Interview:セルジオ・ペレス「ビッグチームでF1を戦うのは15年越しの夢」 / レッドブル・ホンダF1
「ビッグチームでF1を戦うのは15年越しの夢だった」 2021年のF1世界選手権をレッドブル・ホンダで戦うセルジオ・ペレスが、努力の末に掴み取ったキャリア最大のチャンスについて語った。

セルジオ・“チェコ”・ペレスはどのF1ファンにとってもおなじみの存在だ。このメキシコ人ドライバーは10シーズン連続でF1に参戦している。F1ドライバー11シーズン目を迎える2021年はキャリア最大のチャンスになることを本人は自覚している。

しかし、セルジオ・ペレスはこのステップアップを当然の結果として受け止めていない。セルジオ・ペレスは15歳で母国メキシコを離れてヨーロッパでの挑戦を開始して以来、キャリアを通じて地道に努力を重ね、真のガッツを示してきた。トップに到達するためにはそうするしかないことを知っていたからだ。

15歳で単身ヨーロッパへ
メキシコ・グアダラハラで生まれ育ったチェコのレースへの情熱を目覚めさせたのは彼の父親だった。

「父がずっとモータースポーツに関わっていた影響でカートを始めた。メキシコ人レーシングドライバーのエイドリアン・フェルナンデスと仕事をしていた父を幼い頃に見て、自分もやってみたいと思ったんだ」とセルジオ・ペレスは語る。

フェルスタッペン親子と同様、カート時代のチェコも長時間をかけて移動してレースに参加していた。

「かなり幼い頃から、父や兄と一緒に相当な距離を移動していた。ちなみに、兄もレーシングドライバーだったんだ(編注:兄アントニオはNASCAR参戦経験を持つ元レーシングドライバー)。チームのメカニックも同行して、毎週のように高速道路を10〜15時間走ってレースに向かっていた。カートの頃からそんな感じだった」

セルジオ・ペレスはごく平均的な家庭に育ったと語っており、F1ドライバーになるのは考えにくかったとしている。そのため、自分の夢を前進させるためにはヨーロッパへ渡る必要があることを理解していた。そしてセルジオ・ペレスはメキシコ実業界の大物カルロス・スリムをはじめとする複数のスポンサーを獲得した。

「15歳の時、片道チケットでドイツへ渡った。父はいくらかマイルを貯めていたけれど、それでも片道チケットが精一杯で、しかも、グアダラハラから飛べなかった。メキシコシティの隣にあるトルーカから出発しなければならなかったから、車で6時間かけて空港へ向かったよ。両親は空港で僕を下ろし、僕はそこから自分の夢に向かって戦う旅へ出発した」

セルジオ・ペレスはレース活動のスポンサーは得ていたが、住居や食事のサポートは得ていなかった。しかし、幸運なことに、当時所属していたチームのボスがレストランを経営していた。

「生活費に充てる予算があまりないことを打ち明けると、彼は『それなら、レストランの上階でシェフたちと一緒に住めばいい』と言ってくれてね。時間が空いている時はシェフの手伝いをしたし、彼らも僕にドイツ語を教えてくれようとした。そうやって英語も学んでいった。当時はウィーナーシュニッツェルやアプフェルシュトゥルーデルをよく食べていたね!」

下積み時代はチェコにとって苦難だった。不安要素は多く、彼はまだ母国から遠く離れて暮らすティーンエイジャーだった。

「辞めようと思ったことは何度もあった。友人や家族など、子供の頃から慣れ親しんできた環境を捨て、文化的に大きく異なる土地へ行ったんだからね」と彼は振り返る。

「F1なんて途方もない夢だし、メキシコへ帰ってもっと普通の暮らしを送るべきなのではと思ったことは何度もあった。でも、家族の支えがあったから踏み留まれた。あのドイツでの2年間は、感情の面で非常に厳しかった。すごく孤独だったんだ。レースがある週は忙しかったけど、レースがない週末はとても長く感じられた。僕をヨーロッパに踏み留まらせてくれたのは、固い決意だったんじゃないかと思う。決意と情熱があれば目標は達
成できると僕は信じている」

F1デビュー11年目で掴んだビッグチャンス
2011シーズン、ザウバーと契約したセルジオ・ペレスはF1デビューのチャンスを掴んだ。

「F1を目標にずっと努力してきたし、F1デビューは特別な出来事だった。デビューシーズンはかなり良い内容だったしね」と振り返るセルジオ・ペレスは、デビュー戦のオーストラリアGPを7位でフィニッシュし、早くも存在感を示した。このレースで1ストップ戦略を実行した唯一のドライバーだった彼は、タイヤを労わる優れたスキルを見せつけた。

デビュー直後から印象的なパフォーマンスを示したものの、チェコにとってF1は必ずしも簡単な世界ではなかった。

「学ぶべきことが沢山あった。いきなり15人ものエンジニアたちに囲まれ、細かくフィードバックを伝える立場になったので、すごく大きな環境変化だった。また、注目が集まる立場になり、自分への関心が高まっているという実感もあった」

ザウバーで2シーズンを過ごしたあと、セルジオ・ペレスはマクラーレンへ移籍したが、当時のマクラーレンはマシンパフォーマンスが不足しており、本人が望んでいたような大きな飛躍にはならなかった。その後、2014シーズンにフォース・インディア(のちのレーシングポイント、2021シーズンからはアストンマーティンに名称変更)へ移籍し、2021シーズンにレッドブル・レーシングへ加入するまで籍を置くことになる。フォース・インディア / レーシングポイント在籍中のセルジオ・ペレスは表彰台10回・ファステストラップ4回を記録し、2020シーズンのサクヒールGPではF1初優勝を飾った。

「F1で11シーズン目を迎えるなんて信じられない。ともあれ、時の流れは本当に早いよね」

レッドブル・レーシングへ加入したセルジオ・ペレスは、パフォーマンスへのプレッシャーがかかることを理解しているが、今回の加入がワールドチャンピオン獲得の最大のチャンスになることも理解している。

「レッドブルは素晴らしいブランドだ。すべてのF1チームの中でレッドブル・レーシングに加入できるチャンスはまずないと思っていた。僕はレッドブルのジュニアプログラム出身ではないからね。でも、僕は巡ってきたチャンスを掴んだ。夢が叶ったよ。レッドブルのシャツに袖を通したり、レッドブル・エナジードリンク缶を手にしたりすると『ワオ、僕はこのブランドのためにドライブするのか!』と思う。信じられない気分だし、思いもよらなかった。このチャンスのために15年以上をかけて必死に努力してきたんだ。正しいタイミングでチャンスが訪れたと思っているし、準備は整っている。しっかりとこの手で成功を掴み取るつもりだ」

2009シーズンのアーデン・インターナショナルGP2チーム在籍時、セルジオ・ペレスはクリスチャン・ホーナーと仕事をした経験がある。

「僕は以前にもクリスチャンやその父(ギャリー・ホーナー)と一緒に仕事したことがあって、GP2のデビューシーズンは彼のチームでドライブしていた。まさか12年後にまた一緒に働けるなんて思いもよらなかったよ。クリスチャンのことはとても尊敬している。何よりもまず一緒にいて最高の人物だし、優れたチームリーダーでもある。僕たちには素晴らしい未来が待っている」

セルジオ・ペレスは自分のキャリアのこれまでの実績を誇りに感じている一方で、仕事はまだ始まったばかりだと考えている。

「僕は常に限界までプッシュしている。昨年はようやく実力の片鱗を示せるマシンを手にでき、僕の能力をみんなが目にした。でも、今こそが大きなチャンスなんだ。あらゆる面で次のステップへ進まなければならないけれど、そのための心構えはできている。僕に唯一欠けていたのはチャンスだけだった。今はそのチャンスを手にした。この先成功できるかどうかは僕次第だ。必ず期待以上の結果を出すつもりだ。チャンピオンシップに勝てるマシンを手にできれば、僕たちは必ずチャンピオンを勝ち取る。仮に3位のマシンしか手にできなくても、2位でフィニッシュできるようにする」

「本当に素晴らしいシーズンを送りたいと思っているし、それがマテシッツ氏やマルコ博士、クリスチャン、エイドリアンをはじめとするチーム全員に恩返しする唯一の方法だ。これまで誰もビッグチームに加わるチャンスを与えてくれなかった。2021シーズンはメキシコ国歌を何度も聴けると良いね!」とセルジオ・ペレスはインタビューを締めくくった。

セルジオ・ペレス レッドブル・ホンダF1

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