セルジオ・ペレス 「フェルスタッペンのチームメイトはF1最悪の仕事」

2026年F1シーズンにキャデラックF1での復帰を控えるペレスは、メキシコ人実業家オソ・トラバが司会を務めるポッドキャスト「Cracks」に出演し、レッドブルで過ごした4年間を振り返った。この在籍期間は、2023年にランキング2位を獲得したにもかかわらず、2024年シーズン終了後に契約解除という形で幕を閉じた。
「僕は最高のチームにいた。でも状況はとても複雑だった。マックスのチームメイトであること自体が非常に難しいが、レッドブルでマックスのチームメイトを務めるのは、F1で群を抜いて最悪の仕事だ」とペレスは語った。
ペレスによれば、結果にかかわらず常に厳しい評価にさらされ、チーム内には絶えず緊張感が漂っていたという。
「レッドブルでは、何をしても問題になった。もし僕がマックスより速ければ、それはそれで非常に緊張した雰囲気を生んだし、マックスより速いこと自体が問題だった」と述べた。
「逆に、僕が遅くて、しかもマックスも遅かった場合でも、やはりすべてが問題になった」
ペレスは、グラウンドエフェクト時代に入ってからマシン開発の方向性がますますフェルスタッペン寄りになり、成績が落ち始めた自身にとって状況がより厳しくなったと説明した。
「このプレッシャーがすべて始まった。本当に大変だった。結局、誰のせいにされるかと言えばドライバーだ」とペレスは語る。
「集中していないからだとか、コマーシャル活動をやりすぎているからだとか、他のことをしているからだとか、そう言われる」

インタビューの中で特に衝撃的だったのは、レッドブル加入初期に不振が続いた際、早々に心理的サポートを勧められたというエピソードだ。
「レッドブルに来て最初の数戦で結果が出なかったとき、すぐに『君に必要なのは心理学者だ。心理学者に会うべきだ』と言われた」とペレスは振り返る。
「僕は何にでも前向きだった。だから心理学者と話して、『セルジオ・ペレスだ』とか、『ああだこうだ』と、イギリス人の彼と話した」
「その日はセッションの時間が取れなかったから、『今日は無理だけど、また時間を見つけよう。いいね』という話になった」
しかし、その後に思わぬ展開が待っていた。
「ある日、彼がレッドブルのファクトリーに来て、『請求書がある』と言った。心理学者からの請求で、6,000ポンドだった。『これをヘルムートに送ってくれる? 彼が払うから』と言われた」とペレスは明かす。
「たった1回の電話で6,000ポンドだった」
「それでヘルムートは『どうだった?』と聞いてきて、『完璧だ。このセッションで問題ない』と言った」
ペレスは、その後に結果は改善したものの、特に最後の2シーズンではプレッシャーが完全に消えることはなかったと語る。アップグレードやチームの注力がフェルスタッペンに集中していたと感じていたからだ。
「アップグレードは続いたが、すべてがマックスのためだった」とペレスは述べた。
「その結果、僕は2戦、3戦、4戦、5戦と遅れを取るようになり、もう二度とあのクルマを手にすることはなかった。もし違っていたらどうなっていたか? それは誰にも分からない」
苦い結末を迎えたとはいえ、ペレスはレッドブルが本来持っていた可能性を惜しんでいる。
「僕たちは最高のチームを持っていたが、残念ながらすべてが壊れてしまった」と語った。
「このスポーツを今後10年間支配できるチームだったと思うが、残念ながら、それはすべて終わってしまった」
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