キミ・アントネッリ 激動の2025年F1ルーキーイヤー「全てが成長の糧だった」

10代でトップチーム・メルセデスのシートを任され、ルイス・ハミルトンの後継という重圧を背負った1年は、アントネッリにとって結果以上に「精神的な成熟」をもたらしたという。
「メルボルンの自分とは別人だ」
シーズン開幕戦メルボルンを振り返り、アントネッリは自身の変化を率直に認める。
「今振り返ると、当時はクルマの中でとても緊張していた。今はまったく違う。精神的に大きく成長したし、この1年は自分をあらゆる面で成熟させてくれた旅だった。」
「順調な序盤、そして突然訪れた停滞」
メルボルンからカナダGPまでは、F1という新しい世界を学ぶ前向きな時間だったという。
「想像していた以上に多くの新しい経験があった。とにかく学ぶことが多かった。」
しかしモントリオール以降、流れは一変する。
「期待していた進歩が見えなくなり、精神的にもかなりきつかった。自分が望んでいたシーズンの形から外れてしまった感覚があった。」
「モンツァで失った方向性と、ゼロからの再出発」
母国イタリアGPのモンツァは、キャリア初年度で最も厳しい週末だった。
「その時期はフラストレーションが多く、結果ばかりを考えていた。クルマに乗るたびに自分に強いプレッシャーをかけすぎていた。」
モンツァ後、チーム代表のトト・ヴォルフ、そしてレースエンジニアのボノ(ピーター・ボニントン)とのミーティングが転機となった。
「思っていることを率直に言われた。でも建設的な批判だった。それを前向きに受け止めて、『ゼロからやり直そう』と決めた。」
「噂と外圧は、確実に心に残る」
不調期には、将来を巡る噂や外部からの声も重なった。
「長期契約があることは分かっていた。でも、そういう噂はどうしても考えてしまう。精神的に厳しい瞬間で、クルマに乗っている時にも影響する。」
それでも、1年を経て考え方は変わったという。
「成長するというのは、こうした側面と向き合うことでもある。今は、1年前よりも先がはっきり見えている。」
「忘れられない“トンネル”の感覚」
数々のハイライトの中でも、ラスベガスGPでの体験は特別だった。
「リズムをつかんで、まるでトンネルの中にいるような感覚だった。すべてが自動的で、考えず、本能だけで走っていた。」
その集中状態は、無線すら現実に引き戻す存在に感じたという。
「ボノの無線が聞こえると、トンネルから引き戻される感じがした。それくらい特別な感覚だった。」

「ラッセルは最高の基準点」
チームメイトのジョージ・ラッセルの存在も、成長を加速させた。
「彼は本当にグリッドで最も強いドライバーの一人だと思う。テレメトリーを見ると、『もっとプッシュできた』と気づかされることが何度もあった。」
「比較することで、自分がやりすぎている時、足りない時が分かった。多くを学べたし、一緒に仕事をするのが楽しかった。」
「F1は想像以上にエネルギーを消耗する」
F1での生活そのものも、大きな試練だった。
「体力だけでなく、精神的なエネルギーをものすごく使う。クルマに乗る時に100%でなければ、パフォーマンスは確実に落ちる。」
トップチームで走る重圧についても、率直に語る。
「メルセデスというブランドを背負って走る以上、プレッシャーは常にある。でも、その責任を果たしたいと思っている。」
「2026年は、すべてがチャンスになる」
新レギュレーションを迎える2026年に向け、アントネッリは前向きだ。
「全員がゼロからのスタートになる。それがとてもモチベーションになっている。」
「競争力のあるクルマがあれば、あとは自分次第だ。早く正しい方向性を見つけた者が、大きなアドバンテージを得る。」
2025年のルーキーシーズンを通じて、アンドレア・キミ・アントネッリは結果以上に“耐える力”と“立て直す力”を身につけた。
本人の言葉が示す通り、この1年は「苦しかったが、確実に未来につながる一年」だった。
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