ルーベンス・バリチェロの2010年08月のF1情報を一覧表示します。
ルーベンス・バリチェロ、GPDA会長に就任
2010年8月28日

今シーズンからGPDA会長はメルセデスGPのリザーブドライバーだったニック・ハイドフェルドが務めてきたが、ハイドフェルドはピレリのタイヤ開発ドライバーになったため、グランプリに参加することはなくなり、辞任しなければならなくなった。
GPDAは、スパ・フランコルシャンで会合を開き、ルーベンス・バリチェロを新会長に選出した。
ルーベンス・バリチェロ、F1参戦300戦記念ヘルメット
2010年8月27日

1993年にジョーダンからF1デビューを果たしたルーベンス・バリチェロは、今週末のF1ベルギーGPでF1参戦300戦目を迎える。
ヘルメットは、バリチェロの母国ブラジルの国旗がデザインされ、上部には「300 GRAND PRIX」の文字が刻まれている。
ルーベンス・バリチェロ、F1参戦300戦の祝福に涙
2010年8月27日

バリチェロの妻であるシルヴァーナは子供たちの「お父さんにレースを続けて欲しい」という一言が決めてになったと認める。
ハイライトビデオの上映のあとバリチェロは「子供たちの言葉には涙をおさえられなかった。でも、みんな表彰台で僕が泣くのをみるのに慣れているよね!」と述べた。
ルーベンス・バリチェロ、シューマッハから謝罪メールを受け取る
2010年8月27日

ルーベンス・バリチェロは、ハンガリーGPでミハエル・シューマッハをオーバーテイクする際、シューマッハから厳しい幅寄せをくらった。
シューマッハは、自身のウェブサイトで謝罪文を掲載したが、バリチェロは個人的な謝罪は受けていないと語っていた。
ルーベンス・バリチェロ、スパがF1参戦300戦ではない?
2010年8月26日

ドイツの Auto Motor und Sport は、ルーベンス・バリチェロが300戦目を迎えるのは来月後半のシンガポールGPだと主張。
同誌は、2002年のスペインとフランスのグランプリに言及。2つのレースで、バリチェロはマシンにテクニカルトラブルが発生し、フォーメーションラップさせ完了しなかったので、合計にはカウントしないとしている。
フェラーリ、ルーベンス・バリチェロのF1参戦300戦を祝福
2010年8月26日

ルーベンス・バリチェロは、2000年から2005年までフェラーリに在籍していたが、当時はミハエル・シューマッハの明確なナンバー2ドライバーだったため、哀れな時代として振り返られることが多い。
しかし、フェラーリのステファノ・ドメニカリチーム代表は、スパ・フランコルシャンで300戦目を迎えるバリチェロを「卓越した偉業」だと称えた。
ルーベンス・バリチェロ:F1ベルギーGPプレビュー
2010年8月24日

ルーベンス・バリチェロ (ウィリアムズ)
「スパは素晴らしいレースサーキットだ。初めてポールを獲った場所だし、低いカテゴリーでのレースでは優勝しているので、楽しみにしている。いつだってチャレンジングなトラクだし、今はフルランクで走るのでもっとチャレンジになると想像している。とても長いので、クルマのセットアップはかなりトリッキーになりうるし、ラ・ソースやオー・ルージュのようなコーナーではクルマンに十分な速さが必要だ。ラップライムには本当にクルマの空力効率が重要になる。スパではドライバー達が、かなり異なるダウンフォースレベルで走る傾向にあるので、常にオーバーテイクのチャンスがある」
ルーベンス・バリチェロ 「ウィリアムズとの契約更新は自然の成り行き」
2010年8月12日

2週間後のスパ・フランコルシャンでルーベンス・バリチェロは、300戦目を迎えることになるが、現在はまだ11月に306戦目のレースキャリアまでの契約しかない。
しかし、ウィリアムズは2011年もドライバーラインアップの継続を計画しており、契約は説得力がある。
ルーベンス・バリチェロ 「シューマッハから個人的な謝罪はない」
2010年8月11日

ミハエル・シューマッハは、ハンガリーGPでの幅寄せについて謝罪したが、謝罪は公式サイトに掲載されたプレスリリースだけだとバリチェロは語る。
「電話はもらっていないよ」とバリチェロはコメント。