フェルナンド・アロンソ 母国F1ファンへの責任感「国中が結果を気にしている」

現在ではスペインで高い人気を誇るF1だが、アロンソがキャリアをスタートさせた当時は状況が大きく異なっていたという。
カート時代にはF1参戦は現実味のない夢であり、自身や家族は将来的に地域レベルのモータースポーツ活動やメカニックとしての道を想像していたと振り返った。
憧れだったカルロス・サインツと運命的な出会い
アロンソは幼少期に大きな影響を受けた存在として、ラリー世界選手権(WRC)で活躍したカルロス・サインツの名前を挙げた。
当時、スペイン人ドライバーは非常に少なく、サインツは国内モータースポーツ界最大のスターだった。アロンソは地元で開催されたイベントでサインツのコ・ドライバー役を務めた経験を振り返り、「スペインで最も重要なモータースポーツ選手と一緒に座れた特別な瞬間だった」と語った。
また、国際的な憧れの存在としてはアイルトン・セナを挙げる一方、スペイン国内ではサインツこそが最大のインスピレーションだったと説明した。
F1を身近なスポーツに変えた存在
アロンソは、自身の活躍によってスペインにおけるF1人気が劇的に変化したことも振り返った。
デビュー当時は国内での注目度が低く、家族はドイツのテレビ局を通じてレースを視聴していたという。しかし好成績を残し始めると、国全体がF1に関心を持つようになり、短期間で大きな変化が起きたと語った。
さらに、ペドロ・デ・ラ・ロサやマルク・ジェネの存在も大きかったと明かした。自身が下位カテゴリーで戦っていた頃、知っているスペイン人ドライバーがF1で活躍する姿を見たことで、「F1は特別なエリートだけの世界ではない」と感じられるようになったという。
『アロンソマニア』が生んだ責任感
アロンソは、スペイン国内で絶大な人気を集めるようになったことで感じているプレッシャーについても率直に語った。
「国中の人たちがF1そのもの以上に僕を追いかけているように感じるし、僕の結果次第でその人たちの午後が良いものになるかどうかが決まることもある」
そう語ったアロンソは、サッカーファンが競技そのものよりも応援するクラブの結果を重視する感覚に近いと説明した。
2006年スペインGPで感じた最大の重圧
アロンソは、自身初の母国優勝となった2006年スペインGPを特に印象深いレースとして挙げた。
予選でポールポジションを獲得したものの、当時は決勝スタート時の燃料搭載量で予選を戦うレギュレーションだったため、実際には優勝を保証する内容ではなかったという。
しかし国内では優勝確実との期待が高まり、アロンソは「勝てなかったら国全体を失望させてしまうのではないか」と不安を抱えながら一夜を過ごしたと明かした。
結果的には決勝日に気温が変化し、チームのタイヤに有利な状況となったことで優勝を達成。「大きな安堵だった」と振り返った。
今も忘れられないファンの支え
アロンソは最後に、長年にわたって応援を続けてくれたファンへの感謝を語った。
20代前半の頃には、故郷アストゥリアスをはじめ、マドリードやバレンシアなど各地から大勢のファンがバスを連ねてバルセロナへ駆けつけていたという。
「そんなことが起こるとはまったく予想していなかった」
アロンソはそう振り返り、多くのファンから受けた支援が今も特別な思い出として残っていると語った。
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