ネルソン・ピケJr. ルノー クラッシュゲート
ネルソン・ピケJr.がFIAに提出した、2008年のシンガポールGPでフラビオ・ブリアトーレとパット・シモンズから故意にクラッシュするように指示されたとの声明が流出した。

この声明は、正式な声明としてピケJr.が7月30日(木)に送ったもののようだ。

2008年のシンガポールGPでルノーがフェルナンド・アロンソのレースを優位に進めるためにネルソン・ピケJr.を故意にクラッシュさせたとの疑惑が持ち上がり、FIAは9月21日(月)のFIA世界モータースポーツ評議会の臨時総会で公聴会を開くことを決定している。

声明は全16項目に及ぶもので、主張が真実であることや当時の経緯、背景、実行後のことなど詳細に記されている。

ネルソン・ピケJr.の供述書

ネルソン・ピケJr. 声明のスキャン

私、ネルソン・アンジェロ・ピケ、1985年7月25日ドイツ・ハイデルベルグ生まれ、は、以下の通り供述します:

1. 特に明記しない限り、この供述書に含まれる事実および供述は、私が知っている事実と状況に基づいています。私は、この供述書に含まれるこのような事実および供述が真実であり正しいと信じています。私の認識の範囲外に事実や供述がある場合は、私の知識と意見の限りにおいて真実であり、適切である場合はその知識と意見の根拠を記しています。

2. 私は、FIA F1世界選手権に関して、FIAが監督・規制機能を行使できるよう、自発的この供述書を行っています。

3. 私は、FIA F1世界選手権の全ての関係者、そしてスーパーライセンスを保有する全員が、チャンピオンシップの公平性と合法性を保証する義務があることを認識しています。そして、私がFIAに虚偽あるいは誤解を招く供述を行なえば、深刻な結果をもたらすことを承知しています。

4. 私の完全な供述は録音テープに記録されており、私とFIAは、完全な音声記録のコピーを利用できると理解しています。この文書は、私の口述の重要なポイントを要約したものです。

5. 以下の事実についてFIAの配慮をもたらすことを願います。

6. 2008年9月28日に2008年FIA F1世界選手権の1戦として開催されたF1シンガポールGP中、私のマネージャーでありINGルノーF1チームのチーム代表であるフラヴィオ・ブリアトーレ氏と、ルノF1チームのテクニカルディレクターであるパット・シモンズ氏に、当該イベントでINGルノーF1チームの成績に好影響を与えるために、マシンを意図的にクラッシュするよう要求されました。私はこの提案に同意し、レースの13/14周目にマシンを壁に衝突し、クラッシュさせました。

7. 意図的に事故を起こすという提案は、レースが行われる直前になされました。私はブリアトーレ氏とシモンズ氏にブリアトーレ氏のオフィスに呼び出され、ブリアトーレ氏の面前で、シモンズ氏は「セーフティカーを出動させる」ことによって、チームのために私のレースを犠牲にするつもりがあるかと尋ねました。全てのF1ドライバーは、破片あるいは停止したマシンによってトラックが妨害され、デブリや破損したマシンを回収するのが難しい事故の場合にセーフティカーがトラックに出動することを知っています。

8. この会話の時点で、私は非常に元気がなく精神状態が感情的になってい。この精神状態は、ブリアトーレ氏が私のドライバー契約が来年(2009年)更新されるのかどうかについて私に情報を与えるのを拒否していたという事実による激しいストレスによってもたらされました。1年の途中(7月または8月)にはそれが判明しているのが慣例だからです。その代わり、ブリアトーレ氏は、私に繰り返し「オプション」にサインするよう要求しました。それは、その間に私が他のチームと交渉できないことを意味したものでした。彼は私がサインしたオプションを延期するよう繰り返し圧力をかけ、レース前は集中してリラックするべきであるのに、レース日でされ、定期的にこの更新について交渉するために私をオフィスに呼び出しました。F1シンガポールGPでは私は予選でグリッド16位となったことで、このストレスが強まり、私はルノーチームにおける自身の将来について非常に不安になっていました。チームを助けるために、マシンをクラッシュさせ、セーフティカーを出動させるよう要求されたときはレースシーズンの重要な時期であり、チーム内の私の立場を改善することを願ってこれを承諾しました。事故を起こすことによって、契約更新あるいはその他の恩恵が保証されたわけではありませんでした。しかし、状況から考えて、私はその目標を達することが役に立つだろうと考えました。したがって、私は事故を起こすことに同意したのです。

9. シモンズ氏およびブリアトーレ氏との会議のあと、シモンズ氏は私を静かな一角に連れて行き、マップを使って、クラッシュするべきトラックの正確なコーナーを指差しました。このコーナーが選ばれたのは、破損したマシンをすばやくトラックから撤去するクレーンがなく、セーフティ・マーシャルが破損したマシンをトラックから排除することができるような通用口もない特殊な位置だったからでです。したがって、この特定の位置でクラッシュすれば、トラックの障害物となり、トラックを清掃してレースを安全に継続できるようになるまでセーフティカーの出動が必要になると感じました。

10. シモンズ氏はまた、事故を起こす正確な周回を私に教えました。そうすれば、チームメイトのフェルナンド・アロンソ氏がセーフティカー出動直前にピットで給油するという戦略をとることができるからです。実際、彼は12周目に給油しました。この戦略の鍵は、セーフティカーが13/14周目に出動することをほぼ知っていて、12周分の燃料を積んだ軽量マシンを使うというアグレッシブな燃料作戦でアロンソ氏をスタートさせたことにあります。これによってアロンソ氏は、セーフティカーの出動によって、レース終盤では他のマシンが彼に追いつくことは難しいと知っていたため、できるだけ多くの(重い)マシンをオーバーテイクすることができました。この作戦は成功し、アロンソ氏は2008年シンガポールGPで優勝しました。

11. この会話の間、私自身、観客、ドライバーなどの安全性問題に関する懸念については言及されませんでした。この状況において唯一なされたコメントは、パット・シモンズ氏の「注意しろ」だけでした。私はこれを、負傷しないようにという意味に受け取りました。

12. 私は、当該コーナーの直前でマシンの制御をあきらめることによって、意図的にクラッシュを引き起こしました。確実に正しい周回で事故を起こすために、私は何度か無線でチームに周回数を確認しました。これはいつもならしないことです。私は事故で負傷しなかったし、他に負傷した人もいませんでした。

13. ブリアトーレ氏とシモンズ氏と上記の話し合いのあと、両者のいずれとも「事故作戦」についての話はしませんでした。ブリアトーレ氏はレース後、控え目に「ありがとう」と言っただけで、それ以上は言及しませんでした。レースのスタート時にこの作戦に気づいていた人がいたかはわかりません。

14. レース後、私は家族の友人でありアドバイザーであるフェリペ・ヴァルガス氏に、事故が意図的であった事実を伝えました。しばらくして、ヴァルガス氏は、これを私の父ネルソン・ピケ氏に伝えました。

15. レース後、この事故を「疑わしい」と感じた数人の記者が、事故について質問をし、意図的に起こしたのかどうかと尋ねました。

16. 私自身のチームにおいては、事故の特性を変だと感じたマシンのエンジニアが質問してきました。私はマシンのコントロールを失ったと答えました。できるだけ速くブレーキをかけるのが“通常”の反応であるのに、私は加速を続けていたので、聡明なエンジニアならマシンのテレメトリから私が意図的に事故を起こしたことに気づいたと思います。

真実の申し立て

私は、この供述書に書かれた事実が真実であることを信じ、誓います。

この供述書は2009年7月30日、パリのFIA本部において、アラン・ドネリー氏(FIAスチュワード会長)、マーティン・スミス氏およびジェイコブ・マーシュ氏(いずれもこの調査のためにFIAに協力しているクエスト社の社員)立会いのもと、作成されました。ドミニク・コストゼク嬢(シドリー・オースティン法律事務所)が記録しました。

署名:
ネルソン・ピケJr.

2009年7月30日 パリ

このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー: ネルソン・ピケJr. | ルノー