レッドブル・ホンダF1特集:F1用燃料とは? F1マシンの強大なパワーの源
「F1でも普通のガソリンが使われている」と言われる時があるが、普通ではなく、ガソリンスタンドも使わない。レッドブル・ホンダF1が使用している燃料の秘密に迫る。

ニュルブルクリンクは燃料を話題にするのにうってつけだ。ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェから道路1本隔てたところにほぼ毎日のように高性能ロードカーが列を成しているガソリンスタンドがあり、“ニュル” を初体験したアマチュアドライバーたちが通常なら600kmは走れるはずの燃料が1周20kmを約3周半しただけで消えてしまったことにやや困惑している様子が確認できる。

このヨーロッパで最も有名なクローズド有料道路を全開でドライブするためには、(隠喩的・逐語的両方の意味で)そのような対価が必要なのだ。そのノルドシュライフェから丘を少し下った先にあるGPサーキットではF1マシンが走っている。F1マシンは一般的なロードカーのおそらく2倍ほどの大きさの燃料タンクを持つが、それらを大きく上回るイスピードで308kmのレースを走破している。F1マシンは一般的なロードカーよりはるかに軽量だが、熱効率もはるかに優れているのだ。ガソリン燃焼時に発生する熱エネルギーのエンジン出力への変換効率でF1マシンに敵う存在はない。

エネルギー回生システム(ERS:Energy Recovery System)の素晴らしいハイブリッドテクノロジーはそのような効率性で正しく評価されているが、F1マシンのホイールに伝達されるエネルギーの “源” はタンクの中の燃料だということを忘れてはならない。F1マシンは燃料エネルギーを無駄なく使い切っているのだ。

しかし、F1の燃料もハイレベルな技術の結晶だ。限られた量でより高いパフォーマンスを引き出せる新たな組成バランスの開発を続け、レッドブル・レーシングのホンダRA620Hパワーユニットに提供する燃料の “ベストパフォーマンス” の定義を定期的に更新しているExxonMobilとESSOにレッドブル・レーシングは全幅の信頼を置いている。

1レースの使用量
ハイブリッドパワーユニットがF1に導入された2014シーズン、スポーティングレギュレーションはレーススタートからチェッカーフラッグまで使用できる燃料の最大搭載量を、それまでから3分の1減らした100kgに定めた。

そこには、ハイブリッドテクノロジーが成熟すれば燃料の最大量が減少するのでハイブリッドパワーユニットの “グリーン” な側面をアピールできるというぼんやりとした狙いがあり、実際、過去7年に渡りF1燃料とエンジンは目覚ましい効率性向上を遂げた。しかし、燃料搭載量の上限は逆に増加へ転じ、タイヤの大型化・重量増ならびに安全装備の追加(テザー、ハロおよびハロ用マウントなど)によって最大搭載量が105kgへと引き上げられると、ドライバーたちの間で不評だった “リフト・アンド・コースト(早めにスロットルを閉じて、惰性でコーナーを曲がる)” 走行を解消するために110kgへ引き上げられた。

しかし、燃料の消費最大量が110kgだからといって、常に110kgちょうどの燃料をタンクに入れているわけではない。実情を言えば、満タンになる機会は稀だ。なぜなら、フルタンクは最速走行のベストソリューションではない場合がほとんどだからだ。

多くのドライバーが、満タン手前(最大搭載量から5〜10kgほど少ない状態)でスタートし、軽いマシンでラップタイムとタイヤライフを向上させたあと、レース後半で必要に応じて戦略的に多少のリフト・アンド・コーストを取り入れている。セーフティカーに先導された周回やバーチャルセーフティカー導入時の周回、あるいはストレートで一定のトウ(スリップストリーム)が得られる場合は燃料消費量が抑えられるため、リフト・アンド・コーストが必要とされない場合もある。

レースが赤旗中断になった時は、ピットレーンに並ぶマシン群に注目してみよう。赤旗が振られる前の時点でセーフティカーが導入されていたなら、各マシンは余分な燃料を消費するためにエンジンをかけっぱなしの状態にしているはずだ。

燃料タンク
テクニカルレギュレーションでは “タンク” と呼ばれているため、本記事も “燃料タンク” としているが、この言葉は実態とはまったく間違った印象を与える。実際のF1マシンに搭載されているのは燃料バッグあるいは燃料セルで、軍用車両で用いられるものと近い。

レギュレーションでは燃料タンクはマシンの中心線近く・コックピット後方に設置されなければならないと定められており、パフォーマンス面の理由からマシンのできるだけ低い位置に設置される。ATLという企業が開発したF1用燃料タンクはケブラー繊維で強化された変形可能なゴム製で、衝撃を受けても構造が維持されるように設計されている。対パンク性能も高い。

燃料タンクはごく当たり前のようにシャシー内部へ押し込まれているが、実はそのタンク内部では多くのことが起こっている。

F1マシンはその素早い旋回性能とコーナリング時に生み出される強烈なGフォースが広く知られている。つまり、F1マシンにおける安定性と重量配分は非常に重要で、タンク内で質量の大きな燃料が激しく左右に揺れ動くのはデメリットになる。そのため、タンク内部には一連のバッフル(仕切り板)と、燃料を最も低くてリア寄りのコンパートメントに集められるワンウェイバルブが用意されている。この仕様が、マシンの安定性を保ち、予選時やレース終盤などの燃料搭載量が少ない状態でもスカベンジャーポンプが燃料を効率的にコレクターへ送り込める位置に集めることを可能にしている。

単位はℓではなくkg
F1で使用される燃料は輸送はリットル(ℓ)が単位として用いられるが、ひとたび燃料がガレージに到着すると単位は体積(ℓ)ではなく質量(kg)になる。体積は気温で変動するが、質量は変動しないという単純な理由からだ。

冷却された燃料は高密度で熱容量が増すため、レース中の給油が許可されていた時代は大幅なアドバンテージとなった。また、当時の給油ホースは1秒あたり12ℓもの燃料をタンクに送り込めた(消防用の放水ホースを思い浮かべてみると良いだろう)。現在、F1のテクニカルレギュレーションでは「ガレージで保管される燃料は各セッションの1時間前にレースコントロールが発表する大気温度から10℃以上下回ってはならない」とされており、マシン内に燃料冷却装置を設けることもルールで禁じられている。

チームが使用する燃料は200ℓドラム缶に入れられており、DHLが輸送を担当する。方法は陸送あるいは海運のいずれかで、サーキットでは燃料集積場に保管されたあと翌日に必要とされる量が前夜にガレージへ届けられる。燃料がガレージ内の給油機へ移される前に混入物質が入っていないかどうか、輸送中に蒸発した形跡がないかどうかをExxonMobilのフュエルテクニシャンが検査する(混入物質や蒸発が確認されてもレースで使用できるが、性能が若干低下する)。燃料は給油機へ移されたあとも給油機内で他の物質が混入していないか再検査される。また、ホモロゲートされた燃料サンプルと一致しているかどうかを確認するためにFIAがサンプルを採取する。

チームに帯同するExxonMobilの燃料解析ラボ
各チームのガレージ裏には移動式の燃料解析ラボが備わっており、燃料やオイルサンプルを解析する専用設備がひしめき合っている。レッドブル・レーシングにはExxonMobil TrackLabが帯同しており、このラボは潤滑オイルの有用な早期警戒システムとして機能している。たとえば、採取したオイルサンプル内に規定量を超える混入物(金属粉など)が含有されていれば、メカニカルトラブルの可能性が高まるため、チームに対応を促せる。尚、このラボの第一目的は燃料の合法性確認で、この作業ではガスクロマトグラフィーが最も有用なツールになる。

F1エンジンはガソリン、またはテクニカルレギュレーションで「一般にガソリンとして理解されている燃料」と定められているものを使用している。F1テクニカルレギュレーションでは、F1で使用される燃料が市販車で使用されるそれと大きく異ならないように定められている。F1で使用される燃料は市販燃料と同じ合成物で構成されている必要があり、混合物には非常に厳格なレギュレーションが設けられている。パワー向上を目的にレギュレーションで定義された以外の化合物の添加は認められない。

ExxonMobilはホンダと組んでさらなるパワーアップと効率性向上をもたらす新配合の開発とテストに日夜取り組んでいる。新開発燃料がレースでの使用を許可されるためには、サンプル5ℓを2個用意してFIAへ提出し、分析と承認を受けなければならない。各コンペティターは1シーズンあたり5種類の燃料組成の承認を受けられ、1レースで最大2種類を使用できる。
ガスクロマトグラフィーは燃料を分析し、グラフ上の各ピークが特定の化合物の存在と濃度を指す “フィンガープリント” を表示する。ExxonMobil TrackLabとFIAのガスクロマトグラフィーで、それぞれのフィンガープリントがホモロゲーションで記録されたものと一致しているか確認する。

燃料のアップグレード
チームが複数のグレードの燃料を必要とするのはなぜだろうか? 特定の燃料が特定のコンディションに合うケースもあるが、エンジンアップグレードの特性に合わせて新燃料がホモロゲートされるケースも少なくない。しかし、2020シーズンと2021シーズン中のエンジンアップグレードは認められていない。RB16で使用されるESSOブランドの燃料と街中のESSOガソリンスタンドで販売されている燃料の根本的な違いは細かな成分調整の有無にある。

RB16はガソリンスタンドで一般販売されている燃料でも問題なく走行できる(一般のロードカーもF1用の燃料で問題なく走行できる)。しかし、パフォーマンスを絞り出すためには、エンジン固有の要求にパーフェクトに応えてくれる特殊な燃料が必要なのだ。ExxonMobilでグローバルモータースポーツ・テクノロジーマネージャーを務めるデビッド・ツルサキの言葉を借りれば、「既製品のスーツとオーダーメイドのスーツほどの違いがある」ということになる。

「一般のガソリンスタンドでは、おそらく2種類、多くて3種類のガソリンの中から選んでいます。そのようなガソリンはどのロードカーでも使用できますし、そこが重要です。市販ガソリンの成分は国によって定められている場合もありますし、業界で定められている場合もあります。いずれにせよ、ユーザーは販売されているガソリンの中から選ぶことになります」

「F1のようなトップレベルのモータースポーツでは、特定のエンジンと相性が良く、パフォーマンスを最適化できる燃料を組成しています。エンジンサプライヤーが圧縮比の微妙な変更などを行うだけでエンジンの特性は変化しますので、私たちもパフォーマンスを最大化できるように調整します」

ガス欠のリスク
各チームは1シーズンで5種類の燃料しか使用を認められていないが、ExxonMobilは様々な組成の燃料をホンダへ定期的に送ってダイナモテストにかけている。テストで最も有望な結果を残した燃料はさらなる研究が重ねられ、レースで使用できる組成へ調整されたあと、わずかなパフォーマンス向上をもたらせる適切な配合量通りに数多の化合物が混合される。

燃料はF1を構成する “ひとつの産業” だ。しかし、ガレージ前に並ぶ燃料の入ったドラム缶は特別なものには見えず、通常、レースエンジニアやフュエルテクニシャンが一番気にしているのは「マシンに適切な量の燃料を給油できているか?」だ。

ガレージを初めて訪れたゲストがF1マシンを見て驚くことのひとつは、マシンに燃料計が備わっていない点だ。現代のF1において燃料計は余剰重量であり、走行中のマシンにかかるGフォースを考えれば、燃料計で正確な残量を計ることはできない。その代わりに、給油機が燃料の量を極めて正確に計測するロードセル(荷重センサー)の上に載せられている。給油機は定期的に中身の燃料を抜かれ、必要に応じて極めて正確な量の燃料が給油機内へ送り込まれる。マシンに搭載された燃料の量を計測するより(たまに計測するチームもいるが)、給油機内に燃料の残量を確認する方が正確なのだ。チームはどのサーキットをどのモードで走行していても燃料消費量を正確に把握して、適量を給油している。

ところが、そうではないケースもある。少ない燃料搭載量で走行する予選ではマシンの燃圧低下が予測できなかったり、ピットレーンへ戻ったあとFIA提出用サンプルになる燃料1ℓが残っていないことが判明して予選結果から除外されたりするのだ。これはレッドブル・レーシングも含めた全チームにしばしば起こりうる。このようなトラブルは非常に苛立たしいが、忙しない予選の宿命でもある。

給油機にトラブルが起きるケースもある。2013シーズンの中国GPでマーク・ウェバーが見舞われたのはまさにそれだった。人為的ミスが原因の時もあるが、多くは土壇場でのプラン変更が原因だ。3周アタックと1周アタックのどちらのプランを採用するべきかでエンジニアとドライバーの意見が割れ、フュエルテクニシャンが燃料を出し入れしている間に時間が差し迫り、作業に綻びが生じてしまえば、ドライバーはコース上でガス欠を起こし、惰性走行のあと立ち往生してしまう。

レースでこのような事態は今後一切起こらないだろう。なぜなら、レースにおける許容誤差は予選よりもはるかに大きいからだ。ドライバーにはペースコントロールのためのダッシュデルタがあり、レースの残り周回数に合わせて燃料消費量が調整され、燃費セーブの必要の有無が本人に伝えられる。ドライバーがレース中に複数のエンジンモードを切り替えられた時代は、燃費マネージメントの重要度は今より高かった。

予選とレースで同一のエンジンモードを使用しなければならない現在のF1では燃費計算がよりシンプルになっている。それでも、レースエンジニアがファイナルラップでのガス欠を心配し、シュヴェーデンクロイツを攻めている最中に燃料警告灯の点灯を確認したアマチュアドライバーさながらの冷や汗をかく可能性はゼロではない。

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カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1