ハースF1 小松礼雄、グロージャン火災事故は「生きているとは思えなかった」

グロージャンとはロータス時代から行動をともにし、2016年のハースF1チーム創設時にも再びタッグを組んだ。
小松礼雄にとって、グロージャンは単なるドライバーではなく、長年苦楽を共にした友人でもあった。そのため、事故の瞬間は強烈な恐怖として刻み込まれている。
「最初は誰のクラッシュなのか分かりませんでした。でもロマンだと気づいた瞬間、『これは無理だ、生きているはずがない』と思いました。彼は僕のドライバーですが、それ以上に友人なんです」
マシンが炎に包まれてから、グロージャンが自力で姿を現すまでには約30秒を要した。その時間について小松礼雄は、非常に長く感じられたと振り返る。
「数秒が永遠のように感じられました。正直、彼がクルマから出てくるところは見ていません。ただ、レースエンジニアのひとりが無線で『違う、違う、ロマンは出た。ロマンは出た』と言ったんです」
小松礼雄はすぐにサーキット内のメディカルセンターへ向かった。そこで、ヘリコプター搬送前のグロージャンを一瞬だけ目にすることができたという。
「彼が親指を立ててくれたのを見ました。その瞬間に初めて、『ああ、生きている』と思えました。彼はメディカルセンターの中にいて、僕は外にいたんですが、あるところまで入れてもらえたんです。彼は僕に気づいて、また親指を立ててくれました。そのときにようやく、『大丈夫だ、生きている』と実感しました」
レース後も、その衝撃は簡単には消えなかった。ケビン・マグヌッセンも病院へ向かうことを強く望み、小松礼雄自身も同じ気持ちだったという。
「ケビンはまだロマンに会っていなくて、『病院に行かなきゃいけない』と言っていました。僕もまったく同じ気持ちでした。テレビで彼の姿を見ていても、生きているという実感が湧かなかったんです。自分の目で確認する必要がありましたし、奥さんにも『彼は生きています』と伝えたかったんです」

事故では、ハースVF-20がダニール・クビアトとの接触をきっかけにガードレールへ突っ込み、マシンは真っ二つに裂けた。現在、その残骸はF1エキシビションに展示されているが、小松礼雄の記憶に最も強く残っているのは、マシン回収時の匂いだという。
「とにかく匂いが酷かったです。焼けたゴムの匂いで、本当に耐えがたいものでした。あのコクピットを見れば、誰もが『ここから生きて出られるとは思えない』と感じるはずです」
後日のマシン検証でも、事故の凄惨さは明らかだった。グロージャンの左足はペダル周辺に引っかかり、脱出の途中で一度体を戻して足を引き抜く必要があった。その際、レーシングシューズが脱げてコクピット内に残されたという。
「彼のレーシングシューズがペダルの後ろに残っていました。左足が引っかかっていたんです。一度クルマから出ようとして、足が抜けないと分かって、体を戻して力を入れて引き抜いた。そのときにシューズが脱げたんだと思います」
最終的にグロージャンは両手に火傷を負いながらも自力で脱出し、衝撃は最大67Gに達していたことが後に判明した。それでも歩いて姿を見せた光景は、家族やチームに「彼が生きている」ことを強く印象づけるものだった。
現在、グロージャンはインディカー・シリーズで活動を続けているが、小松礼雄にとってバーレーンでのあの夜は、今も決して消えることのない記憶として胸に刻まれている。
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