F1
ピエール・ガスリーは、レッドブルからトロロッソに降格した後に自分を突き動かした原動力について語った。

ピエール・ガスリーは、2019年のF1世界選手権をダニエル・リカルドの後任として選ばれ、レッドブル・ホンダのF1ドライバーとしてスタートしたが、期待された成績を残すことができず、わずか12レース後にジュニアチームのトロロッソに戻ることになった。

この降格でピエール・ガスリーのドライビング能力が疑われたが、自分のことを疑う人たちを黙らせたいという気持ちをモチベーションしたとガスリーは語る。

「今では基本的にあの9戦は自分の長所、スピード、スキルを示すために手に入れたものだと思っている」とピエール・ガスリーは語った。

「もちろん、僕はシングルシーターをスタートして以来、ずっと競争力があった。でも、あの6か月は誰もが『彼に才能はあるのか?』『彼にスピードはあるのか?』『彼は運転の仕方を忘れてしまったのか?』『彼はブレーキのかけ方をわすれてしまったのか?』『今の彼はどれくらいうまくハンドルを回すことができるのか?』と疑問視していた。

「2~3週間で忘れるわけがない。僕にとってはそれが重要だったし、人々は情報を持っていなかったり、部分的な情報、もしくはまったく知りもしないででたらめなことを話していた」

「だから、僕にとっては自分の110%を与えることが本当に重要だった。あの9戦で自分が絶好調であり、でたらめなことをいう奴等を黙らせるスピードを示さなければならなかった」

ピエール・ガスリーのF1キャリアはレッドブルに委ねられているが、F1ブラジルGPでの2位表彰台のようなパフォーマンスによって主張し、コントロールできることはあった。

「それが僕が教え込まれてきた方法だし、そうやって育ってきた。人生で自分が望むすべてのために闘わなければならなかった」とピエール・ガスリーは語る。

「誰もこれを僕に与えてくれたことはなかったし、当たり前だと思ったことは一度もなかった。毎回、1年後も続けられるかどうかはわからなかったからね」

「将来、それらのシートを獲得できるかどうかわからなあkった。その人に結果を出したり、しっかりとパフォーマンスを発揮できなければ、すべては実現しない。常にそういうメンタリティでやってきた」

「だから、とにかく自分自身に集中する必要があった。最終的に物事を実現するのは自分だからね」

「それで今回の交代劇があった。僕としては大丈夫だと感じていたし、不公平な状況だった。これから、それが正しいやり方ではなかったことを全員に証明できるかは基本的には自分次第だ」

ピエール・ガスリーは、2020年のF1世界選手権にトロロッソから名前を変えるアルファタウリのドライバーとして挑む。

このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー: F1 / ピエール・ガスリー / レッドブル / トロロッソ / アルファタウリ