ダニエル・リカルド 「2016年のF1モナコGPで失った勝利に2年間悩まされた」
ダニエル・リカルドは、レッドブル所属時の2016年のF1モナコGPでピットミスによって勝利を失ったことに2年間“悩まされた”と語る。リカルドは2年後の2018年にF1モナコGPで勝利し、リベンジを果たしている。
2016年のF1モナコGP。ポールポジションからスタートしたダニエル・リカルドは第1スティントをリードしていたが、レッドブルはピットストップに失敗。大きくタイムロスしたことでメルセデスのルイス・ハミルトンにリードを奪われた。
ルイス・ハミルトンは、そのままトップでチェッカーを受けて2回目のF1モナコGP制覇を果たしたが、ダニエル・リカルドは2位でレースを終えることになった。
1年後のレースを3位で終えたダニエル・リカルドは、2018年のF1モナコGPでついに優勝を果たしたが、レース中盤にエンジントラブルが発生し、手負いのマシンで手にした苦しい勝利だった。
「嘘をつくつもりはない。2016年のモナコGPは2年間僕を悩ませた」とダニエル・リカルドは公式SNSで展開する Dan’s Diary で語った。
「2018年はミスをしなくてもまた勝利が僕の手からこぼれ落ちてしまうんじゃないかと考えた・・・」
「モナコGPではポールから1コーナーまでリードを守れた場合、負けるのは自分次第だ。レースは自分の手の中にある」
「でも、2016年にそこで起こったことによって、2018年は単純に違ったレベルのストレスがあった。今回は奪われなかったという安堵感が一番の気持ちだった」
「とにかく燃え尽きていたので、勝利をもっと味わうことができたのは日曜日から数日経ってからだった。あんなに発散できたことはなかったね」
ダニエル・リカルドは、2016年のレース後に感じた“純粋な怒り”について次のように続けた。
「4年経った今でもこの日のことはかなり鮮明に覚えている。僕の心の中に録画されているかのようにね」とダニエル・リカルドは語る。
「あのピットストップの後、トンネル手前のオーナーまで運転している自分自身を頭の中に描くことができるし、かなり怒っていた」
「メカニカルなことでフィニッシュできなかったのならば気にしなかっただろう。あの後は誰とも話したくなかった。同情されたくなかったからね・・・とにかく純粋な怒りを感じていた」
「ルイスと一緒に表彰台に立ったことを覚えている。彼は僕がコントロールしたレースに勝った・・・とにかく僕はそこの場にいたくなかった」
「その後、メディア取材ではっとした瞬間があった。モナコを2位に終えることが人生で最悪の日だとしたら、目を覚まさなければならないとね。その時、怒りは失望に変わっていった」
「その後、自分のドライバーズルームでひとりになりたかったんだけど、ヘルムート(マルコ)が会いに来て、彼も心を痛めていた。。彼は『申し訳ない』とだけ言って僕を抱きしめてくれた。それにどう対応していいかわからなかった。彼も僕と同じくらい傷ついていた」
「その後は家に帰った。誰の謝罪も聞きたくなかったし、自分が怒っているときは誰かを責めてしまうかもしれないし、良いことなんて何もないからね。2年後それはスウートなものになった」
カテゴリー: F1 / ダニエル・リカルド / レッドブル・レーシング / F1モナコGP
2016年のF1モナコGP。ポールポジションからスタートしたダニエル・リカルドは第1スティントをリードしていたが、レッドブルはピットストップに失敗。大きくタイムロスしたことでメルセデスのルイス・ハミルトンにリードを奪われた。
ルイス・ハミルトンは、そのままトップでチェッカーを受けて2回目のF1モナコGP制覇を果たしたが、ダニエル・リカルドは2位でレースを終えることになった。
1年後のレースを3位で終えたダニエル・リカルドは、2018年のF1モナコGPでついに優勝を果たしたが、レース中盤にエンジントラブルが発生し、手負いのマシンで手にした苦しい勝利だった。
「嘘をつくつもりはない。2016年のモナコGPは2年間僕を悩ませた」とダニエル・リカルドは公式SNSで展開する Dan’s Diary で語った。
「2018年はミスをしなくてもまた勝利が僕の手からこぼれ落ちてしまうんじゃないかと考えた・・・」
「モナコGPではポールから1コーナーまでリードを守れた場合、負けるのは自分次第だ。レースは自分の手の中にある」
「でも、2016年にそこで起こったことによって、2018年は単純に違ったレベルのストレスがあった。今回は奪われなかったという安堵感が一番の気持ちだった」
「とにかく燃え尽きていたので、勝利をもっと味わうことができたのは日曜日から数日経ってからだった。あんなに発散できたことはなかったね」
ダニエル・リカルドは、2016年のレース後に感じた“純粋な怒り”について次のように続けた。
「4年経った今でもこの日のことはかなり鮮明に覚えている。僕の心の中に録画されているかのようにね」とダニエル・リカルドは語る。
「あのピットストップの後、トンネル手前のオーナーまで運転している自分自身を頭の中に描くことができるし、かなり怒っていた」
「メカニカルなことでフィニッシュできなかったのならば気にしなかっただろう。あの後は誰とも話したくなかった。同情されたくなかったからね・・・とにかく純粋な怒りを感じていた」
「ルイスと一緒に表彰台に立ったことを覚えている。彼は僕がコントロールしたレースに勝った・・・とにかく僕はそこの場にいたくなかった」
「その後、メディア取材ではっとした瞬間があった。モナコを2位に終えることが人生で最悪の日だとしたら、目を覚まさなければならないとね。その時、怒りは失望に変わっていった」
「その後、自分のドライバーズルームでひとりになりたかったんだけど、ヘルムート(マルコ)が会いに来て、彼も心を痛めていた。。彼は『申し訳ない』とだけ言って僕を抱きしめてくれた。それにどう対応していいかわからなかった。彼も僕と同じくらい傷ついていた」
「その後は家に帰った。誰の謝罪も聞きたくなかったし、自分が怒っているときは誰かを責めてしまうかもしれないし、良いことなんて何もないからね。2年後それはスウートなものになった」
カテゴリー: F1 / ダニエル・リカルド / レッドブル・レーシング / F1モナコGP