ルーベンス・バリチェロ
ルーベンス・バリチェロは、悪名高い2002年のF1オーストリアGPで、フェラーリから彼のモーターレーシングのキャリアを終わらせるとも受け取れる脅迫を受けていたことを明かした。

10年前、ルーベンス・バリチェロはA1リンクでのレースで先頭を走行していたが、最終的に最後のコーナーでチームオーダーに屈して、チームのナンバーワンドライバーだったミハエル・シューマッハに勝利を譲った。

レースのビデオ映像では、当時フェラーリのチーム代表だったジャン・トッドが、無線でバリチェロに「チャンピオンシップのためにミハエルに抜かせてやってくれ、お願いだ」と指示していたことが残されている。

しかし、今年からインディカーに移籍したルーベンス・バリチェロは、実際はそれほど単純な話ではなかったと述べた。

「8周の戦争だったよ」とルーベンス・バリチェロは Globo にコメント。

「僕がカッとなるのはとても珍しいことだけど、無線でわめきちらしていた。僕は最後まで先頭を走り続け、彼には抜かせないと言い続けていた」

「すると、彼らはもっと露骨なことを言いだした。契約についての話しではなかった」

「彼らが何と言ったかは教えることができないけど、人生を考え直さなければならに思うようなある種の脅迫だった。僕にとっての最高の喜びはドライビングだったからね」

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カテゴリー: F1 / ルーベンス・バリチェロ / スクーデリア・フェラーリ / F1オーストリアGP