フォーミュラE シトロエン代表シリル・ブレイが43歳で死去 東京E-Prixで追悼
シトロエン・レーシング・フォーミュラEチームの代表を務めるシリル・ブレイが、43歳で死去した。フォーミュラEとシトロエンが7月20日(月)に訃報を発表した。

ブレイはフォーミュラEでエンジニア、技術責任者、チーム代表を歴任し、パドック内で高い評価を受けてきた人物だった。シトロエンは今週末の東京E-Prixに出場し、チームとフォーミュラE全体でその功績をたたえる追悼を行う。

シトロエンFEを率いたシリル・ブレイが死去
シリル・ブレイの死去は、シーズン第14戦と第15戦が行われる東京E-Prixを数日後に控えたタイミングで発表された。

フランス出身のブレイは、現在ニック・キャシディとジャン・エリック・ベルニュを擁するシトロエン・レーシング・フォーミュラEチームのチーム代表を務めていた。

チーム運営を率いる一方で、次世代マシン「Gen4」の導入に向けた準備にも深く関わっていたとされる。

シトロエン・フォーミュラEディレクターのベス・パレッタは、ブレイの死を受けて次のようにコメントした。

「シリルを失ったことを、チーム全員が深く悲しんでいる。チームの多くのメンバーが、何年にもわたって彼を知り、ともに仕事をしてきた。彼の家族、友人、そしてパドックの仲間たちに心からお悔やみを申し上げる」

「シリルはこのチームを心から信じていた。彼の家族の意向を尊重し、彼が私たちに植え付けた献身と情熱を持って戦い続けることで、彼を最善の形でたたえていく」

F3からF2を経てフォーミュラEへ
ブレイのモータースポーツでのキャリアは、2007年にマノー・モータースポーツでF3のレースエンジニアを務めたことから始まった。

2012年にはアーデン・モータースポーツへ移籍。GP3のチーフレースエンジニアからフォーミュラ・ルノー3.5のチーフレースエンジニアへと昇進し、最終的には同チームのF2およびF3プログラムのテクニカルディレクターを務めた。

2019年にマヒンドラのレースエンジニアとしてフォーミュラEへ参戦。その後、現在のシトロエンにつながるモナコ拠点のチームへ移籍した。

シーズン8を前に、当時ベンチュリとして参戦していたチームでルーカス・ディ・グラッシのレースエンジニアに就任。その後、チームがマセラティへ移行すると、2シーズンにわたってマキシミリアン・ギュンターを担当した。

シーズン10を前にチーフエンジニアへ昇格し、その後すぐに副チーム代表に就任。さらにチーム代表へ抜てきされ、マセラティがシトロエンへ移行した後もその役職を務めていた。

フォーミュラEの「エンジニア・オブ・ザ・イヤー」に選出された経験もあり、技術面だけでなく、チームをまとめるリーダーとしても高く評価されていた。

東京E-Prixで功績とレガシーを追悼
フォーミュラEのジェフ・ドッズCEOも声明を発表し、ブレイの死をシリーズ全体にとって大きな損失だと表現した。

「同僚であり友人でもあったシリルを失い、私たちは深い悲しみに包まれている。彼の家族、愛する人々、そして彼を知るすべての人に、心から哀悼の意を表する」

「シリルの死は、彼の家族、MSG、シトロエン・レーシング、そしてフォーミュラEコミュニティ全体にとって壊滅的な損失だ」

「私たちは並外れた同僚を失い、多くの者が友人と呼ぶことを誇りに思っていた人物を失った。フォーミュラEのパドック全体が、この非常に困難な時期を支え合っている」

「彼がこのスポーツに残した多大な貢献をたたえるため、シトロエン・レーシング・フォーミュラEチームとフォーミュラEコミュニティは、今週末の東京E-Prixでシリルの記憶と素晴らしいレガシーに追悼を捧げる」

シトロエンは深い悲しみのなかで東京E-Prixに臨むことになる。チームはブレイが注ぎ込んだ情熱と献身を受け継ぎ、その記憶とともに日本でのレースを戦う。

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カテゴリー: F1 / フォーミュラE