レッドブルF1特集:ピットウォールでは何が起きているのか?
レッドブルF1のピットウォールでは一体何が起きているのだろうか? レース最前線基地の秘密を知る。
隅から隅までデザインされているサーキットが存在する一方、有機的に変化してきたサーキットも存在する。シルバーストンは明らかに後者にあてはまる。
シルバーストンでのレースは第二次世界大戦期の軍用飛行場を取り囲んでいた外周路から始まった。
また、シルバーストンを訪れた当時のレーサーたちは干し草の塊で区切られたコースを疾走し、ヒツジの群れを避けながらレースしなければならなかったため、ここでのレースは「マトングランプリ」と呼ばれていたと伝えられている。
最近は多少の計画が用意されているものの、シルバーストンでは依然として現地の特性に合わせてコース設備を整えなければならない。その好例と言えるのが、2011年のコース改修後に登場した新しいピットレーンと明らかに異例なピットウォールの配置だった。
シルバーストンのピットレーンが変わっている理由は、ピットストレートに対してピットレーンが平行ではなく、高さも違うところにある。また、ピットレーン入り口近くのガレージとピットウォールとの間に目にも鮮やかな芝生が広がっている一方、ピットレーン出口に近いガレージはコースには近いものの、コースを眺めることはできない。ターン1のアビーに向けてコースが上り坂になっているのに対し、ピットレーンは水平だからだ。しかも、大型のコンクリート製保持壁が置かれているため、シルバーストン・ウイング(新生シルバーストンのピットビル)の端に位置するこのガレージにはレースウィークエンドを通じて日がほとんど差さない。
ピットレーン終端部のこのガレージにいるクルーはピットスタンド上の上級スタッフもほとんど見ることができないが、多数のモニターや無線チャンネル、ヘッドセットがあるため、この立地条件が作業効率を下げているとは考えられていない。
そしてこれが真実なら、ひとつの疑問が浮かび上がってくる。現代のF1のピットスタンドは何のためにあるのだろうか?
ピットウォールとは?
ピットウォールはその名の通り“壁” だ。しかし、F1黎明期を振り返ってみればコースとピットレーンを区切っていたのは必ずしも壁ではなく、一部のサーキットのメインストレートとピットレーンはアスファルト上に引かれた白線1本で区切られていただけで、現代のチームクルーなら間違いなく恐怖を覚える仕様だった。この仕様が危険なのは明らかだったため、まず縁石より少し高いコンクリート製ピットウォールが設置され、のちに頑丈なキャッチフェンスを上部に備えた幅広のウォールへと進化した。
言うまでもなく、安全上の理由からピットウォールの隙間やゲート数は最小限となっている。COVID-19を受けてレース前のグリッド進行に変更が加えられた主な理由もここにある。2019シーズンまでクルーの大半はフォーメーションラップ開始3分前にグリッドを退去しなければならなかったが、機材を抱えた多くのクルーがソーシャルディスタンスを保ちながら2、3カ所しかないピットウォールの通路を抜けてピットレーンに戻るのは極めて困難なため、グリッドに出られるクルー数は最小限となり、グリッド退去を促すアラートはフォーメーションラップ開始3分前から5分前へ早められた。
アストンマーティン・レッドブル・レーシングでは簡潔に “ピットウォール” または “ピットスタンド” と呼ばれているピットウォールの構造物は、シェマン・ド・ロンド(ウォールウォーク)の上、壁の背後・フェンス正面に設営される。各チームによって微妙な差異があるが、大半のピットスタンドは4〜8シートで、各シートにはスツール、インターコム操作パネル、モニターが備えられている。軽量な構造物にはモニターの反射を防ぐためのオーニング(日除け)が備えられており、雨が近づくとガレージのクルーが透明プラスティック製カバーを装着するが、一般的なベビーカーの雨除けと大差はない。
ピットウォールに座るのは誰なのか?
ピットウォールのメンバーの構成はチームによって異なる。全セッションを通じて同じ顔ぶれがピットウォールに並べるチームがあれば、セッションごとにメンバーが入れ替わるチームもある。また、セッションによって座ったり座らなかったりするメンバーがいるチームもある。レッドブル・レーシングでは、プラクティスや予選のレースエンジニアたちはマシンやドライバー、クルーと距離が近いガレージ内にいるが、決勝レースではピットウォールで仕事をしている。
決勝レースのレッドブル・レーシングのピットウォールには、左から右へ向かってスポーティングディレクターのジョナサン・ウィートリー、チーフテクニカルオフィサーのエイドリアン・ニューウェイ(チーム帯同時のみ)、チームプリンシパルのクリスチャン・ホーナー、シニアストラテジーエンジニアのハンナ・シュミッツ(またはヘッドストラテジストのウィル・コートネイ)、レースエンジニアリング責任者のギヨーム・“ロッキー”・ロケリン、33号車担当レースエンジニアのジャンピエロ・“GP”・ランビアーゼ、23号車担当レースエンジニアのサイモン・レニーが並ぶ。
ピットウォールの席順は重要なのか?
ピットウォールのメンバーたちは肩を寄せ合いながら座っているがコミュニケーションはインターコム経由だ。F1サーキットは声が聞こえないほどうるさくて混雑しているというのがその理由だが、隣にいる同僚の肩を叩いたり、モニター上に表示されたデータを指で示したりすることが役立つ場合もある。
レース戦略を担当するストラテジストがチームプリンシパルとレースエンジニアリング責任者の間に挟まれている理由は、両マシンに関する大きな決断を彼らが下さなければならないケースが多いからだ。スポーティングディレクターがピット入り口に最も近い位置に座っているのは、レース中のピットストップ、またはプラクティスや予選でガレージにマシンを戻す際にマシンを視認し、クルーに指示を出すからだ。レースエンジニア2人はその反対側に座り、必要に応じてコースを確認できるようにしている。
ピットウォールでは何を確認しているのか?
ピットウォールのメンバーは担当する職務に合わせてディスプレイの表示構成をセッティングする(そのため、他のメンバーのシートを借りている間にそこのディスプレイの表示構成を変えるのはNGとされている)。
彼らは、マシンのオンボード映像、GPSトラッカー、各ドライバーのギャップを簡易グラフィック化した画面、チームドライバーやライバルたちのタイミングスクリーン、マシンのより詳細なテレメトリーデータなどを確認している。The Weather Companyから提供される雨雲の動きを予想できる気象レーダーも非常に有用だ。尚、彼らは我々と同じ中継映像を見る時もあり、そのような時は画面に映る自分たちの横顔にまごつく彼らが確認できる。
ディスプレイの表示構成は自由度がかなり高く、セッションごとに異なる表示構成に切り替えることもできる。たとえば、セクタータイムは予選で極めて重要なデータだが、FP1ではそこまで重要ではない。
ピットウォールでは誰が誰と交信しているのか?
ピットウォールに並ぶクルーは氷山のごく一角で、ガレージ内はもちろん、ガレージ裏に構えるF1 Holzhausのスタッフ、ミルトンキーンズのファクトリー内にあるAT&Tオペレーションルームのメンバーなど、多くの人が彼らをサポートしている。リアルタイムな通信テクノロジーがあれば、物理的な距離は特に感じられない。理論上は全員が全員と交信できるようになっている。
プラクティスでは、このようなチーム間の交信はスポーティングディレクターから通達されるわずかなアナウンスに概ね限定され、小グループでの交信に終始する。たとえば、レースエンジニアはドライバーと交信を交わしながら、パフォーマンスエンジニア、エアロダイナミクス担当者、ビークルダイナミクス担当者、ストラテジスト、ホンダのトラックサイドエンジニアを含む各マシンに具体的なタスクを持つエンジニアチームからの報告も受けている。レースエンジニアはプラクティス以外のセッションでも担当マシンのナンバーワンメカニック、給油担当者、タイヤ技術者とも交信を交わすが、決勝レース中は交信が少なくなる。
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1
隅から隅までデザインされているサーキットが存在する一方、有機的に変化してきたサーキットも存在する。シルバーストンは明らかに後者にあてはまる。
シルバーストンでのレースは第二次世界大戦期の軍用飛行場を取り囲んでいた外周路から始まった。
また、シルバーストンを訪れた当時のレーサーたちは干し草の塊で区切られたコースを疾走し、ヒツジの群れを避けながらレースしなければならなかったため、ここでのレースは「マトングランプリ」と呼ばれていたと伝えられている。
最近は多少の計画が用意されているものの、シルバーストンでは依然として現地の特性に合わせてコース設備を整えなければならない。その好例と言えるのが、2011年のコース改修後に登場した新しいピットレーンと明らかに異例なピットウォールの配置だった。
シルバーストンのピットレーンが変わっている理由は、ピットストレートに対してピットレーンが平行ではなく、高さも違うところにある。また、ピットレーン入り口近くのガレージとピットウォールとの間に目にも鮮やかな芝生が広がっている一方、ピットレーン出口に近いガレージはコースには近いものの、コースを眺めることはできない。ターン1のアビーに向けてコースが上り坂になっているのに対し、ピットレーンは水平だからだ。しかも、大型のコンクリート製保持壁が置かれているため、シルバーストン・ウイング(新生シルバーストンのピットビル)の端に位置するこのガレージにはレースウィークエンドを通じて日がほとんど差さない。
ピットレーン終端部のこのガレージにいるクルーはピットスタンド上の上級スタッフもほとんど見ることができないが、多数のモニターや無線チャンネル、ヘッドセットがあるため、この立地条件が作業効率を下げているとは考えられていない。
そしてこれが真実なら、ひとつの疑問が浮かび上がってくる。現代のF1のピットスタンドは何のためにあるのだろうか?
ピットウォールとは?
ピットウォールはその名の通り“壁” だ。しかし、F1黎明期を振り返ってみればコースとピットレーンを区切っていたのは必ずしも壁ではなく、一部のサーキットのメインストレートとピットレーンはアスファルト上に引かれた白線1本で区切られていただけで、現代のチームクルーなら間違いなく恐怖を覚える仕様だった。この仕様が危険なのは明らかだったため、まず縁石より少し高いコンクリート製ピットウォールが設置され、のちに頑丈なキャッチフェンスを上部に備えた幅広のウォールへと進化した。
言うまでもなく、安全上の理由からピットウォールの隙間やゲート数は最小限となっている。COVID-19を受けてレース前のグリッド進行に変更が加えられた主な理由もここにある。2019シーズンまでクルーの大半はフォーメーションラップ開始3分前にグリッドを退去しなければならなかったが、機材を抱えた多くのクルーがソーシャルディスタンスを保ちながら2、3カ所しかないピットウォールの通路を抜けてピットレーンに戻るのは極めて困難なため、グリッドに出られるクルー数は最小限となり、グリッド退去を促すアラートはフォーメーションラップ開始3分前から5分前へ早められた。
アストンマーティン・レッドブル・レーシングでは簡潔に “ピットウォール” または “ピットスタンド” と呼ばれているピットウォールの構造物は、シェマン・ド・ロンド(ウォールウォーク)の上、壁の背後・フェンス正面に設営される。各チームによって微妙な差異があるが、大半のピットスタンドは4〜8シートで、各シートにはスツール、インターコム操作パネル、モニターが備えられている。軽量な構造物にはモニターの反射を防ぐためのオーニング(日除け)が備えられており、雨が近づくとガレージのクルーが透明プラスティック製カバーを装着するが、一般的なベビーカーの雨除けと大差はない。
ピットウォールに座るのは誰なのか?
ピットウォールのメンバーの構成はチームによって異なる。全セッションを通じて同じ顔ぶれがピットウォールに並べるチームがあれば、セッションごとにメンバーが入れ替わるチームもある。また、セッションによって座ったり座らなかったりするメンバーがいるチームもある。レッドブル・レーシングでは、プラクティスや予選のレースエンジニアたちはマシンやドライバー、クルーと距離が近いガレージ内にいるが、決勝レースではピットウォールで仕事をしている。
決勝レースのレッドブル・レーシングのピットウォールには、左から右へ向かってスポーティングディレクターのジョナサン・ウィートリー、チーフテクニカルオフィサーのエイドリアン・ニューウェイ(チーム帯同時のみ)、チームプリンシパルのクリスチャン・ホーナー、シニアストラテジーエンジニアのハンナ・シュミッツ(またはヘッドストラテジストのウィル・コートネイ)、レースエンジニアリング責任者のギヨーム・“ロッキー”・ロケリン、33号車担当レースエンジニアのジャンピエロ・“GP”・ランビアーゼ、23号車担当レースエンジニアのサイモン・レニーが並ぶ。
ピットウォールの席順は重要なのか?
ピットウォールのメンバーたちは肩を寄せ合いながら座っているがコミュニケーションはインターコム経由だ。F1サーキットは声が聞こえないほどうるさくて混雑しているというのがその理由だが、隣にいる同僚の肩を叩いたり、モニター上に表示されたデータを指で示したりすることが役立つ場合もある。
レース戦略を担当するストラテジストがチームプリンシパルとレースエンジニアリング責任者の間に挟まれている理由は、両マシンに関する大きな決断を彼らが下さなければならないケースが多いからだ。スポーティングディレクターがピット入り口に最も近い位置に座っているのは、レース中のピットストップ、またはプラクティスや予選でガレージにマシンを戻す際にマシンを視認し、クルーに指示を出すからだ。レースエンジニア2人はその反対側に座り、必要に応じてコースを確認できるようにしている。
ピットウォールでは何を確認しているのか?
ピットウォールのメンバーは担当する職務に合わせてディスプレイの表示構成をセッティングする(そのため、他のメンバーのシートを借りている間にそこのディスプレイの表示構成を変えるのはNGとされている)。
彼らは、マシンのオンボード映像、GPSトラッカー、各ドライバーのギャップを簡易グラフィック化した画面、チームドライバーやライバルたちのタイミングスクリーン、マシンのより詳細なテレメトリーデータなどを確認している。The Weather Companyから提供される雨雲の動きを予想できる気象レーダーも非常に有用だ。尚、彼らは我々と同じ中継映像を見る時もあり、そのような時は画面に映る自分たちの横顔にまごつく彼らが確認できる。
ディスプレイの表示構成は自由度がかなり高く、セッションごとに異なる表示構成に切り替えることもできる。たとえば、セクタータイムは予選で極めて重要なデータだが、FP1ではそこまで重要ではない。
ピットウォールでは誰が誰と交信しているのか?
ピットウォールに並ぶクルーは氷山のごく一角で、ガレージ内はもちろん、ガレージ裏に構えるF1 Holzhausのスタッフ、ミルトンキーンズのファクトリー内にあるAT&Tオペレーションルームのメンバーなど、多くの人が彼らをサポートしている。リアルタイムな通信テクノロジーがあれば、物理的な距離は特に感じられない。理論上は全員が全員と交信できるようになっている。
プラクティスでは、このようなチーム間の交信はスポーティングディレクターから通達されるわずかなアナウンスに概ね限定され、小グループでの交信に終始する。たとえば、レースエンジニアはドライバーと交信を交わしながら、パフォーマンスエンジニア、エアロダイナミクス担当者、ビークルダイナミクス担当者、ストラテジスト、ホンダのトラックサイドエンジニアを含む各マシンに具体的なタスクを持つエンジニアチームからの報告も受けている。レースエンジニアはプラクティス以外のセッションでも担当マシンのナンバーワンメカニック、給油担当者、タイヤ技術者とも交信を交わすが、決勝レース中は交信が少なくなる。
カテゴリー: F1 / レッドブル・レーシング / ホンダF1