ジェンソン・バトン 日本とアストンマーティンF1への思い「心に残る小さなこと」

なぜアストンマーティンなのか。そう尋ねられることが多いというバトンは、その理由はとてもシンプルだと語る。
幼い頃からクルマとモータースポーツに囲まれて育つなかで、アストンマーティンは特別な響きを持つ名前であり続けてきたという。
アストンマーティンという特別な名前
「同じ質問を何度もされるんだ」
「なぜアストンマーティンなんだ?ってね」
「正直、とてもシンプルなことなんだ」
「クルマやモータースポーツのある環境で育つと、どうしても特別な意味を持つ名前がある。そしてアストンマーティンは、そのひとつなんだ。物心ついた頃から、ずっとこのブランドのクルマが好きだった」
「僕は1980年代生まれだけど、1960年代のDB4やDB5を振り返ると、本当に美しいと思う。そしてその美しさが、いまに至るまでずっと続いている。パフォーマンスとスタイルが組み合わさっていて、それが時代を超えている感じがするんだ」
「アストンマーティンはずっと僕の心の中で特別な存在だった。たぶん、それはほとんど誰にとっても同じだと思う」
惹かれたのはチームを支える人たち
バトンは、アストンマーティン・アラムコで仕事をするうえで本当に胸が高鳴るのは、そこにいる人たちだと明かした。優れた才能を持つ人材がそろっており、このチームが向かう先に対する確かな信念があるという。
「でも、アストンマーティン・アラムコで仕事をするうえで本当にワクワクするのは、人なんだ。ここには才能のある人がたくさんいるし、このチームがどこへ向かっているのかについて、本物の信念がある」
「もちろん、シーズンのスタートは簡単じゃなかった。でも、それがフォーミュラ1なんだ。ものすごく競争が激しい世界だからね。このスポーツでは、意味のある進歩っていうのは、いつだって時間をかけて築かれていくものなんだ」
新しいレギュレーションで問われる適応力
2026年は、新たな技術時代への移行という意味でも非常に興味深いシーズンだとバトンは見る。一方で、どれだけ時代が変わっても、F1がモータースポーツの頂点であることに変わりはないとも強調した。
「今年はとくに面白い年なんだ。僕たちはまた新しい技術時代に足を踏み入れているからね。でも、変わらないものもある。フォーミュラ1は今でもモータースポーツの頂点だ」
「F1マシンをドライブする感覚に匹敵するものは本当にない。パワー、ブレーキング、限界で走っているときにクルマが自分の下でどう動くか。その感覚は何度味わっても色褪せない」
「このクルマたちは、信じられないほど速い」
その一方で、マシンの挙動や扱い方は大きく変わってきているという。特にパワーユニットの振る舞いは、ドライバーがこれまで慣れ親しんできたものとは大きく異なる。
「でも、こうしたクルマの働き方は進化している。いまのパワーユニットは、ドライバーがこれまで慣れてきたものとはかなり違う挙動をするんだ」
「昔なら、コーナーを立ち上がったときに自分がどれだけのパワーを持っているのか正確に分かっていた。でも今は違う。ひとつ前のコーナーでどれだけブレーキ圧をかけたかとか、ハイブリッドシステムがどうエネルギーを展開するかとか、そういうことに左右される」
「つまり、ドライバーはこれまで以上にその場で考えなければならない。これをうまくできるドライバーは良い意味で目立つことになるし、できないドライバーは悪い意味で目立つことになる」
ニューウェイの仕事ぶりと、乗ってみたい1台
バトンは、エイドリアン・ニューウェイが設計した新世代のマシンをぜひ走らせてみたいとも語った。長年ライバルとして彼のマシンと戦ってきたからこそ、実際に一緒に仕事をする感覚に強い興味を抱いていたという。
「この新世代のクルマにはぜひ乗ってみたいよ。とくにエイドリアン・ニューウェイが設計したクルマにはね」
「長年にわたって彼のクルマと戦ってきたし、一緒に仕事をしたらどんな感じなんだろうって、いつも思っていた。そういう意味では、ランスとフェルナンドに少し嫉妬していると言えるかもしれないね」
そして、実際に間近でニューウェイの仕事ぶりを見られることも刺激になっている。
「エイドリアンが仕事をしている姿を間近で見るのは、本当に興味深い。彼はとても昔ながらのやり方なんだ。ノートを手にして、製図板にアイデアをスケッチしている。でも、それこそが彼をあれほどの達人にしている理由の一部なんだと思う。本当にそうだ」
「それに、そうだね、彼のノートをこっそりのぞこうとしたこともあるよ……もちろん気づかれたけどね」
バトンは、もしチャンスがあるならニューウェイのクルマを本当に運転してみたいと笑う。
「本当にエイドリアンのクルマを走らせる機会があれば飛びつくよ。デモランとかね。でも24戦のシーズンを戦うのは……もう僕には年を取りすぎているかな」
アロンソというベンチマーク
フェルナンド・アロンソについては、チームメイトとして過ごした数年間が非常に大きな意味を持っていたと振り返った。簡単な時期ではなかったが、アロンソという本物の基準がいたことで、自分自身も大きな挑戦を楽しめたという。
「でも、フェルナンドはね……」
「僕は数年間、彼と一緒にレースをした。僕たちにとって簡単な時代ではなかったけど、それでも自分にとってひとつだけ確かなベンチマークがあったとすれば、それはチームメイトのフェルナンドだった」
「同じマシンでフェルナンドのような相手を倒そうとして走るのは、本当に大きな挑戦だった。でも、僕はその挑戦が大好きだった」
「彼の仕事への姿勢を見るのもそうだし、クルマを降りたあとの楽しみ方を見るのもそうだ。彼は本当に良いキャラクターなんだ。10年経っても、その部分は何ひとつ変わっていない」
いまでは、そんなアロンソと静かな共通点もあるという。
「それに今では、もっと静かな共通点もある。日本にインスパイアされたタトゥーなんだ」
「彼は背中に侍のタトゥーがあるし、僕には日本の書が入ったドラゴンのタトゥーがある。小さなつながりだけど、思い出すたびに笑顔になるよ」

ホンダとともに刻んだ日本での思い出
日本は、バトンのキャリアにおいて非常に大きな存在だった。特にホンダとの関係を通じて、多くの高揚と忘れられない記憶が刻まれてきたという。
「日本は、僕のキャリアの大きな一部だった。主にホンダとの関係を通じてね。そこには本当にたくさんの高揚や、決して忘れない思い出が詰まっている」
「最初にホンダと仕事をしたのは2003年だった。そして、2006年の僕の初優勝も含めて、一緒に素晴らしい瞬間をたくさん共有してきた。あれはメーカーとしてのホンダにとって、1960年代以来のF1初勝利でもあった」
「2015年と2016年にはホンダのパワーユニットでレースをしたし、その後のキャリアでも、日本のスーパーGTやデイトナでのアキュラで、また彼らと仕事をした」
ホンダのレースに対する情熱は誰にも負けないとし、いまもAMR26の競争力を高めるために全力を尽くしているはずだと語った。
「レースにこれほど情熱を持っている人たちはなかなかいない。そして彼らは今、AMR26のパワーユニットの競争力を高めるために、できる限りのことをやっているはずだ」
日本は第二の故郷のような場所
バトンにとって、日本は間違いなく幸せを感じる場所だという。第二の故郷のような存在であり、東京も世界で最も好きな都市のひとつだと明かした。
「日本は間違いなく、僕にとって幸せな場所なんだ。いわば第二の故郷みたいなものだよ」
「東京は、世界のどこよりも好きな街のひとつだ。食べ物は本当に素晴らしい。日本食だけじゃなくて、あらゆる料理がすごい。どんなものでも、あそこでは誰よりもうまくやってしまう。食材の質が本当に驚異的なんだ」
「日本では新しいものを試したり、いろいろなタイプのレストランに行ったりするのが好きなんだ。でも、都会を離れて countryside に出ると、景色は本当に美しい。文化もヨーロッパで僕たちが慣れているものとはかなり違うし、たぶんそれが僕が日本をあれほど好きな理由のひとつなんだと思う」
「とても礼儀正しい国なんだ。歓迎されていると感じさせてくれる」
細部まで知る日本のファンへの敬意
そしてバトンは、日本のファンについても強い敬意を示した。モータースポーツへの理解が深く、自身のレースやキャリア、さらには私生活に関する細かなことまで覚えていることに何度も驚かされてきたという。
「それに、日本のファンがいる」
「日本のファンは、モータースポーツの中でもとくに知識が深い人たちだと思う。彼らが理解しているのは、本当に細かなディテールなんだ。僕のレースやキャリア、さらには私生活についてのことまで調べて覚えている。本当に何度も、日本のファンから『どうしてそんなことまで知っているんだろう』と驚くようなことを言われたよ」
「彼らはとても情熱的だ。このスポーツを本当に愛している。その熱意は素晴らしい。でも同時に、信じられないほど敬意もある」
鈴鹿で心に焼き付いた2011年の光景
バトンの記憶にいまも鮮明に残っているのは、2011年の日本GPで鈴鹿を制したあとの光景だ。レース後の祝福やデブリーフを終えたころにはすでに日が暮れていたが、スタンドにはまだ多くの観客が残っていたという。
「いつまでも心に残っている思い出がある。2011年に鈴鹿で日本グランプリに勝ったときのことだ」
「レース後に祝勝をして、デブリーフも全部終えたころには、もう外は暗くなっていた。でも、グランドスタンドにはまだファンが大勢残っていて、サーキットの大きなスクリーンでレースのリプレイを見ていたんだ」
「5時間後でも、彼らはまだそこにいた」
「それが、このスポーツに対する彼らの情熱のすべてを物語っている。そういう献身は、ずっと心に残るものなんだ」
最後にバトンは、再び日本へ戻る日を心待ちにしていると締めくくった。
「また戻れるのが待ちきれないよ」
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