アイルトン・セナ
アイルトン・セナ没後20年に寄せてF1ドライバーを含めた関係者がアイルトン・セナへの想いを語った。

1994年のF1サンマリノGPでアイルトン・セナが悲劇的な事故死を遂げてから20年の月日が流れた。

当時まだ学生だったドライバーや当時レースを戦い、仕事をした関係者がアイルトン・セナへの想いを語った。

キミ・ライコネン
「セナの死はF1界にとって信じられないくらい悲しい瞬間だった。当時は僕はまだ学校に通っていたけど、その日のことは覚えている。若かったので、人としての彼についてはあまり覚えていないけど、彼は素晴らしいドライバーだったとずっと思っているし、後に続く多くのドライバーに参考だった。僕を含めてね」

セバスチャン・ベッテル
「僕の父はセナの大ファンだった。1987年生まれの僕はアイルトンがレースをしていた最初の数年は覚えていないけど、彼についての最初の記憶は1991年のブラジルでの彼のホームグランプリ初勝利だ。彼はチェッカーフラッグの後、完全に滅ぼされていた。彼はレース中にギアを失っていたし、最終的には表彰台に持ち上げられなければならなかった。その後はほぼ全ての日曜日にF1レースを観ていたし、レーシングドライバーが事故に遭って死んだことを理解することは子供には難しかった。彼の死はスポーツにとって大きな損失だった。残念ながら、僕はアイルトンのことを知ることはできない。彼は多くのレースで傑出していた。彼はクルマの中で驚くべき才能があったし、とても控えめで特別な人だったように思う。彼はクルマを個人の味方にしているようだったし、おそらくそれが彼を強くしていたんだと思う。そして、それが人々が彼を覚えている理由だと思う」

フェルナンド・アロンソ
「セナは全てのドライバーにとってのベンチマークだと思う。彼は間違いなく彼の世代で一番だった。当時スペインではF1はテレビであまりやっていなかったし、今のようなF1への関心はなかった。カートレーサーとして僕は全てのモータースポーツに興味を持っていたし、子供の頃からずっと彼の名前は僕にとって多くの意味があった」

ニコ・ロズベルグ
「アイルトン・セナ。僕たちのスポーツのアイコンだ。F1について考える場合、アイルトン・セナについて考えるだろう。逆の場合もある。彼は僕たちのスポーツを形作った数少ない一人だ。彼の死は大きな損失だったし、悲劇だった」

ニコ・ヒュルケンベルグ
「アイルトンは僕のアイドルだった。他のみんなも彼の真似をしようとしたと確信している。彼が持っているオーラ、そして彼を象徴するもの。彼のスポーツへのコミットメントと献身はとても独特だった。彼はコミットメントと献身を新たなレベルへと導いた。彼は史上最も偉大なドライバーだった」

バルテリ・ボッタス
「アイルトン・セナの考え方、ロスマンズ・カラーの1994年のクルマの見た目、突き出た黄色いヘルメット。もっと多くのことを達成できたはずなのに、あまりに早くキャリアが断ち切られてしまった非常に優秀なドライバーだった。僕にとって彼はプロフェッショナルだったし、後に続く多くのドライバーに方向を示してくれた。彼は、才能があったとしても、一生懸命に働き、持って生まれた才能をさらに良くすることさえできることを示してくれた。彼はプロフェッショナリズムをさらに高いレベルに引き上げてくれた」

デビッド・クルサード
「アイルトンの最初の記憶はテレビを見ていた子供の頃のものだ。彼がマクラーレンで走っていた1988年の鈴鹿での予選ラップはすぐに僕の心に飛び込んできた。彼がいかに優秀か本当にわかるだろう。その後、僕の心はテストドライバーとして彼と働いた頃に進む。彼を見ていたし、彼がエンジニアと一緒にいかに几帳面だったかは、僕に多くのことを教えてくれた。彼の仕事観は本当に卓越していた。実際には二人のアイルトンがいた。クルマに乗っているアイルトン、クルマの外にいるアイルトン。クルマに乗っているときの彼は集中し、冷酷で、献身的だった。クルマの外の彼は、ジェントルで、気前がよく、几帳面だった。そこにはクルマに乗っているときに示していたような冷酷さはなかった」

ジョニー・ハーバート
「スピード。アイルトンはスピードと同義だった。予選やレースで彼を見たとき、仕事の現場に達人がいた。常にクルマの限界にいた。そして、それがずっとアイルトンについて好きだったことだ。アラン・プロストを例に挙げよう。彼は違った。彼は計算が重要だった。彼のレースの仕方は非常に異なった。アイルトンはクルマに乗った達人だった」

バーニー・エクレストン
「アイルトンはかなり複雑だった。彼はいつもあらゆるものに対して心の中でちょっとした葛藤があったと思う。もちろん、彼の結果が自らを物語っている。世界がそれを知っている。友人として、彼は素晴らしかった。信頼できる男だった。彼は私の家族と非常に親しかった。彼は素晴らしい男だった」

エリック・ブーリエ (マクラーレン・レースディレクター)
「魔法のようだった。プロストとプロストがマクラーレンで走っていたとき、二人のバトルをとても注意深くフォローしていた。プロストのような分析的なドライバーがセナのような卓越したドライバーに対処するのを見るのはとても面白かった。今日ではおそらくキミ(ライコネン)が最もそれに近いだろう。彼も卓越しても魔法なようなときがある」

ヘルムート・マルコ (レッドブル・モータースポーツ・コンサルタント)
「セナの黄色のヘルメット。それが目を閉じると浮かび上がる絵だ。彼は膨大なレベルのコミットメントを持ったドライバーだった。彼の全てのレースでね。そして、長年にわたって信じられないくらいのカリスマ性を持った男だった。ドライビング面に関しておそらくアイルトンに匹敵できるドライバーは1〜2人は見つかるだろう。だが、カリスマ性も備えたドライバーは見つけられないだろう。だが、完全に異なる社会性が背景にある今日のドライバーと比較するのはアンフェアなことだ。今日、彼らはITガジェットで育っており、現実的なレースの熱狂は発展してない。数インチで戦い、そのために全てを犠牲にするようなね。異なる世代だ。セナの3つの特性を挙げるとすれば、それはスピード、カリスマ、そして冷酷さだ」

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カテゴリー: アイルトン・セナ