角田裕毅 インタビュー(2):転機となったアントワーヌ・ユベールの死 / 日本人F1ドライバー誕生への道のり
角田裕毅は、2019年のアントワーヌ・ユベールの死がある意味で自身のキャリアのターニングポイントとなったと語る。

ホンダとレッドブルの育成ドライバー契約を勝ち取った角田裕毅は、2019年にヨーロッパへと活動拠点を移し、イェンツァー・モータースポーツのあるスイスに移住してFIA-F3に参戦する。序盤の結果はある程度の見込みを示したが、シーズン後半の活躍を予測できた人はほとんどいなかった。

序盤7戦では2回の入賞を果たしたのみだったが、それ以降の7戦では勝利と2つの表彰台を含めて7回の入賞を果たしている。

「最初は結果についてあまり考えていませんでした。とにかく懸命にプッシュして、どのように進んでいくかを見守っていました」と角田裕毅は語る。

「2019年のスパは僕にとって本当にターニングポイントでした。その週末、僕たちはアントワーヌ・ユベールを失うという悲劇が起こりました。彼はそれ以降の僕の結果に役割を果たしました。僕は彼から学んでいましたし、彼のためにレースをしました。彼の事故の後のレース2で、僕はそのシーズンで初めて表彰台を獲得しました」

「その後のモンツァでのラウンドで、もうひとつの表彰台と初勝利を挙げました。それは僕のドライビングパフォーマンスにとって本当にターニングポイントでした。ヘルムートに少し印象を与えることができました」

※写真はアントワーヌ・ユベールの母親と話す角田裕毅

角田裕毅の英語力は、2年近く前にヨーロッパに移住して以降、劇的に上達した。もちろん、日本を恋しく思うと語る角田裕毅だが、元F2レーサーの牧野任祐や福住仁嶺と親しい友人であり、二人とオンラインでゲームをして息抜きをしていると語る。

フットボールの大ファンである角田裕毅は、常にボールをトラックに持ち込んでいる。かつて日本で地元の人々とフットサルをしていた角田裕毅は、オーストリアでのシーズン第1ラウンドに先立ってバイエルン・ミュンヘンのジャージを購入したことを振り返る。また、今年のバイエルンとパリ・サンジェルマンによるチャンピオンズリーグ決勝戦を観戦している。

「2つのビッグチームによるビッグマッチでした。ネイマールがいるパリ・サンジェルマンを応援していたのですが、バイエルン・ミュンヘンも好きですし、彼らは本当に強かったです」

何よりも注目を集めているのはオンライン版のフットボールで、角田裕毅はアメリカ版のFIFAではなく、日本製のPESプレイしている。

「レースから離れて、それから距離を置くことができる時間ですね」と角田裕毅は説明する。

「それはレースウィークになると集中することにも役立ちます。友達とPESをよくプレイしています。どのプレーヤーが優れているか、誰を見たらいいかを見つけるのに役立ちますね」

「たとえば、クリスティアーノ・ロナウドはシュートがとても上手で、リオネル・メッシはドリブルがとても上手です。たくさんプレイしているので、PESプレーヤーのデータにはかなり詳しいですよ…ラヒーム・スターリングは全力疾走とドリブルは得意ですが、シュートは得意ではありません」

FIA-F3をランキング9位で終えた角田裕毅は、1年でFIA-F2にサプライズともいえる昇格を果たし、イギリスを拠点とするカーリンで同じレッドブルの育成ドライバーであるジョハン・ダルバラと走る契約を結んだ。

当初はFIA-F3でもう一年走る必要があるかもしれないと考えられた角田裕毅だが、それが間違いであったことを証明する。

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カテゴリー: F1 / 角田裕毅 / レッドブル / ホンダF1 / アルファタウリ