キミ・アントネッリは歴代2番目 F1史上最年少優勝トップ10

では、この快挙はF1史上でどの位置に並ぶのか。現役ドライバー6人を含む「F1史上最年少グランプリ優勝者トップ10」を振り返る。
■ キミ・ライコネン 2003年マレーシアGP(23歳5か月)
2026年のアントネッリと同じく、シーズン第2戦で初優勝を挙げたのがマクラーレンのキミ・ライコネンだった。2003年マレーシアGPでの勝利は、F1参戦36戦目での初勝利だった。
ライコネンは7番グリッドからスタートすると、すぐに4番手まで浮上した。さらにニック・ハイドフェルドを抜いて3番手に上がり、電気系トラブルでリタイアしたチームメイトのデビッド・クルサードもかわして、3周目には前方へ進出した。
その後はトップのフェルナンド・アロンソを追い詰め、アロンソが14周目にピットインしたことで一時首位に立った。自身は5周後にピットへ向かったが、復帰後はアロンソの前、ルーベンス・バリチェロの後ろでコースへ戻った。
バリチェロが22周目にピットへ入ると再び首位を奪回。最後のピットストップ時には53秒の大差を築いており、そのまま後続を寄せ付けず、バリチェロに39.2秒差をつけて初優勝を飾った。

■ オスカー・ピアストリ 2024年ハンガリーGP(23歳4か月)
オスカー・ピアストリは、ライコネンよりさらに1か月若い年齢で初優勝を挙げた。しかも、初勝利に到達したのはキャリアでライコネンより1戦早かった。
2024年ハンガリーGPでピアストリは、マクラーレンのチームメイトであるランド・ノリスに次ぐ2番グリッドを獲得。スタートで素早く前に出て首位を奪った。
しかし、最終盤のピット戦略を巡って波乱が起きた。マクラーレンはルイス・ハミルトンのアンダーカットを防ぐため、先にノリスをピットへ入れた結果、ピアストリのピット後にノリスが前へ出る形となった。
最終的にはノリスにポジションを戻す指示が出され、ノリスは当初こそ渋るような様子を見せたものの、68周目にピアストリへ首位を返上。これによりピアストリは初優勝を挙げ、マクラーレンにとって3年ぶりのワンツーフィニッシュも達成した。
■ ルイス・ハミルトン 2007年カナダGP(22歳5か月)
ルイス・ハミルトンは現在、7度のワールドチャンピオンと105勝を誇るが、その物語の始まりもまた若き日の勝利だった。初優勝は22歳で迎えた2007年カナダGPだった。
F1デビューシーズンの第6戦で、ハミルトンは自身初のポールポジションを獲得。そのまま波乱含みのレース序盤を支配した。
4度のセーフティカーが入る展開でも安定したペースを維持し、2位ニック・ハイドフェルドに4秒以上の差をつけてフィニッシュした。
当時マクラーレンに所属していたハミルトンは、その年さらにアメリカGP、ハンガリーGP、日本GPでも優勝を重ね、ルーキーイヤーでドライバーズランキング2位に入った。

■ ブルース・マクラーレン 1959年アメリカGP(22歳3か月)
ハミルトンが初優勝を挙げた時より、さらに2か月若かったのがブルース・マクラーレンだった。初勝利は1959年アメリカGPだった。
ニュージーランド出身のマクラーレンは、フロリダ州セブリング・インターナショナル・レースウェイで行われたこのレースで、クーパーのチームメイトであるモーリス・トランティニアンをわずか0.6秒差で下して優勝した。
この勝利によって、当時のマクラーレンはF1史上最年少優勝記録保持者となり、その記録は40年以上にわたって破られなかった。
その後もクーパーで1960年アルゼンチンGP、1962年モナコGPを制覇し、のちに自らのチームを設立。1968年ベルギーGPでは、その自チームで勝利も挙げた。
やがて自身はレースから退き、他のドライバーに機会を与えることへ軸足を移した。この決断は成功を収め、マクラーレンのチームは現在までに8人の異なるドライバーとともに13回のドライバーズタイトルを獲得している。
■ トロイ・ラットマン 1952年インディアナポリス500(22歳2か月)
続いて名を連ねるのがトロイ・ラットマンだ。ラットマンは、インディアナポリス500がF1世界選手権の一戦に組み込まれていた時代の1952年大会で優勝した。
現在のF1ファンの間では比較的知られていない名前かもしれない。当時はインディアナポリスだけに参戦し、そのほかのF1世界選手権には出場しないドライバーもいたためだ。もっとも、ラットマンはのちに1958年フランスGPへ出走している。
ラットマンは34歳だった1964年にモータースポーツから引退したが、現在でもインディアナポリス500史上最年少優勝者の座を守っている。
■ フェルナンド・アロンソ 2003年ハンガリーGP(22歳26日)
フェルナンド・アロンソはいまなおF1を代表する存在のひとりだが、その初優勝は23年前の2003年ハンガリーGPだった。
スペイン人ドライバーのアロンソは、このレースで当時の史上最年少ポールシッターとしてスタートし、そのまま独走態勢へ持ち込んだ。一方のライコネンは何とか食らいつこうとしたが、差を縮め切れなかった。
残り10周となったところでアロンソはさらにペースを上げ、ミハエル・シューマッハを周回遅れにする走りで圧倒的な優位を築いた。
アロンソはその日、ライコネンに17秒差をつけてチェッカーを受けた。その後さらに31勝を積み重ね、2度のワールドチャンピオンに輝いている。
■ シャルル・ルクレール 2019年ベルギーGP(21歳10か月)
2019年ベルギーGPの週末は、シャルル・ルクレールにとって決して忘れられないものとなった。
初優勝を挙げた一方で、前日に行われたF2レースでは友人のアントワーヌ・ユベールが悲劇的な事故で命を落とした。
日曜のグランプリ前には黙とうが捧げられ、ルクレールはポールポジションから力強いスタートを決めてレースをリード。21周を終えてピットに入った後は、一時的にフェラーリのチームメイトであるベッテルの後ろでコースへ戻った。
ベッテルにタイヤの厳しさが表れ始めると、ルクレールは再び首位へ浮上。終盤にはハミルトンの激しい追撃も受けたが、それをしのぎ切って初優勝を手にした。
この勝利により、ルクレールはF1で優勝した初のモナコ人ドライバーにもなった。

■ セバスチャン・ベッテル 2008年イタリアGP(21歳2か月)
2008年、セバスチャン・ベッテルもまた、同じ週末に初ポールポジションと初優勝を成し遂げた若きドライバーだった。そしてその後、複数回のワールドチャンピオンへと上り詰めていくことになる。
舞台は2008年イタリアGP。ウエットコンディションのためセーフティカー先導でスタートしたこのレースで、ベッテルは難しい路面状況を見事にものにし、着実にリードを広げていった。
レースを通して主導権を握り続けたベッテルは、2位ヘイキ・コバライネンに12秒以上の差をつけてフィニッシュ。当時のF1史上最年少優勝記録を塗り替えた。
この結果はトロロッソにとっても初勝利となり、1957年以来、フェラーリ以外のイタリア拠点チームがF1で勝利した初めての例にもなった。
■ キミ・アントネッリ 2026年中国GP(19歳6か月)
キミ・アントネッリの上海での鮮烈な勝利は、このランキングで2位に入る快挙となった。
19歳のアントネッリは、スタート直後にチームメイトのジョージ・ラッセル、そしてフェラーリのシャルル・ルクレールとルイス・ハミルトンと激しく争いながらも冷静さを失わず、最後は5秒差をつけてチェッカーを受けた。
残り4周でターン14のヘアピンにオーバーラン気味に進入するヒヤリとする場面もあったが、それでも動揺せずに走り切り、年齢を感じさせない成熟したレース運びを見せた。
レース後、感極まったアントネッリは涙をこらえながら、イタリアを再び頂点に戻したかったし、それを実現できたと喜びを語った。
■ マックス・フェルスタッペン 2016年スペインGP(18歳7か月)
F1史上最年少優勝記録をいまも保持しているのは、4度のワールドチャンピオンであるマックス・フェルスタッペンだ。初優勝時の年齢は18歳だった。
2016年スペインGPで、フェルスタッペンはレッドブル・レーシングでの初レースを迎えた。予選ではチームメイトのダニエル・リカルド、そしてメルセデスのハミルトンとニコ・ロズベルグに続く4番手を獲得した。
しかしレース序盤、ハミルトンとロズベルグが接触して揃って姿を消すと、流れは大きく変わる。リカルドのピットストップによってフェルスタッペンが首位に立ち、史上最年少でレースをリードしたドライバーにもなった。
その若さにもかかわらず、フェルスタッペンはレースを通じて並外れた才能を示し続け、ライコネンのフェラーリを最後まで抑え切って0.6秒差で優勝。F1史上最年少優勝記録を打ち立てた。
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