやらせてもらえる場があるわけなので、メンバーのモチベーションはこれまで以上に高く維持されています。私自身、『俺たちはまだ終わりじゃない』という想いとともに今シーズンに向かっています。
この悔しさを精一杯ぶつける場所を用意してもらえたことには感謝しなくてはいけませんし、『最後まできちんとやりきる』ことが自分たちの使命だと考えています。こういう形で残り1年を戦わせてもらえることは、本当にうれしく思っています。
上に書いてきた通り、私たちにとっては最終年になりますが、本当に楽しみなことがたくさんあるシーズンでもあります。特に、ラストイヤーに鈴鹿で、皆さんの前でレースできることを切に願っていますし、素晴らしい結果を残して一緒に喜びを分かち合うことができればとも感じています。最終戦のアブダビでチェッカーフラッグを受けた後に、心の底から『やりきった』と思えるよう、開幕から最大限プッシュしていきますので、皆さまご声援をよろしくお願いいたします。
カテゴリー: F1 / ホンダF1 / スクーデリア・アルファタウリ
エンジニアにとっての開幕戦の迎え方
私が最初にF1に関わり始めたのは2001年ですので、F1エンジニアとしてこれまで幾度となくシーズン開幕を迎えてきました。毎回楽しみな気持ちはありますが、正直に言えばそれ以上に『大丈夫だろうか、ちゃんと走れるだろうか』という気持ちが先に来るのが常です。これは私だけでなく、レースに携わるエンジニアなら、多かれ少なかれみんな同じなのではないかと思っています。
どれだけ準備を重ね、テストできちんと走りきれたとしても、実際のレースでは、サーキットの環境やレース状況、ドライバーのドライビングスタイルの変化などにより、これまで起こったことのない事象が急にパワーユニット(PU)に発生し、マシンを止めてしまうこともあります。そういった可能性を考えていくと『やってもやっても終わりがない』というのが実際のところで、レース担当エンジニアとしては心配が尽きません。
関わる人の想い、そしてホンダの看板を背負って
開幕戦に限らず、レースに向かう際はいつもそのようなプレッシャーとの戦いになるのですが、私たちの仕事はあらゆる状況や可能性を考えながら、パフォーマンス向上や信頼性確保のためにPUのセッティングや運用方法を最適化することなので、こういう不安との戦いは職業柄といったところなのかもしれません。たった2台のマシンを走らせるためにチームやホンダ合わせて1000人近いスタッフが関わっていますし、自分たちのPUが壊れることでマシンが止まり、チームやドライバーに迷惑をかけることは絶対に避けなくてはいけません。加えて、『私たちのPUが壊れる=世界中でホンダの看板に傷がつく』ということでもあるので、自分たちが背負っているものの大きさを考えて吐き気を催すようなプレッシャーに襲われたことは、一度や二度ではありません。
もちろん、『信頼性の問題を未然に防ぐ』といったネガティブなことだけでなく、自分たちの設定一つでパフォーマンスを向上させ、ドライバーを大きくサポートすることも可能です。なので、いい結果を出せたときには大きなやりがいも感じられる仕事です。数えきれないほどのレース状況やパターンを想定し、自分たちのPUの特性や可能な対応を考え抜いた上で、状況ごとに最適なPUのセッティングを組み上げていくのが私たちの役割になります。F1エンジニアというと知識や経験が重視されると思われがちですが、それと同じくらいに想像力と創造力が求められる仕事だと思っています。
ラストイヤーへの情熱が詰まった”新骨格”のPU
今年は特にオフシーズンの期間が短く、サーキットでのテストは3日間と、自分の経験の中では最も短いものでした。加えて、コロナ禍の影響により昨年日本のHRD-Sakuraでの開発スケジュールにもイレギュラーが発生したりと、難しい環境下で新シーズンへの準備を進めてきました。
そのような中で、ホンダとしては今シーズンに向けて新たな骨格を採用するなど、多くの部分を刷新したPUを準備してきました。新しいPUは、これまでのPUと比較するとパワーが向上し、かつコンパクトな設計になっています。パワーはもちろんですが、PUのサイズや重心はマシンの空力面などでパフォーマンスに大きく影響するので、このPUについてはチーム側からもとてもポジティブな声が聞こえてきます。私自身も『最終年にしてSakuraの開発陣が本当にいいものを作ってきてくれた』ということを感じています。
『コンパクトで攻めたレイアウトながらも、信頼性を確保しつつ、パワーを上げる』というのは言葉にすると簡単ですが、エンジンの技術としては相反していることを実現しており、技術的な難易度は非常に高いです。とはいえ、決して何か無謀なチャレンジをしてきたわけではありません。ここまで私たちが蓄積してきた技術と経験に基づいて検討を重ね、多くの知見に裏打ちされたPUになっていると思っています。チームやサーキットサイドからのフィードバックが多く入っていることもあり、個人的にはこのPUには『ホンダの最終年にかける情熱が詰まっている』といっても過言ではないと感じています。
もちろん、ライバルとの過酷な開発競争ありきのF1ですので、対他競争力の部分はライバルの進化度合いを見てみないとわかりません。また、ここから実際にレースを走ってみて見えてくる事象や不具合などについては、サーキットにいる私たちも一緒になって改善していく必要があると思っています。それでも、自分たちのプロジェクトの集大成を飾るにふさわしいPUだと、私自身は感じています。
終わりを迎える悔しさを、この一年にぶつける
ここまで『最終年』と言ってきていますので、その部分にも少し触れさせてください。
私は第三期のプロジェクトにもほぼ最初から最後まで携わっており、このような形での終了は初めてではありませんが、それが2度目であっても、エンジニアとして『チャレンジをやめなくてはいけない』という非常に大きな悔しさに、違いはありません。
自動車業界にとって大きな転換期を迎える中、ホンダがこの先進んでいくべき将来を見据え、苦渋の思いで会社が下した決断のはずなので、会社の決断にはリスペクトを持っています。それでも、ここまでともに苦楽を味わいながら、一緒に前進を続けてきたSakuraやミルトンキーンズ(HRD-UK)のメンバー、それにアルファタウリやレッドブルの仲間たちのことを思うと、今年で終わってしまう寂しさを改めて感じているのも正直なところです。
一方で、第三期との違いで言えば、プロジェクト終了の発表後すぐに撤退ではなく、『あと1年チャレンジできる時間をもらえた』のも事実です。先に触れた新しいPUもそうですが、この1年があることにより、エンジニア陣が長年実現したいと思っていたことをやらせてもらえる場があるわけなので、メンバーのモチベーションはこれまで以上に高く維持されています。私自身、『俺たちはまだ終わりじゃない』という想いとともに今シーズンに向かっています。
この悔しさを精一杯ぶつける場所を用意してもらえたことには感謝しなくてはいけませんし、『最後まできちんとやりきる』ことが自分たちの使命だと考えています。こういう形で残り1年を戦わせてもらえることは、本当にうれしく思っています。
上に書いてきた通り、私たちにとっては最終年になりますが、本当に楽しみなことがたくさんあるシーズンでもあります。特に、ラストイヤーに鈴鹿で、皆さんの前でレースできることを切に願っていますし、素晴らしい結果を残して一緒に喜びを分かち合うことができればとも感じています。最終戦のアブダビでチェッカーフラッグを受けた後に、心の底から『やりきった』と思えるよう、開幕から最大限プッシュしていきますので、皆さまご声援をよろしくお願いいたします。
カテゴリー: F1 / ホンダF1 / スクーデリア・アルファタウリ